政策論

(4)子供手当のあるべきすがた

(キラキラ広報2010年号より)

 

民主党のマニフェストの中でも、賛否両論に分かれる政策の一つが「子ども手当て」(0歳から中学卒業までの全ての子どもに月額2万6千円の家計支援)だと思います。そこで本号では子ども手当の必要性と将来的なあるべき姿について私の所見をお伝えしたいと思います。

私は選挙中も子ども手当の必要性につき、次のように日本を取り巻く環境変化を持ち出しながら訴え続けました。

子ども手当ての必要性

(1) 親の経済力の差によって、子どもたちの学習する機会、進学する機会、将来の職業選択の機会に差があってはならない。

(2) 昭和時代はまだ終身雇用、年功序列賃金が一般的で、若い頃は給料が安くとも、一生懸命働き続ければ給料も上がり、将来への安心、期待があった時代だった。時代は大きく変わり、冷戦終結後にグローバル経済化が大きく進展しつつある。また、2008年9月の米国リーマンブラザーズ破綻は世界中に大きな影響を与えた。

(3) リーマンブラザーズ破綻以降の世界経済危機が明らかにしたことは、「経営者の経営努力や一人ひとりの働き手の頑張りの及ばない原因により、ある日突然、経営危機や雇用不安に陥ることもある」ということ。トヨタ自動車は一昨年2兆円を超える利益を出していたが、それが一挙に数千億円の赤字に転落した。トヨタの経営陣が突然杜撰(ずさん)経営をし始めたわけではない。解雇された期間従業員や派遣労働者が突然サボり始めたわけでもない。ある日突然、欧米市場が総崩れとなり、経営努力や個人の頑張りを超えたところで危機に直面することになった。

(4) 一方、グローバル経済化により、専門性をもたない労働は中国や東南アジアなどの発展途上国の労働力と直接間接に比較され、賃金が上昇しないばかりか、将来的に下降するリスクに晒されるようになった。
現在の「企業誘致」は海外候補地を含む競争となり、中国やベトナムで建設・運営する場合は、国内で建設・運営する場合と比べて建設費、人件費とも大幅にコスト安になるため、企業が日本国内に立地を決断するには、特に人件費が低く抑えられることが条件となる。

数十年前なら、新工場建設の判断材料も、たとえば、「室蘭か相生か大分か」といった国内候補に限られていた。その中で、「大分には良質で豊富な大野川の工業用水があり、高校卒の優秀な労働力も十分確保できる、周辺のインフラ整備など大分県・大分市の大きな協力も得られる、だから大分に立地だ」といった判断だった。国内間誘致競争の場合、室蘭でも、相生でも、大分でも高卒給与をはじめとする新工場の人件費には大きな差異がない時代だった。

しかし、現在は同じ規模の工場を建設、運営するのに、中国やベトナムで建設・運営する場合は大分の場合と比べて建設費3分の2、人件費6分の1となるような時代。年間人件費が通常の労働条件でベトナムが5億円、大分が30億円だとすると、大分立地の条件は人件費上限15億円といった判断になる。この条件下、工場運営の必要人員が500人である場合、大分工場の人件費を15億円以内にするために、100人を正社員、400人は非正規社員にするといった判断になってしまう。このことの是非は別として、海外ではなく大分に工場を誘致する場合の条件になる。この条件が受け入れられないとなると、新工場は大分ではなく、中国やベトナムにいってしまい、100人の正社員、400人の非正規社員の雇用もなくなってしまう。

(5) 現在、子育てが終わっている世代の「自分たちも苦労して頑張ってきたのだから、今の若い人たちも国からの支援などに頼らず、自分たちで頑張りなさい」という気持ちも十分わかる。当時は苦労の甲斐あって、目に見えて生活が向上した。そして、終身雇用や年功序列賃金制度の中で将来への安心と希望があり、思い切って結婚、子育てができる時代だった。しかし、今はどれだけ一所懸命頑張っても、本人たちの努力の及ばないところで苦労し、将来への自信がもてない時代。

「このような時代だからこそ、『子どもは国の宝、社会の宝』という意識を持って、社会のみんなで子育て世代を応援しましょう!」「雇用上の将来不安はあっても、社会のみんなが支えてくれるという、安心があれば、思い切って恋をし、プロポーズをして、結婚、そして、かわいい子どもたちを育てる勇気が沸いてくると思う。かけがえのない将来世代のために、国を挙げて子育て世代を支援していきましょう!」と熱く訴えかけたのです。

このような訴えに対して、毎回、大きな拍手が沸き起こりました。「かわいい子や孫たちのためにこそ政治がある、そのためにいい国を創ってくれ!」と応援してくださる大分のみなさんの高い志と見識と勇気に元気をもらいました。

一方、地元のみなさんのご意見も踏まえて将来的な改良も必要と思っています。

将来的なあるべき姿(私見)

1 所得制限について

私の個人的見解としては、将来的には所得制限があっていいが(最初から所得制限を設けるべきだという声もありますが)、現時点での制限にこだわるべきではないと思っています。何故なら、定額給付金の支給において、所得制限がない中で800億円を超える莫大な事務費が必要になったことを思い出してください。所得制限の即時実施にこだわるあまりに、所得捕捉や事務処理に莫大なコストがかかったり、公平性を欠くようなことがあっては本末転倒になってしまうからです。
国民年金の一元化が難しいことの最大の理由は所得捕捉が難しいことです。それ故、民主党の国民年金も含めた年金一元化の方針は歳入庁(国税庁と社会保険庁の一体化)と社会保障番号の創設が前提になっています。これらの創設により所得捕捉の正確さと公平性を担保するのです。子ども手当の所得制限はこれらの所得捕捉制度の充実と平行して実施すべきだと思っています。
2 10年~20年の時限立法にすべき

グローバル経済下では、専門性をもたない労働は発展途上国の労働と比較され、賃金が上昇しにくいことを説明しました。だからこそ、これからは、家庭、社会、自治体、国を挙げて、専門性を持った人材、グローバル経済下の世界で通用する人材を育てていかなければなりません。これは何も「できる子ども」だけの話ではなく、全ての子どもたちに懇切丁寧な教育をほどこして、実現していかなければなりません。
今、子育てをしている世代は、実は就職氷河期世代と重なります。この世代の特徴は、彼らが育っているのと平行してグローバル経済化が進展し、受けた教育は古い時代のまま、社会人に出る頃は、バブルの崩壊と失われた10年(15年)の真っ最中で就職氷河期でした。
再起を期そうにも、いい職に就くには専門性を要求されますが、短期の自己投資ではとても「専門性」まで届きません。このような環境下で将来的な夢や希望が持ちづらくなっている世代です。この責任を彼らだけに押し付けるのはあまりにも理不尽ではないでしょうか。
このような国際的、国内的環境変化に的確に対応できなかったこれまでの政治の責任でもあるし、その政治を野放しにしてきた国民全体の責任でもあります。学校や家庭で教わった社会のルール(額に汗して頑張ればいい暮らしができるという、未国際化時代のルール)と、実際に社会に出てからのグローバル経済下のルールが異なる、いわば被害者の側面があるのです。だからこそ、彼らの子育てを、「今現在は」国を挙げて支援する必要性を痛感するのです。

しかし、一方で、福沢諭吉がその著「学問のすすめ」の中で「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり」と言っているように、やはり「自分の人生は自分で切り開く」こと、そのための「一身独立」が必要です。私自身も知事選以来「自己責任」社会の実現を強く訴えてきました。
これからは、グローバル時代を意識した一身独立の教育、人材育成に改革していかなければなりません。そして、新しい時代の教育を受ける今の子どもたちが親になる頃には、子ども手当の支給を見直してもいいと思うのです。それ故、この子ども手当制度は10年~20年(年限は要議論)の時限立法にすべきだと思います。
現在、財源論が盛んに議論されています。第一義的には総予算の組換えで捻出すべきです。しかし、この特殊事態を乗り切るための将来世代へ投資ならば、10年~20年の時限を前提として、組換えで捻出できない財源の一部につき国債発行も選択肢の一つだと思っています。一身独立、一騎当千の人材を育てていくしか我が国が生きていく術はないと思うからです。

時代は大きく変わっています。私は選挙中、「自民党は戦後復興と高度成長戦略により日本を世界有数の経済大国にした功労者だが、その歴史的使命は終わった。何故なら、自民党は既得権益者にがんじがらめにされ、環境変化に対応できない。国内的な少子高齢化という人口構成の変化、国際的には冷戦終了とグローバル経済の進展という環境変化に対応できる政治を実現するため、しがらみのない政権を打ち立てることが必要」と訴え続けました。子ども手当も大きな環境変化に対応する政策(人材育成、安心提供、内需拡大等)だと思っています。

今、世界は大きく動いています。リーマンブラザーズ破綻は世界経済を震撼させました。しかし、その影響で、米国では新しい時代にふさわしい新しい価値観を掲げて颯爽と登場したオバマ大統領が誕生しました。そのオバマ大統領誕生により、世界がめざす価値観が大きく変化しています。ブッシュ政権の時代に誰が「核兵器廃絶」が国連安保理で、それも常任理事国首脳出席の中で決議されると思ったでしょうか。わが国の地球温暖化対策の勇気ある目標設定と国連での公表もオバマ大統領の誕生抜きには語れないと思います。時代の変化に対応できる政治が今ほど求められている時はないと思います。

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