政策論

(3)国益の旗を堂々と掲げ、戦略的外交に舵を切れ!~尖閣沖中国 漁船衝突事件時の菅政権への建白書

(キラキラ広報2011年号より)
国民のみなさんの不満と不安
昨年9月、尖閣沖において領海侵犯したことに対して、中国漁船を拿捕、船長を逮捕、そして拘留延長の後、船長釈放。その後海上保安庁職員によるビデオ流出、という一連の事件の詳細については、改めて説明するまでもなく、みなさんご承知のことだと思います。

多くの国民の皆さんは、この政府の対応に、不満と不安を感じたのではないでしょうか?中国漁船船長釈放直後には「弱腰外交」「屈辱外交」という非難を、我々与党議員も随分浴びせられました。

我々民主党議員の中にも、当然皆さんと同じ思い、いやそれ以上の思いを持つ国会議員がたくさんいます。船長釈放のその日(9月24日・金曜日)、国会内は騒然とし、そして週末に地元有権者の意見を聞くと同時に、議員同士、意見交換しながら、今回の一連の政府対応に対して行動を起こそうという雰囲気が高まりました。

建白書 提出

週明け、早々に政府の対応に対する非難声明をだしたグループもありましたが、しかし、我々民主党は今や与党であり、政府を支える立場であるので、単なる政府批判には与しない、国民の疑問、疑念、懸念を率直に政府に伝え、同時にこの事案を契機に臥薪嘗胆の故事に倣い、凛として自立する国へと生まれ変わる契機とすべく、8項目に亘る建設的な提言を、吉良州司と長島昭久議員を中心とした計43名の同志とともに 建白書 というかたちで菅総理に提出いたしました。
時間の経過とその後の動向などから、若干違和感を覚える部分もあるかもしれませんが、当時の建白書をそのまま以下に紹介いたします。

菅政権への建白書―国益の旗を堂々と掲げ、戦略的外交へ舵を切れ!
民主党衆参国会議員有志 平成22年9月27日

1、はじめに

沖縄県尖閣諸島沖で起こった中国漁船衝突事案をめぐる今回の結末は、日清戦争後の三国干渉に匹敵する国難である。日本国の政治家、いや、日本国民として、まさに痛恨の極みである。しかし、同時に、すべての責めを現政権にのみ帰することもできないと考える。すなわち、台頭する中国への戦略的な対応を怠り、我が国領土への理不尽な挑戦を拒否する断固たる姿勢を欠いたこれまでの日本政治そのものが招いた危機であったといわざるを得ない。

したがって、私たちは単なる現政権批判には与しない。もちろん、国民の間に「弱腰」「屈従」という非難が巻き起こっていることも認識している。同時に、その苦渋の決断に至るまでには、政府でなければ知り得ない判断材料があったことも想像に難くない。にもかかわらず、今回政府が危機回避を企図して行った一連の措置は、少なくとも三つの意味で将来に禍根を残すものであったとの深刻な憂慮を禁じ得ない。
2、事案解決における
三つの憂慮

第一に、あくまでも法と証拠に基づいて粛々と法執行を貫徹すべき検察が、「今後の日中関係」という高度な政治判断を行うなどということは、本来あってはならないことである。従って、政治的な意思決定なしに行政機関たる検察が独断で判断したと信じている国民は殆どおらず、総理はじめ閣僚が「検察の判断」と繰り返すことは却って責任転嫁との批判を免れない。このように中国からの圧力によって国内法秩序が歪められてしまったことは、今後、類似の事案における法執行に悪影響を与えるおそれがある。

第二に、今回のような事案の解決には、短期的な危機回避とともに、中長期的な東シナ海の海洋秩序づくりという視点が必要であったが、その点でも政府の意識は希薄であったといわざるを得ない。不透明な決着は、結果として、日本の尖閣領有という歴史的事実を真っ向から否定する中国政府の主張を明確に拒否できなかったと取られかねない。延いては、将来的な域内秩序の形成における我が国の役割に暗い影を落とすことになった。とくに、近年南シナ海で中国の圧迫を受けてきたASEAN諸国は、今回の日本の対応を注視していたであろうから、この結末に大いなる失望を抱いているに違いない。

第三に、この2週間余りの海外メディアによる報道ぶりを振り返ったとき、とくに国際世論に対し、我が国の領有権主張と国内法秩序をめぐる一連の措置の正当性を理解してもらうべきであったが、確かな支持を獲得するためのパブリック・ディプロマシーの努力が決定的に欠如していたことは甚だ遺憾である。

3、今後の課題

今回の結末は、我が国の国力の実態と対中戦略の欠落という現状を鋭く反映している。長年にわたり、尖閣諸島に対する不十分な実効支配を放置し、レアアース等戦略資源の供給や市場を中国に過度に依存し続け、「戦略的互恵関係」という抽象的なスローガンに胡坐をかいて、増大する中国の経済力や影響力に対し長期的な視点で具体的な関与戦略を構築して来なかったツケを一気に支払わされたと解さざるを得ない。

そこで、今回の教訓を「臥薪嘗胆」として、以下、今後政府が優先的に取り組むべき課題を列挙し、提言としたい。

●総合的安全保障体制の確立
官邸を中心に、軍事安全保障、経済安全保障、資源エネルギー安全保障、食料安全保障、情報安全保障の5本柱を包括する総合安全保障戦略を策定、実施していく体制を早急に確立すべき。とくに日米同盟の深化と並行して、我が国の自主防衛態勢の強化を急ぐべき。

●ロシア、ASEAN、中央
アジアへの関与戦略の確立
中国との友好関係を堅持すべきことは当然であるが、過度な中国依存を避けると同時に対中牽制の意味(現代の「遠交近攻」策)から、ロシアとは、早期に平和条約を締結し、シベリア・サハリン開発や対中央アジアへの共同支援などを通じ戦略的提携を急ぐべき。また、「世界の工場としての中国」の代替になり得るASEANへのインフラ整備と投資促進の支援を強化すべき。

l 日中関係の根本的見直し:船長釈放以後もなお謝罪と賠償を求めるなど、理不尽かつ不誠実な姿勢を続ける中国政府に対し、拘束中の4人の民間人を即時釈放し、報復措置を全面解除するよう求めるとともに、この機会に日中の「戦略的互恵関係」の具体的な意義と内容について再検討すべき。

l 戦略資源の供給リスクの分散化:レアアース等の備蓄体制の強化とともに、資源エネルギー安全保障戦略の速やかな策定と実行を図るべき。また、中国の日本に対するレアアース等の禁輸措置が確認された場合には、WTOに早急に提訴すべき。

l 南西方面の防衛体制の強化:『防衛計画の大綱』見直しプロセスおよび日米同盟深化の協議を通じて、沖縄本島を中心とした南西諸島方面への一層の防衛態勢の強化を図るべき。併せて、海上自衛隊(および米海軍)および海上保安庁による海洋警備体制の強化を図るべき。また、できるだけ早い段階で、尖閣諸島の周辺で日米共同の軍事演習を展開すべき。

l 尖閣諸島における実効支配の確立:早急に、現状の民間人所有による私有地借り上げ方式を改め、国が買い取る形で国有地に転換し、灯台や警戒監視レーダーなど構造物の設置を進めるべき。

l 西太平洋における海洋秩序の構築:域内諸国のシーレーンが通る東シナ海および南シナ海における航行の自由を確保するため、米国やASEAN、韓国、豪州などと協調し、海洋秩序に関する国際的な枠組み作りに着手すべき。

l 日中間の危機管理メカニズムの構築:日中間の危機における対話のための管理メカニズムを構築し、海上における偶発的な事故防止、危機回避システムを確立すべき。

4.結語
本事案は、国家としての尊厳について我々に鋭く問いかけていると思う。いたずらに政府対応を批判するのではなく、臥薪嘗胆を旨として、将来にわたり凛として自立する国家を目指し、今こそ国民的議論と行動を興すべき時である。
一方、事件直後菅総理はじめ多くの閣僚が「尖閣諸島は我が国固有の領土であり、領土問題は存在しません」という回答を繰り返しましたが、ご存知の方も一らっしゃるとは思いますが、国民の多くは、尖閣諸島が日本固有の領土であるという、その根拠がわからなったのではないかと思い、ここに尖閣諸島の歴史を紹介させていただきます。

尖閣諸島の歴史

尖閣諸島は、石垣島の北北西約170キロの東シナ海に位置。魚釣島、大正島など五つの島と三つの岩礁からなる。総面積は約5.56平方キロ・メートル。

・1895年、日本政府は中国(清国)の支配が及んでいないことを確認し、 沖縄県に編入。清国からの異議はなかった。

・1897年、古賀辰四郎氏の開拓事業に着手し、毎年、30人、40人と開 拓民を送りこんだ。1909年の定住者は、248人 に達し99戸となる。

・1920年、中華民国駐長崎領事が中国漁民救助に対する「感謝状」(前掲)として、当時の沖縄県石垣村(現、石垣市)村民に贈った。感謝状の中で尖閣諸島のことを「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記。

・1951年調印のサンフランシスコ講和条約でも、尖閣諸島は、同条約 第2条に基づき日本が放棄した領土のうちには含まれず、第3条に 基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれる。

・1960年代に中国や台湾で発行された地図にも日本の領土として記 載あり。(研究者らの指摘)

・1969年、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の報告書で、尖閣 諸島周辺の海底に石油・天然ガスが大量に存在する可能性を指摘。

・1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とア メリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)により日本に施政権が 返還された地域の中に尖閣諸島が含まれている。

・1970年代以降、中国や台湾は突然、尖閣諸島の領有権を主張し始め た。(周辺に石油などの海底資源が眠っている可能性が取りざたさ れ始めたため)

・1971年、中国政府は外交部声明で領有権を主張。

・1972年の沖縄返還まで尖閣諸島は米国の施政下に置かれたが、中国 や台湾はこの時も異議を唱えず。(読売新聞記事より)

・1992年、中国は自国の領海法で中国の領土と明記し、台湾は1999 年に領土として領海の基準線を定めた。

・1996年に、台湾と香港の活動家が尖閣諸島に一時上陸し、中国旗な どを立てる。

・2002年、日本政府は領土管理強化のため、魚釣島など3島の民有地 を借り上げる措置を取った。

・2004年には中国の活動家7人が上陸、沖縄県警に出入国管理・難民 認定法違反(不法入国)の現行犯で逮捕、強制退去処分となる。

・尖閣諸島は、沖縄県石垣市を所在地とする日本固有の領土で、政府は 「領有権問題は存在しない」との見解

 

国力の回復が、今我が国に求められていること!

このような、尖閣諸島の歴史がある中で、今回のような事件が起こり、この中国漁船の問題の最中に、ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問し、また北朝鮮による韓国延坪島砲撃事件などが発生し、我が国を取り巻く環境は、非常に厳しくなってきています。これは、中国の台頭により東アジア地域のパワーバランスが劇的に変化したこと、同時に東アジア地域における我が国の影響力の衰退、即ち国力の衰退に他ならないと思います。国力とは、防衛力など軍事力を言っているのではなく、経済力、外交力、技術力など国家の総合力を意味します。
建白書の冒頭にも書きましたが、今回の事件は日清戦争後の三国干渉に匹敵する国難であり、まさに痛恨の極みであります。この国難は単に政権交代したために襲ってきたものではなく、外交の国難は長い年月の中で浸透してきたものであり、我が国領土への理不尽な挑戦を拒否する断固たる姿勢を欠いてきたためであります。また本来高度成長期やバブルの時期など、まさに今の中国のような、国が台頭する時期に官民一体となって積極的外交を行わなかったことの ツケ が、今一気に降りかかってきていると思います。この状況を打破するには「国力の回復」しかないと考えます。
この外交・安保について、私は常々言っておりますが、我が国の国民、領土を安全に守るためのものであり、与野党で意見が食い違うこと自体が、本来おかしいのです。この問題を、決して政争の具にしてはならず、政権交代を機に、党派を超え我が国の外交・安保体制を、今こそ築く必要があると思います。

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