活動報告

2019年4月17日 文部科学委員会「貧困の連鎖を断ち切るために必要なことは何か」~低所得世帯の高等教育機関進学支援~

低所得世帯修学支援法は究極目的に寄与しない

亀岡委員長
 次に、吉良州司君

吉良委員
 国民民主党の吉良州司です。今日は、一般質疑の場ですが、先日衆院を通過した低所得者世帯修学支援法をよりよきものにするために、再度この場でも取り上げさせてもらいます。なぜかと言いますと、同法の附帯決議の中で「施行後四年の見直し時期以前であっても、この支援のあり方について検討する、そして必要があると認められる場合には早期に対応せよ」ということを決議しているわけです。つまり、同法は四年を待たずして検討することがこの委員会で決議されたわけです。それゆえ、よりよきものにしたいという思いで、質疑をさせていただきます。
 前回の質疑で、私の方から柴山大臣に、この法は社会保障政策ですか、教育政策ですかとお聞きしました。この法案の悩ましいところは、8%から10%への消費税上昇分を財源とする。だから、実質は教育政策だが、消費増税分を使うからには、社会保障政策という名目がなければ使えない。したがって、住民税非課税世帯を代表とする貧困家庭、それに準ずる家庭への支援、それに加えて、人口減少、少子化対策にも資するという名目をつけざるを得ないと理解しています。
 私自身は、この法は社会政策であり、社会保障政策であり、そして教育政策でもあると思っています。大臣、再度お聞きしますが、修学支援法の究極の目的は何でしょうか。あえて究極という言葉を今回も使わせてもらいます。

柴山国務大臣
 本法案の目的は、真に支援が必要な低所得者世帯の者に対して、社会で自立し、及び活躍することができる豊かな人間性を備えた創造的な人材を育成するために必要な質の高い教育を実施する大学などにおける就学の支援を行い、その経済的負担を軽減することによって、子供を安心して生み育てることができる環境の整備を図り、もって我が国における急速な少子化の進展への対処に寄与することであります。

究極の目的は貧困を固定化させないこと

吉良委員
 今の答弁は、財源を消費税にしていることから、そのラインは絶対外せないと理解しています。ただ、柴山大臣自身が前回の委員会で答弁されていたように、私は、究極の目的は、貧困を固定化させない、貧困の連鎖を断ち切る、貧困層を階級化させない、これが究極の目的だと思っています。
 前回も、この法案が必ずしも私が言う究極の目的に資するとは思えないと申し上げました。大臣、住民税非課税世帯の高等教育機関への進学率は、文科省情報によると、ざっと4割、そして一般家庭については大体8割なので、一般家庭の半分の進学率だということです。そして今回は、法案の中身の具体策を講ずることによって、一般家庭並みの進学率まで持っていきたいと。だから予算についても、8割まで進学するという前提で組まれていると承知しています。大臣、本当に、今回の具体策を講ずることによって40%から80%に引き上げることができると信じておられますか。

柴山国務大臣
 家庭の事情にかかわらず、本人の意欲があれば進学できる社会を実現し、格差の固定化を解消することは、今委員がまさに御指摘のとおり、今回の措置の大きな目的の一つであります。低所得者世帯の進学率が、全体の進学率8割まで上昇することが、その重要な指標と考えておりまして、今回の支援措置によって学生数が増加をした場合にも、要件を満たす学生が支援を確実に受けるために必要な財源を確保する観点から、最大の見積りをしていると捉えていただきたいと思います。

進学の意味を見出せない貧困家庭の環境

吉良委員
 大臣の答弁について理解はします。しかし、私が、究極の目的である、貧困層を固定化させない、連鎖を断ち切ることに寄与しないと申し上げる理由は二点あります。
資料をご覧ください。その第一に、公立中学、公立高校の補助教員を配置する、その場合に、全学年に5人ずつ配置し、年間一人当たりの費用を二百万円と見込んだ場合に3868億円必要と試算しました。一学年5人のうち、例えば2人ないし3人は、いわゆる授業についていけない子を下支えする補習授業的なもの、そして2、3人については、進学するために勉強したいと思う子のための補助教員配置です。しかし、もっと大事なことがあります。それは、貧困家庭の場合は、学習する意欲、進学する意欲、進学のために勉強しようという意欲をなかなか持ち得ない家庭環境であることが一番大きな問題だと思っています。
 前回、ある時点の学力はどういう構成要素があるのかと質問しましたが、答弁には納得せず、私の持論を展開させてもらいました。それは、一つには親からの遺伝的なもの、そして努力度、そして家庭環境だと。家庭環境によっては、努力しようにもできない環境がある。もっと重要なことは、学習してどうなる、進学してどうなる、大学に行ってどうなる、ということを思い描けない人たちが多い、そういう家庭環境があることです。そして、そういう家庭環境の子供たち同士が仲よくなってしまうという環境もあります。
 ある新聞記者のブログを読みました。真摯でエリートで人間的には非常にいい知り合いの人が、自動車教習所に行った後、「普通に生きていたら接点のない微妙な人たちと時間と空間を共有する貴重な機会ですよね、僕たち、会ったことがないよね、みんな、ふだんどこにいるのという感じだよね」とその同意を求めてきたことに対して、ブログを書いた新聞記者は、曖昧なつくり笑いでやり過ごしたと。なぜなら、その「どこにいるの」という社会階層で自分は育ったと。大学に進んだ方が将来の選択肢が広がるというような絵が描けない。貧乏であることは一つの構成要素ではあるけれども、重要なのは環境だと。具体的には、周囲にはロールモデルがなく、コミュニティー内部に人生における広い選択肢を提示するメカニズムがない。選択できないのではない、そんな選択肢自体が思いも寄らないのだと。
幾ら、今40%の貧困家庭の進学率を高めるための制度をつくったとしても、その情報に接することがない、それを聞いたとしても、何の意味があるのかわからない層がいるということです。
 断っておきますが、私は社会の縮図となっているような小学校、中学校で育ちましたので、生身の貧困層、家庭というのをよく知った環境にいました。
 注意が必要なのは、文科省の事務方全員とは言いませんが、多くのエリートと言われる人たちが、話には聞いたことがあるが、自分の小学校、中学校、特に有名私立や国立の高校時代や、それ以降、実際に生身の貧困層と接したことのない人がたくさんいるということです。

勉強、進学により、人生の幅が広がり、貧困から脱却できると導ける教師が必要

 だから、制度をつくれば、貧困層が、経済的負担なく行けるのなら、その制度を利用しようとするだろうと思っている。しかし、実際はそうじゃない人たちがたくさんいる。だからこそ、学力を高め、進学する必要性を説き、よりよい高等教育機関に行くことによって人生の可能性が広がるんだ、選択肢が広がるんだ、貧困から抜け出せるんだ、ということを指南する教師が要ると思います。
 授業についていけない子供たちを補助するとか、進学したい人たちに受験的な勉強を教えるという以上に、そういうことを教える教師を公立だからこそ配置する必要があるんじゃないか(「その通り、いい質問だ」と発言する者あり)。そういう意味で、私は、高等教育機関への進学率を現在の40%から80%にする目的やよし、けれども、そのためには、進学して人生の幅を広げる、将来の選択肢を広げるという導き手が要ると思っています。
 そして、学力が向上しないまま、(現在の学力で)行けるところに行く、それだけで本当に貧困から脱却できるんだろうかと疑問を持ちます。今でも、大学を出た人の中でも、俗に言う非正規社員など、大学は出たけれども低い収入で甘んじている人たちがたくさんいる。だからこそ、奨学金も返せないと状況になっているわけです。
 そういう意味では、貧困の連鎖を断ち切って、貧困から脱却するためには、大学等高等教育機関に行く前に、まずは学力を高めること。そして、もっと勉強することによって、進学することによって、人生の幅が広がる、貧困から脱却できるという導きができる人を公立学校に配置する、そのことが重要なんじゃないかと思います。再度、私のこの問題意識についての大臣の見解をお聞きします。

柴山国務大臣
 ありがとうございます。本当に、さっき義家先生からも御発言がありましたが、大学の無償化以前の段階で、貧困の連鎖によって学びの重要性というものを体感できない、学ぶ意欲すらない、そういう方に対して、鼓舞したり、指導したりするようなことが本当に必要なんだということを学ばせていただきました。ですので、例えば修学支援などについても我々検討していますが、ではソフトとしても、そういった人材をどうやって確保するか、引き続き検討していきたいと考えております。

党派を超えて教育予算増額の活動を

吉良委員
 ありがとうございます。
 前回、学力を高める仕組みをつくり、そこで学力を高めて、地方の活性化にもつながる地方国立大学の授業料・入学金の無償化をやるべきだと言いました。そして、私学に対しては、独自の入学金・授業料減免措置をもっと拡充できるようにこの予算を使うべきだとも指摘しました。でも、財源が消費税である限り、これを今使えません。
 これは大臣に質問というよりも、この文科委員の方々全員、特に与党の方にお願いをしたいのですが、「社会保障にも資する教育費については消費税の使途対象にする」ということを、ぜひ、議員立法になるのか、それとも、柴山文科大臣に汗をかいていただいて政府内を説得して、閣法として出してもらうのか、この文科委員全体で、その思いを共有して実現に向けていきたいと思いますので、今後相談させてください。

社会に出て必要とされる能力とは何か

 先ほど来、私自身は学力向上が大事だと申し上げています。お断りしますが、私は、いわゆる暗記的な学力というものが人生を決するとは思っていません。私は、社会に出て重要なのは、学力よりは人間力、人間としての総合力、人としての信頼感や判断力や決断力や問題解決能力の方がはるかに重要だと思っています。
 面白い例を上げます。私は、元日商岩井(現双日)という総合商社で採用担当をやっておりました。内定を出すまでは全て面接で、筆記試験は一切行いません。そして、内定者を集めて筆記試験をやります。どういう結果が出ると思いますか。筆記試験の結果は、世に言う偏差値通りですが、面接での評価は全くばらばらです。私が追跡調査をしているわけではありませんが、22年間会社にいましたので、自分が採用した学生のその後の活躍を見ることができるわけです。活躍度合いは、筆記よりも面接試験の評価の方がはるかに反映されていると言えます。そういう意味でも、人生、特に社会に出てから必要なのは、学力よりも人間力だと確信を持っているんです。それでも、一定の知識を含むある程度の学力は必要だと思っています。その理由について大臣と議論させてもらいたいと思います。
 今、我が国や他の先進国で格差が問題になっています。格差は、何が原因で生じていると思いますか。

拡大する格差の原因

柴山国務大臣
 その問いに答える前に、ちょっと先ほどの答弁の補足をさせていただきたいと思います。
低所得者、中間層の世帯生徒に対する、先生が御指摘になった中学校や高等学校の学力向上支援、このために消費税の使い道を閣法なり議員立法でまず変えるという御指摘も御意見としていただいて、それはおっしゃるとおり、超党派で何らかの法改正が必要なのかなと思いますが。そういうことを仮にしなかったとしても、我々として、やはり貧困による教育格差の解消のために、例えば、大学より前の段階において、教員定数の加配措置ですとか、補習等のための外部人材の配置に対する支援などに取り組んでおりますし、また、地域においては、学習がおくれがちな中学生や高校生などを対象に、退職教員や大学生などの地域住民等の協力により実施する原則無料の学習支援である、地域未来塾、こういったことも推進をするなど、多様な活動を推進することとさせていただいております。
 いずれにいたしましても、そういった取組をしっかりとしなければいけないと考えています。済みません、これがまず補足です。
 そして、その上で、今御質問にあった、では生活水準における格差というものの根本的な原因は何だろうかということですが、いろいろ考えられます。就労の状況ですとかさまざまな要因が考えられますが、やはり経済状況が困難な家庭の子供ほど大学等への進学率が低いという状況にあると思いますし、また、最終学歴によって平均賃金が異なるという厳然たる実態もあります。そういったことも含めて、我々としては、そういった格差を解消するための、学びたい人にしっかりと学びの機会を与えるということが必要だと考えております。

頭脳の投入量が収入を決める時代

吉良委員
 大臣の前半の補足答弁、ありがとうございます。是非力を入れて戴きたいと思いますが、私は、ボランティアに依存するのも限界があると思っています。全国的に展開していくためには、やはり大規模な予算措置を含めた支援が必要です。今の大臣の答弁は高く評価しますが、それをもっと大規模に、全国レベルでやるために予算獲得が必要だと私から付言させて戴きます。
格差については、大臣の答弁もそのとおりだと思います。ただ、私に言わせると、特に先進国において格差が広がっている。かつて中間層と言われた人たちがだんだん下に落ちてきている。そして一億総中流だった人たちのほんの一握りが富裕層になってきている。それはなぜか。先進国における付加価値というか、働いた成果の源泉は、かつては筋力の投入量だった。だから、頭数を投入するとか、より力強い人たちを投入することが生産の向上につながっていた。それが今は頭脳の投入量に変わってきている。よくいわれる、小泉・竹中時代のジャングル的な新自由主義が格差をもたらしたとの議論に私は与しません。筋肉の投入量から頭脳の投入量に変わった。筋肉の投入量だと、私みたいな痩せ人間と横綱白鵬の違いは、せいぜい二十倍とかの差。私が二十人集まれば白鵬に勝てるかもしれない。けれども、(アップル社創業者の)スティーブ・ジョブズなど天才的な人の頭脳は、何億人分、何千万人分の付加価値をつくり出します。
 かつての日本は、ブルーカラーも額に汗して働けば、ホワイトカラーに遜色ない生活ができた社会でした。しかし、頭脳の投入量が生産性を決めるようになってからは、幾ら頑張っても、筋肉の投入だけではなかなか収入が上がらない。そして、機械化とグローバル化とIT化が格差を助長していると思っています。多くの子供たちが知的生産に携われるようにしていかない限り、貧困の固定化、貧困の連鎖を断ち切れない。だからこそ、私は、学力を向上させるところにもっとお金も能力も使いましょうとこだわっているんです。(柴山国務大臣「そのとおり」と呼ぶ)大臣もそのとおりと言ってくれていますが、見解を求めます。

教育が一番大事との認識を共有すべき

柴山国務大臣
 全く同じ価値観だと思います。野党のことについてコメントする立場にはありませんが、まさしく、所得の再分配じゃないんですね。今の経済とか産業を見ると、明らかに構造自体が変わってきていて、要するに、まさに教育の格差が富の格差につながっている。だからこそ、我々は、社会に生じるあらゆる問題を解決するためにはやはり教育だ、そういう認識を与野党を超えて共有しなければいけないと考えます。本当に、大臣になってからそういう確信を最近持ってきておりまして、だから、そのために、教育の機会に恵まれない方にいかに教育の機会を確保するかということに我々が共通して取り組まなければいけない課題だと考えています。今、学歴によって平均賃金が大きく変わってくるということも、非常に大きな真実であろうと思っていますので、何とか貧困の連鎖を防ぐために、教育の機会をしっかりと確保していく、ここを我々は真剣に取り組んでいかないと、省庁においていろいろな対策を立てても、そこの根本ができていないといけないんだろうと最近は確信をしています。

吉良委員
 ありがとうございます。大臣も本当に気合いが入って、教育が一番大事だということで。大臣は再分配じゃないと言いますが、私は、再分配と教育の強化、これは車の両輪だと思います。今、社会が変わりつつあるときですから、俗に言う激変緩和も大事なので、再分配と教育強化、この二つの両輪が必要だと思っています。<中略> 
 もう時間が来ました。これだけのお金を使うなら、学生の質を高め、教育機関の質を高める、そこにまっしぐらに向かうべきだという思いからの提案です。以上で終わります。

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