吉良からのメッセージ

北方領土問題の本質と対応 その12 大戦時の同盟国ドイツに学ぶこと

北方領土問題シリーズ第12弾です。

前回の第11弾では、平和条約締結ができなくても、4島の主権を主張し続ける選択肢と一部の島の主権を放棄することになるが、ロシア側が受け入れる可能性のある現実的選択肢を提示させてもらいました。

今回は、第二次世界大戦時、日本の同盟国であったドイツの戦後対応に学ぶべきことについてお伝えします。尚、下記するドイツの歴史については、東京大学名誉教授の坂井榮八郎先生(歴史学者、専門は西洋近代史、ドイツ史)の著書や講演録(1991年の学士会会報790号)を参考にしています。

1.東西統一に当たり固有の領土を永久放棄したドイツ

(1)現代ドイツが、現在のポーランドや東ドイツを領土とするプロシアから起こった国であることを考慮すると、1990年の東西ドイツ統一の際、ドイツは、日本でいえば奈良・京都ともいえるオーデル川、ナイセ川(オーデル・ナイセ線)以東の「プロシア以来の固有の領土」(プロイセンの東半分)をポーランドに永久に永久割譲しています。

(2)もう少し正確に解説すれば、第二次世界大戦後は東ドイツもポーランドも事実上ソ連の支配下におかれました。そのため、ソ連の意向のまま、ソ連・ポーランド間の国境とポーランド・東ドイツ間の国境は、現在に至る国境線で固定されました。この国境線固定により、ポーランドの固有の領土ともいえる同国の東の領土はソ連領となりました(現在のベラルーシの西側の領土に当たる)。

(3)当時の西ドイツは、東ドイツとポーランドの国境線となっていたオーデル・ナイセ線以東の、プロシア以来の固有の領土がポーランド領になっている状況を受け入れませんでした。

(4)しかし、何としても東西統一を実現したい西ドイツ(政府と国民)と東ドイツの国民は、ベルリンの壁崩壊後、大決断の上、「ドイツ・ポーランド国境条約」を締結し、オーデル・ナイセ線以東の固有の領土を永久放棄することにより、ポーランド、ソ連はじめ、関係諸国から東西統一の了解を得たのです。

この説明だけで理解しづらいと思いますので、ドイツ領土の変遷を示した地図、および、ドイツ・ポーランド国境条約の地図を含む詳細を以下のとおりご参照願います。


2.第二次世界大戦後のドイツ人の苦難

1985年に開催された「ナチス・ドイツ敗戦40周年記念日」において、当時の西ドイツのワイツゼッカー大統領が、世界中の人々に感銘をあたえた有名な演説を行います。

この演説の奥深さを理解するためには、第二次世界大戦直後のドイツ人が難民として味わった苦難の歴史を知る必要があります。

(1)ドイツは第二次世界大戦中のある時期、欧州全域を占領下においていました。敗戦後、特に東欧に住んでいたドイツ人は着の身着のまま即時追放ということになります。追放されたのは、ドイツ人だけではなく、ソ連がポーランド領東部を併合したことにより。そこに住んでいたポーランド人が追い出され、そのポーランド人が今度はドイツ人を追い出すという玉突き現象が生じたのです。
(2)このポーランド地域や、チュコ、ハンガリー、その他の地域を追われて難民化したドイツ人は1800万人です。第二次世界大戦後の世界全体の難民が3000万人といわれていますので、その2/3がドイツ人ということになります。また、東西統一前の東ドイツの人口が1600万人ですから、そのすさまじさがご理解戴けると思います。そして、この追放の過程で300万人が犠牲(死亡)になっています。
(3)ナチスの占領地における統治はあまりにも残虐でしたので、レジスタンス運動に代表されるナチスへの抵抗はすさまじく、ドイツの敗戦が濃厚となってからは、ドイツ人が倍返しで仕返しされるという悲惨な状況でした。
(4)ちなみに、ドイツは第二次世界大戦中に780万人(軍人400万人、民間人380万人)、ソ連は独ソ戦の影響で2000万人、ユダヤ人はホロコーストの影響で500万人、ポーランドは420万人、日本は310万人が犠牲になっています。
(5)独ソ不可侵条約を破ってドイツがソ連に侵攻したことにより、2000万人の犠牲が出ていることは、ソ連の日ソ中立条約を破っての対日参戦や日本降伏後の北方領土の占領、実効支配が許されるものではありませんが、北方領土問題を議論する際には頭に入れておくべき事実です。

3.世界中に感銘を与え、ドイツ国民の心を打ったワイツゼッカー大統領の演説

1985年のナチス・ドイツ敗戦40周年記念日に、ワイツゼッカー大統領がおこなった演説の有名な一節を下記します。

(1)「過去を忘れる国民は未来をもたない」

(2)「戦後のドイツ難民の苦難は到底言葉には尽くせないけれども、その苦難の原因は、ドイツが戦争に負けたことにあるのではなく、ドイツが戦争を始めたことにある。このことを取り違えないでほしい」

(3)「今まで我々は国境をめぐって血を流してきた。しかし、これからの国境は諸国民をわけ隔てるものではなく、諸国民をつなぐ架け橋にならなければならない」

以上、ドイツの第二次世界大戦後の対応はいかがでしたか。

シリーズ第5弾で共有させてもらったように「北方4島は日本の固有の領土」であることは間違いがありません。しかし、大戦時の同盟国であったドイツは、その固有の領土、それも歴史的に心臓部にあたる領土を戦争の結果として失いました。そして、その固有の領土を永久放棄することにより、悲願の東西統一を成し遂げました。ポーランドは歴史的に何度か世界地図から消えることがありました。歴史的にはどこが固有の領土かわかりません。
世界の歴史を見る限り、「固有の領土」論は残念ながら説得力を持たないことがおわかり戴けると思います。
ドイツがそうであるように、固有の領土である北方4島を第二次世界大戦の結果、失ってしまった、という認識を持つことは、多くの批判を受けるかもしれません。しかし、歴史を含めて世界を見渡せば、それが冷徹な現実なのです。

またまた長くなりましたので、シリーズの最終回にあたる第13弾は次回にさせてもらいます。

吉良州司

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