政策論

(2)TPP(環太平洋経済連携)参加の必要性

(キラキラ広報2012年号より)

はじめに

 昨年の秋、TPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加の是非について、与野党とも党内を二分する激しい議論が戦わされている様子が毎日のように報道されました。

私は、民主党政策調査会の「経済連携プロジェクト・チーム(PT)」(鉢呂吉雄座長)の事務局長を拝命、経済連携やTPPへの交渉参加の是非について、総会・役員会併せて70数時間に及ぶ長く険しい激烈な議論でしたが、最後は全会一致で提言を取りまとめることができました。
私個人は経済連携・TPPの積極論者ですが、本PTの事務局長としては「公平中立な運営と慎重派への配慮」を心がけ、PT論議を忠実に反映した提言を出しました。結果として、野田総理は「TPP交渉の参加に向けて、関係国との協議に入ること」を決断し、ハワイAPECの場でその旨表明しました。現在まさに関係国との協議を行っています。
本きらきら広報では、PT事務局長としての立場を離れ、そもそもTPPとは何か、TPP推進論と慎重論の意外な共通点、慎重論として提起された懸念事項に対する見解を含む「推進論者としての吉良州司の個人的見解をみなさんにお伝えしたいと思います。

TPPとは何か

TPP(環太平洋経済連携協定、Trans-Pacific Partnership)は、EPA(経済連携協定=Economic Partnership Agreement)の一つで、元々、原加盟国であるシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国が2006年に発効させた多国間経済連携協定です。その後、米国、豪州、マレーシア、ベトナム、ペルーが加わり、現在も新たな枠組みづくりに向けた精力的な交渉が行われています。そして昨年の11月には日本とカナダ、メキシコも交渉参加に向けた関係国との協議を開始しました。
当初のTPP加盟国4か国は比較的経済規模も小さかったため、小国同士の戦略的提携によって世界市場における存在感を示そうとしました。そして、各々の比較優位物品・サービスの競合が少なかったこともあり、物品貿易は原則全品目について即時または段階的関税撤廃を目指すという大胆な目標が設定されました。同時に、サービス貿易、政府調達、知的財産、人の移動等のルールづくりも目標とされました。そのため、TPPは既存の自由貿易協定や経済連携協定に比べ、関税、非関税分野双方とも高いレベルの自由化を目指す包括的協定だと言われます。
現在21の交渉分野と24の作業部会により交渉が行われていますが、各分野の内容については図のCをご参照ください。


TPPはAPEC(アジア太平洋経済協力=Asia-Pacific Economic Cooperation)の目標を共有しており、APECの目標はアジア太平洋地域において、より広範な自由化を進めるアジア太平洋自由貿易圏
(FTAAP=Free Trade Area of Asia Pacific)の実現です。

元々TPPは加盟国の合意によって参加国を拡大できることになっていましたが、2009年に米国が参加表明したことによって我が国を含むAPEC各国の関心が高まりました。その結果、今後の参加国増加も見込まれ、TPPが拡大してFTAAPへと発展する可能性もでてきました。
尚、TPP交渉参加9カ国は、世界人口(68・1億人、2010年)の7・4%、世界経済(62・9兆ドル、2010年)の27・0%、日本の往復貿易額(1兆4643億ドル、2010年)の24・6%、日本の対外直接投資残高(8305億ドル、2010年末)の40・8%を占めています(図のA・Bをご参照ください)。

推進論と慎重論の共通点

新聞・テレビ上は、党内議論が沸騰し、推進論と慎重論が真っ向から対立している、そして慎重論がかなり強硬だという報道が為されました。しかし、推進論、慎重論が一見180度対立しているように見えていても、よくよく各々の主張を読み解くと結構共通点が多かったのです。
後述していますが、農業の弱体化の懸念については、推進論も「農業の保護、強化」を前提とした交渉参加を主張しており、政府も必要な対応を行っています。食の安全基準、公的医療保険制度、日本郵政、等の非関税分野懸念事項については、推進論も「国益として守るべき」と主張しています。また、「日米関係の重要性」を強調する推進論も、中国の重要性と中国への配慮の必要性についても認識しており、日中韓経済連携、ASEAN+3、ASEAN+6(*)等、中国やASEANを含む経済連携もTPPと同時並行的に推進すべきと主張しています。また、「TPPなど国論を二分する課題より、今は円高対策の方が重要ではないか」との慎重論が多く出されましたが、推進論も円高対策の必要性を強調し、円高対策の即時実施、またTPP参加交渉との同時並行的対策を主張しています。

*ASEAN+3の「3か国」は日本、韓国、中国。ASEAN+6の「6か国」は日本、韓国、中国、豪州、ニュージーランド、インドです。

 

以下では、何故今TPPに参加すべきなのか、吉良州司の個人的見解をお伝え致します。

貿易・投資立国の強みを活かして国富増大、空洞化阻止、国内雇用を守りきる!

①輸出先の関税撤廃か関税率低減による貿易立国としての強み
図のAをご覧ください。我が国が得意とする製造業は、一方で国内雇用を守りながら生産拠点(技術比較優位のある製品)や研究開発拠点の日本立地を必死で維持しています。一方では厳しい国際競争に勝ち抜くためにアジアを中心とした海外に生産拠点(価格競争が主流の製品)を立地させています。
TPPの推進により輸出先の関税がなくなるか、下がるため、関税が下がった分だけ日本から輸出する財やサービスの競争力が増すことになります。例えば、日本からの自動車に20%の関税がかかっていて、TPPを契機にこの関税がゼロになったとしましょう。今までは日本から200万円で輸出し、相手国で40万円の関税がかかるので、相手国内の価格は240万円となります。これが関税撤廃により、日本から240万円で輸出しても関税がゼロですから相手国内ではそのまま240万円で売ることができます。つまり今までと同じ輸出数量を維持しようとすれば、日本国内では40万円コスト高になったとしても採算が取れることになります。勿論、国内のコストを40万円以下に抑えることができれば、その分競争力が増し輸出数量を増やすことができます。このことは、国内工場を維持して空洞化を防ぎ、雇用を守ることにも繋がるのです。

②投資先からの配当収入による投資立国としての強み
図のBとDをご参照ください。我が国は平成17年度以降、海外への投融資による金利・配当収入などの所得収支の黒字が貿易収支の黒字を上回っています。
因みに、リーマン・ショック前年の平成17年度(2007年)は貿易収支の黒字が約12兆円、所得収支の黒字が16兆円となっています。昨年は東日本大震災の影響で、貿易収支は赤字、所得収支は15兆円ほどの黒字の見通しです。このことからお分かり戴ける通り、我が国はもはや「貿易立国」ではなく、「貿易投資立国」といえます。
TPPへの参加は、貿易収支による収入(日本→海外への輸出)に加え、所得収支(海外投融資先→日本への金利・配当等)による収入が加わる構造を拡大することに繋がり、国富増大効果が大きくなるのです。
特に、日本が不景気で海外拠点(海外現地法人)が好景気の時などは、過去の実績としても、現地法人から日本の本社への配当が多くなり、不景気による本社の収益不足を補い本社決算を助けています。この海外現地法人の頑張りと配当のお蔭で、国内の雇用が維持されるメリットもあるのです。

③国内雇用が守られる
つまり、TPPへの参加は投資を促し、投資収益を日本に持ち帰るというメリットと、輸出相手先の関税が下がるかなくなる分だけ(結果的に)競争力が強化されるというメリットが相俟って国富が増大する効果、および国内に工場が残りやすくなり、国内雇用が維持される効果があるのです。

アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)のルールづくりに主導的役割を果たせる

APECの目標はFTAAPの実現にあることは先述しました。TPP以外にもASEAN+3、ASEAN+6や日中韓経済連携などASEAN、中国を巻き込んだ構想があることも述べました。これら構想の中で、TPPはFTAAP実現に向けて現実的に動いている唯一の枠組みです。TPPが拡大してFTAAPへと発展する可能性が高いことを考えると、現在のTPP参加国が将来のFTAAPにおける
(国連の安全保障理事会常任理事国ではないですが)経済版常任理事国になる可能性が高いのです。つまり、TPP協定内容の新規追加や修正、新規参加希望国の受け入れの是非の判断などを現在参加交渉している国々が担う可能性が高いと思われます。TPPの行く末や運営上の判断およびTPPのルールづくりに深く関わることができるのです。
成熟国家としての我が国の今後を考えれば、欧州先進諸国のように、少ないコスト負担で大きな発言力を得ていくこと、そのためにルール・メイキングの段階から深く参画することが国益に直結すると思います。その意味で、TPPへの参加は我が国の将来の国際社会における生き方を示すものであると言えます。

線ではなく面としての広域経済連携が国益上必要

グローバル化する我が国企業の世界的なネットワーク、サプライチェーン(調達体制)は多様化しており、「線」の展開から「面」の展開へと強化されています。南米コロンビアのサントス大統領就任式に政府特使として参加した際、コロンビアに進出している日系企業の方々から伺った話です。そのコロンビア在日系企業は、必要な部品をASEANや中国に進出している日系企業から輸入しているそうです。このように日本企業のサプライチェーンが世界展開する中で、日本とコロンビア間という二国間で自由貿易協定やEPAを結んでも、日本企業のニーズに応えることはできません。これだけ世界展開している日系企業の活動を支援するには「線」ではなく「面」の広域経済連携を追求しなければならないのです。その意味でも環太平洋の広域経済連携であるTPPに参加すべきです。

アジアの成長を日本の成長につなげる(国境なき経済下の成長戦略)

図のEをご覧ください。ボーダレス・エコノミー(国境なき経済)とは、経済については国境がないわけですから、中国も韓国も、東南アジアもインドも経済的には日本国内と同じということを意味します。

日本の60年代、70年代の高度経済成長も、実は日本全土が全て成長していたわけではなく、中心になっていたのは太平洋ベルト地帯でした。そこを中心に稼ぎ出した富を北海道は稚内から鹿児島、沖縄に至るまでバランス良く配分し、国全体を底上げしながら均衡のとれた発展をしたのです。

その観点から世界を見た時、高度成長時代の日本の太平洋ベルト地帯に当たるところが現在では中国沿岸部、ASEAN諸国、インドなどに当たります。この世界の太平洋ベルト地帯の高度成長地域で生み出す富をTPPなど広域的経済連携の強化によって日本に取り込み、バランス良く日本国内で配分することが日本の成長に繋がります。

円高対策と投資促進
同時に、TPPに参加することによって、この円高状況をプラスに変えていくのです。円高を利用して、資源エネルギーへの開発投資、権益拡大を促進することは勿論、成長しつつある地域への投資を加速する絶好のチャンスとなります。

外交安全保障上の必要性
我が国の安全保障及びシーレーン(海上輸送路)防衛のためには、日米同盟の深化及び、日、米、豪、韓、印、ASEAN諸国との安全保障上の枠組みを強化する必要があります。特に、米国、豪州とはアジア・太平洋地域における政・経・安全保障等あらゆる分野における連携が我が国の存立にとって不可欠です。その意味において、TPP参加による米国、豪州との関係強化は我が国の安全保障戦略上の最重要課題といえます。更には、ASEAN諸国の中でも、南シナ海において中国との領土問題を抱えるベトナム、マレーシア、ブルネイとの連携強化は、南シナ海を含む我が国の海上輸送路の安全確保のために共同で対処する観点からも重要です。
TPP参加がもたらす安全保障上の意義は我が国にとって極めて重要なので、既述したことをもう少し詳しく解説したいと思います。特に中国との関係です。
中国は未来永劫仲良くしなければならない大事な隣国です。しかし、今は昇り竜の勢いがあるだけに野心的であり、政治体制が違うことなども考慮すると、中国の立場を尊重しつつも注意深い対応が必要です。そのためには日米豪3か国を中心にTPP参加国間での連携を強化し、中国に対して対等以上の環境を創り上げた上で、余裕を持って中国に対処する必要があります。我が国にとって米中両国とも極めて重要ですが、あえて言えば、やはり日本の兄弟は米国であり、友人が中国であるとの位置づけを、このTPP参加によって明確にする意味も持つのです。

 

農業の保護・強化について

TPP推進は農業との両立が条件

TPPと農業に関する議論は昨年の横浜APEC直前の民主党内議論で一定の方向性が出されており、「経済連携の推進」と「農林水産業の再生・強化」の両立の必要性を提言しました。
この民主党提言を受けて、政府は「包括的経済連携に関する基本方針」を閣議決定し(平成22年11月9日)、高いレベルの経済連携の推進、必要となる競争力強化等の抜本的な国内改革の先行的な推進、食糧自給率の向上や国内農業・農村の振興など持続可能な力強い農業を育てることなどを決定しました。
右記基本方針を受けて「食糧・農業・農村基本計画」が閣議決定(平成23年3月30日)され、農業の持続的な発展への取り組みの強化などが政府方針として示されました。

食と農林漁業の再生

また、「食と農林漁業の再生推進本部」(内閣に設置。本部長は野田総理で全閣僚が構成員)および「食と農林漁業の再生実現会議」(議長は野田総理。民間有識者も参加)が設置されました。これは高いレベルの経済連携推進と日本の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させ、持続可能な力強い農業を育てるための対策を検討・推進するための推進本部と実現会議です。

実現会議は2011年8月2日、今後5年間で集中的に実施する強化策を示した中間提言をまとめました。推進本部は2011年10月25日、「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」を策定し、実現会議で取りまとめた中間提言の方針を基本方針・行動計画として決定しました。
このように、高いレベルの経済連携と農業の両立に向けた方針と具体策が決定され、実現する体制が整いつつあります。

戸別所得補償制度とTPP

①本来の戸別所得補償制度の原点の考え方
TPPに参加した場合に農業・農家を守るための重要保護強化策にもなる戸別所得補償制度につき、吉良州司の個人的見解をお伝えしたいと思います。敢えて、個人的見解とお断りするのは、政府・農林水産省の公式見解とは異なる内容を含むためです。
元々、「農業戸別所得補償制度はTPPなど高いレベルの経済連携を推進する際に、海外農産物の流入によって市場価格が下がっても、市場価格と生産コストの差を直接農家に補填することにより、農業生産を維持・向上させ、農家の収入を安定させるための制度」だというのが私の理解、認識です。一方、農林水産省は経済連携の推進に関係なく、農家の所得を安定させる制度であり、経済連携による関税引下げなどを前提にした制度ではないとの見解です。
因みに、現在の戸別所得補償制度がなぜ直接、生産コストと市場価格の差額補填でなく、特定作物の作付面積や生産量に応じた直接支払になっているかといえば、世界貿易機構WTOが制度としての差額補填を禁じているからです。そのため、食料自給率向上に貢献する農産物(米、麦、大豆等)の生産農家に対して、差額補填の意味をこめて、生産量や作付面積等に応じた直接支払をすることにより農家の所得を安定させようとしています。

②三方一両得
私の認識に基づく戸別所得補償制度は『三方一両得』を目指すものです。三方とは農業者、消費者、輸出産業(産業界)であり、各々が受益者になる仕組みです。具体的に説明してみましょう。
TPPなど経済連携を押し進めることで、輸出先の関税が撤廃・引下げとなったり、投資障壁が低くなることにより、直接投資や輸出を通じて産業界が利益を得ます。一方、海外の農産物の流入により市場価格は下がる可能性がありますが、農業者は生産コストと市場価格の差を実質的に補償されるので、下がった市場価格で出荷しても利益を得られます。消費者は質の高い国内農産物も安くなった市場価格で買えるので大きなメリットを得られます。補償の原資は納税者としての産業界や消費者から捻出されます。つまり、これまでの関税措置による消費者負担から、産業界の輸出や投資による国富の増大、更には消費者負担が小さくなった余裕を前提として、(産業界を含む)納税者負担によって農業・農家を支援することになります。
尚、「日本の消費者は国内農産物を輸入農産物の流入によって安くなる市場価格で手にすることができる」と書きましたが、日本の農産物は安全性、食味、美観など、日本人の嗜好にあわせた強い競争力があるため、たとえ少々価格が高くても、日本の消費者は国内産農産物を選考すると信じています。

③10年間は農業の集中強化期間
TPP協定では原則として10年以内に関税を撤廃(引下げ)することになっていますが、この間に輸出余力も持つ、産業として力強く成り立つ農業に生まれ変わってもらわなくてはなりません。関税を段階的に撤廃(引下げ)する10年間は、大規模化、法人参入のインフラ整備など農業強化期間として農業への国家的投資に国民の理解が得られるチャンスになると思います。
これまでは、農家や農業団体の抵抗が強かった経済連携ですが、アジア諸国の生活水準の向上に伴い日本の質の高い農産品の輸出競争力が出てきます。また、「戸別所得補償制度」により、農家の所得が安定することにより、農業、農家、農村を守りつつ、TPPなど経済連携の推進を通して日本全体の富を増大させ、将来に亘り持続的成長が可能な経済へと導くことができるのです。

④米を例外扱いできるか
米、牛肉、酪農製品、砂糖などセンシティブ品目と言われる農産物を関税撤廃の除外品目にすべきだという主張があります。交渉してみなければ除外扱いできるかどうかわかりません。しかし、総合的な交渉戦略の中で、除外か、段階的関税撤廃期間を10年より長くする交渉はトライすべきだと思います。交渉は何千という品目や非関税20分野に及びますので、何を譲り、何を守り抜くか、総合的方針・戦略を明確にした上で交渉に当たる必要があります。
但し、交渉参加を受け入れてもらうには、入り口の段階で「例外なく関税撤廃に応じる用意がある」ことを明言する必要があります。その上で、実際に交渉参加したあと、狡猾な交渉戦略・戦術を駆使して守るべきものを守る、譲れないものは譲らないという不退転の覚悟で交渉に臨むことが肝要です。

 

TPP参加で懸念される事項

党内議論の中では、TPP参加による農業以外の分野についても多くの懸念が示されました。

守るべき日本の制度
食の安全基準、公的医療保険制度など日本が世界に誇るべき制度を守れるのかという懸念があります。
このことについては、これまでのTPP参加交渉の中で一度も取り上げられた事実はないことに加え、これらこそ「国益として守るべき」対象として、必ず守りぬかなければなりません。不退転の覚悟を持って交渉に当たるべきです。守れなければ撤退もありうべしです。
国家資格の相互承認
国家資格の相互承認により米国 護士が流入してくるのではないかという懸念があります。
国家の主権にもかかわる国家資格を相互承認するなど、これまで一度も俎上に上ってはいません。100歩譲って、仮に医師・弁護士資格を相互承認したとしても、世界で一番難しい言語である日本語を話せない医師や弁護士のところに誰が診察や相談にいくでしょうか。法的慣行的差別ではない最大の非関税障壁である日本語が守るべきものを守ってくれると思います。
企業が国家を訴える制度
投資家対国家間の紛争解決条項(ISDS=Investor State Dispute Settlement 「ある国の政府が、特定の外国企業、外国資本に対してのみ不当な差別を行った場合、当該企業がその差別によって受けた損害について相手国政府に対し賠償を求める際の手続き方法を定めたもの」)が規定されることにより、外国企業、特に米国企業が日本政府を訴えるのではないかとの懸念があります。
この条項は北米自由貿易協定(NAFTA)で導入され、実際、米国企業がメキシコ政府やカナダ政府を訴え、損害賠償を勝ち取った実例があるため、多くの人が懸念しています。
この懸念の本質は国内企業と外国企業とを公平・中立に扱う「内外無差別原則」が貫かれるかどうかです。外国企業を不当に差別したと見做された場合に国が訴えられるのです。「ただ外国企業が損をした」だけでは訴えても損害賠償は認められません。
この内外無差別原則は何もTPPの専売特許ではなく、我が国の既存EPAにもISDS規定があります。しかし、我が国はこれまで訴えられたことはなく、これからも内外無差別原則を守る限り、訴えられることがないか、訴えられても敗訴しないと思われます。
むしろ、日本企業が発展途上国に進出する際、政権交代や環境変化によって、日本企業が進出した時の前提となった法制度、税制度などの不当な変更により不利益を被ることが多々あり、このような時に日本企業が途上国政府を訴え得るメリットの方がはるかに大きいのです。発展途上国がISDS条項を盛り込んだTPPに参加することにより、そのような不当な法変更をしない、させない効果が期待できます。
米国の圧力
慎重論の中に、日本の外務省の交渉力に対する懸念がありました。
昨年暮れにお会いした豪州の在京大使館の方の話です。「何故、日本人は日本外務省の交渉力がないと嘆くのか。何故、TPP交渉では必ず負けると思い込んでいるのかわからない。自分たち豪州にとって、これほどタフな(能力が高く手ごわい)交渉相手はいない。どうしたら自分たちの主張を通せるのかずっと頭をかかえてきた」とのことでした。確かに、唯一の同盟国米国相手の交渉は、他国のそれとは単純比較はできないかもしれません。しかし、外務省の交渉力そのものを否定できないことは、豪州の方々の経験が物語っています。
政府調達
政府調達の基準変更により、市町村の公共工事や設計入札に外国企業が参入するのではないかとの懸念があります。 私は総合商社に勤め、海外の国や州政府、自治体のインフラ関連事業にも携わっていましたが、世界中に海外支店網を持つ日本の総合商社でさえ、限られたマンパワーで追求できる自治体公共工事は、狙うにしても、せいぜいその国のトップ10くらいの大都市に限定されます。ニューヨーク市の地下鉄プロジェクトなどがその典型です。しかし、小さな自治体の入札に目を光らせる人的余裕などありません。ましてや難解極まりない日本語で対応しなければならない地方自治体の入札対応のために、限られた営業戦力を裂く余裕が外国企業にあろうはずがありません。

理論上のリスク
右記の政府調達の懸念のように、理論上はあり得るリスクでも、現実的には極めて起こりにくいリスクがあります。たとえば、羽田空港を飛び立った飛行機が横浜球場に絶対墜落しない保障はありません。だからといって、羽田空港を閉鎖しろとか、横浜球場で野球をやるな、とはなりません。それは常識の範囲の中で、人々が取り得るリスク、受け入れ可能な程度のリスクだと思っているからです。

 

おわりに


野田総理は「交渉参加に向けて、関係国との協議を開始する」との判断を示した会見で「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、そうしたものは断固として守り抜き、分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する決意だ」と述べました。
そうです。懸念事項については、その事実確認と国民への充分な情報提供、そして幅広い国民的議論を行うことが必要です。その上で、我が国として「守るべきものを守り」、「勝ち取るべきものを勝ち取る」覚悟と交渉戦略を持ち、将来に亘って活力ある貿易投資立国を目指し、アジア太平洋地域自由貿易圏(FTAAP)実現の先頭に立つべくTPPへの参加を決断すべきです。
過去20年、我が国の社会経済が停滞してきた最大の原因は、細川護熙元総理による疑似政権交代以降、自民党政権が政権維持だけを自己目的化し、国の内外の環境変化、即ち、少子化・高齢化と世界のグローバル化に対応できなかったからです。特に、冷戦が終了し、急速にグローバル化が進む世界の中で、我が国がどのように生き抜いていくのかの戦略を持たなかったことは致命的です。前時代的な「守り」に徹し、攻める体制を構築できなかったことは万死に値します。
我が国が将来に亘って豊かさと繁栄を維持していくためには、そして将来世代に夢と希望をもたらすためには、虎穴に入って虎児を得なければならないのです。「為さざるの罪」、問題の先送りはもう許されません。
グローバル化した世界の中でどう力強く生き抜いていくのかが問われているのです。今こそ、自らを世界の競争に晒す中で、生き抜く力を養わなければなりません。未来永劫の日本の繁栄を目指すならば、目先の「やさしさ」にとらわれてはなりません。明治以来の、特に戦後の廃墟の中から見事に復興を成し遂げた、先達の涙ぐましい努力と成果に想いを馳せるとき、世界を相手に挑戦する勇気、競争に立ち向かっていく覚悟さえあれば、必ず道を拓くことができると信じます。夢と希望を将来世代へ繋ぐため、勇気と覚悟を持って世界に羽ばたこうではありませんか。

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