« 2007年02月 | メイン | 2007年04月 »

2007年03月26日

吉良州司さんの誕生日

少し前の話になりましたが、3月16日は、吉良州司さんの49回目の誕生日でした。いつも地元大分、国会をはじめ全国を駆け巡っている忙しい「州司さん」(吉良代議士は、「先生」と呼ばれることを良しとせず、みんな「吉良さん」、「州司さん」と呼んでいます)は、いつもおにぎりやパン、コンビニ弁当等で食事を済ませることが多いと以前にお伝えしましたが、この日ばかりは国会での日程の合間に、誕生ケーキを用意し、ささやかなお祝いをする予定でした。

用意した誕生日ケーキ.JPG写真:吉良さんの誕生日に用意をしたケーキ

ただ、国会議員の予定というのは本当にままならないもので、当日は残念ながら急な予定変更のため、誕生日を迎えたはずの本人だけがケーキを食べられませんでした。ケーキについては、何分生ものですので、私たちで責任を持って処分させていただきました。

いろいろなことがありお忙しいとは思いますが、健康を害されることなく、バリバリと元気な吉良州司さんでいていただきたいと今年一年のご活躍を事務所一同も祈念いたしております。

県議候補の事務所回り

先週も大分では、3月30日に告示を迎える県議会議員選挙に出馬予定の大分県連公認、もしくは推薦の候補者の事務所を激励して回りました。
 
先週回ったのは、大分市選挙区の梶原九州男県議、高村清志県議、国東市選挙区の小野弘利県議、速見郡選挙区の三浦正臣氏、別府市選挙区の佐藤博章県議、由布市選挙区の江藤清志県議の事務所です。

激励に事務所を訪れたときには多くの方があいさつ回りなどで事務所を離れておられたのですが、事務局の方などに激励の意を伝えてきました。各地で、たくさんの仲間が必死の戦いを進めています。最後の一瞬まで、力を振り絞ってがんばっていただきたいと思います。

全員のご当選を祈念いたしております!

2007年03月19日

スクープ!?吉良3兄弟!!!

今日は吉良兄弟のなぞを1つ解明(?)したいと思います。

議員会館には、吉良卓司秘書が勤務しています。会館では、みなさん恐る恐る「もしかして弟さん(あるいはお兄さん)ですか?」と声をかけられている光景を目にします。知らない方は、見分けがつかないかもしれませんね。

実は卓司さんが座っている席の背後には、最初の衆議院選挙のときに使ったポスターが貼ってあり、議員会館を訪れた方はみんな一様に目をパチクリさせて、卓司さんの顔とポスターの写真を見比べます。「代議士本人がこの席に座っているのはおかしいなあ」と不思議に思うのでしょう。こられる方のうち、かなり多くの方が、“吉良代議士本人に直接お話できた”と思って帰られているはずです。もちろん、聞かれれば卓司さんは「弟で秘書をしています」と答えていますし、そうやって名刺交換のときに切り出すこともありますが、何も聞かずにお帰りの方には、“良い誤解”をして頂いているのかもしれませんね。狙って貼る位置を決めたわけではありませんが、このように思わぬ副作用を生じているようです。

さて、大分で選挙などに関わった方々を除いては、ここまで読むと、吉良“兄弟”は2人だとお思いの方も多いと思います。しかし、実は吉良兄弟は3兄弟なのです!写真は先週末に卓司秘書が大分事務所に戻ったときに写した写真です。地元大分で、銀行にお勤めの長男達之さん(写真の左)を始め、次男州司代議士(写真の真ん中)、三男卓司秘書(写真の右)です。なかなか見られない、忙しい3人が揃ったスリーショットです。3人とも背格好が良く似ており、顔も似ていますので、初対面の方には見分けは難しいかもしれません。

200703171659000.jpg写真:左から長男の達之さん、次男の州司代議士、三男の卓司秘書

達之さんは、大分でお勤めをしながら、勤務後や休日に事務所を訪れては事務所を激励してくれています。州司代議士が元気に活動をしていられるのも、お兄さんと弟さんがしっかりとしたサポートが効いているのは間違いありません。

皆さんは、個別に会ったら見分ける自信、ありますか?

大分での活動

この週末の大分での活動について少しご紹介します。
4月の大分県議選に向けて、県内各地で決起集会が開かれました。大分県連代表として、冷たい風の中、2日で県内を縦断する事務所激励や、決起集会の応援弁士として二豊の山河を駆け巡りました。

土曜には、東京から大分へ戻った後、玖珠郡選挙区で戦う「しげた弘司」氏の集会へ、玖珠町は吉良代議士自身の出生地でもあるため、熱狂的なファンも多く、力のこもった応援を行ないました。また、その日は、夜に予定されていた「清家ぎたろう」氏の集会のため、大分を縦断し、県南佐伯市へと車を走らせました。佐伯市は、4年前の県知事選の時に、強固な自民党支持基盤ながら、広瀬候補(現知事)に約900票差まで迫った激戦の地です。ここでは旧来の野党野党とした自民党に対峙する政党ではなく、政権交代を担わんとする責任政党としての熱い思いを語り清家氏を県政へ送り出して頂きたいと語りました。
明けて日曜は、午後から豊後大野市での「後藤ひさはる」氏の励ます会へ。7町村が合併して新しく誕生した豊後大野市の旧三重町、旧千歳村、旧犬飼町は、4年前の県知事選の時に、相手候補に郡部の中では数少なく勝利した地でした。4年前から力強い活動を続けていくださっている支援者を前に、吉良州司と変わらぬ後藤氏へのお願いを呼びかけました。

豊後大野にて200703181353000.jpg写真:豊後大野市 後藤氏の集会にて。


そして今日(月曜日)は、ある恩人のご自宅へうかがっています。恩人とは、先週水曜日に亡くなった旧耶馬溪町の立石史洋さんです。立石さんは、県知事選挙の時に、民主党に属しながら、真っ先に無所属候補で、まだ世間からは準泡沫扱いをされていた吉良州司候補の支援をするといって事務所を訪れてくれました。それ以来、県連内でも副代表を務めるなど、吉良代議士の強力なサポーターをしてくれた方です。非常にまっすぐで、義理人情に厚い方でした。癌との闘病は、「誰にも言うな、聞いた人を暗い気持ちにしてはいけない」と奥様を口止めし、誰にも知らせることなく亡くなったそうです。本来ならば、通夜、葬儀に駆けつけたい衝動に駆られていた代議士でしたが、委員会、本会議など、東京での公務が連続している中、立石さんがご存命ならば「代議士の本分をわきまえよ」とおっしゃるはずだと、思いとどまり、今日月曜日にご自宅にうかがいました。
改めて、立石さんのご冥福をお祈りいたします。

あの県知事選挙から早や4年。この4年の中でいろいろな変化が起きています。来る統一地方選挙に全力で戦う皆さんのご健闘を祈念しております!

2007年03月12日

インターン 藤田有希さん

東京事務所では、2月9日から3月9日までの1ヶ月間インターン(学生が企業や団体などに行き、職場体験をすること)で藤田さんにきてもらっていました。彼女は大分出身の大学1年生で、いま東京の大学に通っています。民主党のインターンプログラムに応募し、インターン側、受け入れ側双方の希望が合致して私たちの事務所に来てくれました。よくよく聞いてみると、彼女のお父さんが大分で衆議院議員選挙を手伝ってくれていたそうです。そして、お父さんが家で作業をしようと持ち帰った大量のビラを折ったり、封詰めをしたりという作業を高校生の時に手伝ったことで、政治に興味を持ってくれたのが、この応募につながったとか。

大学時代をなんとなく過ごす学生も多い中、1年生ながら、こうして意欲的に興味を持ち取り組んでいるのは、すごくいいことですね。インターンですので、交通費の実費支給はありますが、給与はありませんし、春休みの大半はつぶれてしまいます。それだけに受け入れ側の私たちも責任重大です。学生の期待に応えるため、国会で行われていることをつぶさに見てもらい、党の勉強会や部会にも積極的に出席してもらって、成果としてレポートも作成してもらいました。他の事務所では「何をしなければならない」とか「学生だからこうあるべきだ」など、結構厳しいところもあるようですが、わが事務所はいろんなことをありのまま見てもらい、また希望があれば秘書同様会合にも参加してもらい、少しでも多くの経験をしてもらおうとしてきました。また、いろいろな資料作成の補助もしてもらいましたので、この間にワード、エクセルの腕前は相当なものになったと思います。

これまでも、東京に限らず、大分の事務所でもAPUの学生を始め意欲的な学生が事務所の手伝いをしに来てくれていましたが、彼女の大学、特に彼女が所属する国際政治経済学部では、周囲の学生も非常に意欲的で、私どもの事務所で行ったようなインターンを単位を取得できる制度として、企業や、少し変わったところでは国連本部などで行えるようにもしており、学生の希望に応えているそうです。因みに彼女は90時間以上で単位が取れるところを、119時間も勤労してくれました。

何かと敬遠されることも多い政治の世界ですが、一人でもこのように興味を持ってくれる若い人が増えてくれるよう、狭い事務所ですがこれからもインターンは受け入れてゆきたいと思います。

卒業式シーズン到来   卒業生に幸あれ!

3月に入り、大分県内でも高校、中学の卒業式が相次ぎました。
吉良代議士の母校大分舞鶴高校からは毎年案内状を頂いています。ただ、この時期は予算審議が大詰めの時期にあたり、また式典が平日が多い事もあり、なかなか参加出来ません。
一昨年は参加できましたが、今年は昨年に続きメッセージを寄せてお祝いをさせていただいています。
 
秘書が代理で式に出席をさせていただいているのですが、生徒、学生たちの真剣な姿、晴れ晴れとした姿、そしてわが子らを見つめて涙ぐむ保護者の皆さんの姿を見ると、何度出席しても涙なくしてはいられません。

また、今年の校長先生の式辞は、卒業生への思いと、ご自身も定年退職されることも重なりに、教師として最後の生徒を送るということで、感極まった素晴らしい話でした。式歌斉唱では、最近歌われる事も少なくなった『蛍の光』『仰げば尊し』を全員で合唱し、その姿を見て父兄や先生方も、思わず目元にハンカチを当てておられました。

こういう式典に出席すると、希望を胸に抱いた卒業生の皆さんの未来が、真に希望に満ちた豊かなものとなるよう、より良い社会、日本を創って行かなければならないと思いを新たにいたします。

卒業生の皆さんに幸あれ!おめでとうございます!!

○大分舞鶴高校の卒業式の様子、足立校長の祝辞などは、こちら。
 大分舞鶴高等学校公式HP  「第54回卒業証書授与式(3月1日)」という記事で見られます。

2007年03月05日

予算審議の流れ

先週金曜日に、19年度予算案が衆議院を通過しました。未明までの攻防が行われましたが、今週は予算審議の流れをお伝えしたいと思います。

まず、予算を含めて法案の審議を行う場合には、提出者から趣旨説明を聴取します。趣旨説明は通常は委員会の場で行われることが多いのですが、重要議案は、本会議の場で行われます。その中でも予算案は、総理大臣の所信表明演説とともに、財務大臣が召集日もしくはその直後に財政演説を行い予算についての説明をします。また予算案は、国会初日に予算委員会に付託され、委員会での趣旨説明、審議となります。

委員会審議が開始されると、慣例として総理以下全閣僚が出席して「基本的質疑」が2日間ないし3日間行われ、その後は質問者が要求する大臣が出席して行われる「一般的質疑」が行われます。予算審議の過程では、予算関連の質問は本旨としてもちろんのこと、国政に係る全般についての質問がなされ、大臣や議員の資質を問うという名目においてスキャンダル追及がされることもあります。

審議が大詰めになってくると、2月20日過ぎには公聴会が1日半行われ、その後各分野についての詳細な審議を行うために、8つの予算分科会がそれぞれ1日半開催されます。これらを経て、最終的には再度総理以下全閣僚が出席して総括締めくくり質疑が行われ、委員会で、最終的に賛否についての討論、採決が行われます。

委員会で議決された予算案は、本会議で再度賛否について討論が行われ、記名採決(全議員が、記名した札を投票する方式。賛成なら白札、反対なら青札を投じる)が行われ、参議院に議案送付されます。

例年、1月20日前後に通常国会が開会され、そこから2月終盤~3月初旬までかけての審議で、土日休日や公聴会、分科会等の日程を除き、また残りの日程で、時事の重要課題に課題を絞っての集中審議が行われることもありますので、予算の議論は、衆議院では正味20日前後でしょうか。参議院での審議を含めても、実質的な審議期間は、1ヶ月強でしょう。

今回は、野党側から政治とカネの問題などについて、もっと委員会での審議を尽くせという要求をする中、与党側が既に昨年と同水準の審議時間を確保しているとして押し切り、いわゆる世に言う「強行採決」によって委員会採決をしました。

3月2日夜に始まった衆議院本会議での予算審議が、3日未明までずれ込んだのは、野党が全てにおいて(予算案の審議にも)優先して行われる解任決議を緊急動議として提出したためです。内閣や、大臣の不信任決議案や委員長などの解任決議案の審議は、緊急性を要するとして、全ての審議に優先して行われます。解任決議等は、趣旨説明、討論の上記名採決が行われるため、1議案提出すれば少なくとも1時間ちょっと程度は費やすことになります。それを連発すれば、当然その分予算案といえども審議にとりかかる時間が遅くなるということになります。金曜日には、予算案の審議の前に、予算委員長の解任決議案、総務委員長、財務金融委員長の解任決議案(財務金融委員長の決議は議場での協議により取り下げ)が提出され、さらに予算委員長解任決議案の提出者が長時間演説(フィリバスター。合計2時間弱演説しました。)によって、審議時間をのばしたことも審議が長時間化した原因でした。

憲法60条の規定で、「(予算案を)衆議院が議決してから30日以内に参議院が採決しなければ、衆議院の議決を国会の議決とする」という旨が定められているため、3月2日までに衆議院での採決が行われれば、もし何かあっても、年度内に予算が確実に成立(自然成立)するということになります。

とはいえ、通常の与党は衆参両院で多数を占めているわけですから、本気になりさえすれば何とでもなるのですが、確実を期そうとすれば3月2日中の採決にこだわることになります。

衆議院での採決が行われた後、参議院でほぼ同じ過程によって審議が行われますが、もし衆参で違う議決がなされた場合、たとえば参議院では野党が多数を占めていて衆議院で可決した予算案を否決した場合などには、両院協議会が開かれ、議院同士の話し合いが行われます。ここで話がつくことはまれですので、先ほどの憲法の規定にあるように衆議院の優越によって原案通り自然成立となります。

以下、おさらいとして流れを振り返っておきます。 1. 本会議での財務大臣による財政演説 2. 予算委員会付託 3. 予算委員会での趣旨説明 4. 基本的質疑実施(全閣僚出席) 5. 一般的質疑(質問者が要求する閣僚が出席) 6. 公聴会実施 7. 分科会実施 8. 総括締めくくり質疑実施(全閣僚出席) 9. 討論・採決 10. 本会議において討論・記名採決 11. 参議院へ議案送付 12. 参議院予算委員会での審議 13. 参議院での可決 →予算成立 14. もし参議院で否決された場合には、両院協議会を開催して協議 15. 両院協議会での協議が成立しない場合でも衆議院の議決後30日を経れば、自然成立