ニューヨーク便り No.2(1996年8月)

残暑お見舞い申し上げます。
皆さん、お元気ですか。日本はまだまだ蒸し暑い日々が続いていることと思います。ここニューヨークも日中は痛い程の日差しが照り付け、気温はかなり高くなるのですが、朝晩はひんやり肌寒く、また日陰に入ると涼しく感じられる夏の日々です。ニューヨークの天候のひとつの特徴は、一日の中に四季があると言えることです。夜明け前後は冬、朝は春、日中は夏、夕方は秋と言った感じでしょうか。これに加え、午後にはよく雷雨が襲ってきてまさにバケツを引っ繰り返したような大雨が一時的ではありますが、容赦なく降り落ちてきます。その意味ではどんなに天気がよくても傘は携帯必需品といえます。
日本ほど暑い夏が長くないこともあり、我が家には冷房設備がありません。ただ、さすがに7月はじめから8月半ばまでは暑い日が多いので、6月終わりに扇風機を買い込んできて時々利用しています。アメリカの家はよく工夫されていて、日中の暑い時間帯は窓を締め切っていると(例え、冷房設備はなくとも)朝晩の冷気を保つことができて比較的涼しく過すことができます。また、我が家の場合、1階は少し地面に埋まっていることもあり中2階や2階より6-7度は涼しいので、日本でいう熱帯夜などは、家族みんなでその1階でゴロ寝しています。

今年の夏は避暑をひとつの目的として(結果的には避暑にはなりませんでしたが)ロッキー山脈の一角にあるグランドティートン及びイエローストーン国立公園に家族みんなで旅行に行ってきました。大自然や野生の動物を満喫し、また、ハイキングや川下り(ラフティング)なども楽しめた思い出に残る素晴らしい旅行になりました。

家族全員でラフティングを楽しむ

さて、第2回目となりますが、我が家の近況をお知らせ致します。

州司

赴任後1年4ヶ月が過ぎ、仕事の方は漸く順調に進み始めました。赴任当初はさすがの楽天家も「このままの状態が続くと身体がもたない」と参ってしまう程、慣れない環境下で莫大な仕事量がありましたが、1年過ぎたあたりから自分のペースやれるようになり、またそれなりの結果が出せたこともあり、今では例によって楽しみながら吉良流の仕事をしています。
州司は日商岩井米国会社のインフラストラクチャー・プロジェクト部の実質上の部長(年齢の問題があり部長は部門長が兼務していますが、部門長から部長権限を付与され、部の採算責任を負っている)をやっています。
 まず、インフラストラクチャー・プロジェクトというのは電力、港湾、空港、道路、水供給などの建設プロジェクトを指します。通常これらの社会資本整備は国や地方政府の役割なのですが、新保守主義と言われる小さな政府志向が世界各国に浸透しつつあり、これらの社会資本整備も民間が請負う形態が多くなってきています。発展途上国における民間による社会資本整備はそのプロジェクトへの出資者や融資者をカントリーリスクに曝す為、必要資金を集めることが非常に難しいのですが、日商岩井も出資者や融資者としてリスクを取ることによりそのファイナンス組成を助け(同時にプラントや主要機器を売り込みながら)プロジェクトを実現させることが一番大きな使命です。このインフラストラクチャー・プロジェクトへの参入、実現とこの種プロジェクトに欠かせない建設機械の取り扱いが州司の主な仕事です。カバーする地域は、全世界ですが、米州(特に中南米)は自分が主体となり、その他の地域は東京本社のサポート(米国にある国際金融機関、米国の出資者・融資者やメーカーとの折衝)が中心です。最近は、米国日商岩井という米国の会社として、また中南米を含む全米州の本社であるニューヨーク店として、自分が主体となってやる中南米向けのビジネスが6-7割を占めています。その為、月に1-3度中南米に出張します。

仕事量がかなり多い為、ウイークデイはほとんど、会社と家の往復ですが、週末は子供と一緒に過ごすほか、時々ゴルフに出掛けたりしています。子供達との過ごし方などは子供のコーナーを御参照下さい。

とにかく、マイペースでやれるようになってきたお陰で心身共に元気一杯に毎日を過ごしています。

日商岩井米国ニューヨーク時代に吉良州司が作成したインフラ・プロジェクト用のプレゼンテーション資料の一部

千代美

近況報告第一弾でも報告しましたが、長女の綾子が日本人学校、次女のゆみこが現地校とそれぞれ別の学校に通っていますし、三女のさちこは今一番手のかかる3歳ですから、朝から晩まで大忙しです。
 まず、朝は朝食の用意をして(州司を含む)子供達を食べさせた後、綾子をスクールバスのバス停まで送り、返す刀でゆみこを(家の前からですが)スクールバスに乗せます。その後、州司を見送り、掃除・洗濯を終え、一番手のかかるさちことの生活が始まります。買い物や家のことをしているとあっという間に時間が過ぎ、すぐにお姉ちゃん達が帰り始めます。朝と同じく、綾子をバス停まで迎えに行き、取って返してゆみこを迎えます。その後が一番大変で夕食の準備をしながら、お姉ちゃん達の宿題を見なければならず、且つさちこの面倒も見続けなければなりません。

また、日本人学校では今年から父母会の書記を務めるようになり、これもかなりの労働量となっています。アメリカは何処に出掛けるにも車が必要で、子供達の移動も全て親の車による送迎となります。これが千代美の負担を倍増させているわけです。

しかし、綾子もゆみこも各々の学校で素晴らしい教育を受けられており、先生にも恵まれていることから、千代美もその学校関係で取られる労力や時間は全く気にならないどころか、むしろ喜んで参加しているようです。
また、渡米後、1年が過ぎ、当地の生活にも慣れてきた為、毎日の慌しさは別として精神的にはかなり余裕が出てきました。子供達の目に見えるような成長ぶりがその精神的余裕に拍車をかけているようです。また、日本人学校のお母さん達がこれまた素晴らしい方達ばかりで、その方々との交友も大きな精神安定剤となっているようです。

さて、日常生活に欠かせない英会話ですが、千代美の英語能力も大分上達してきて最近はかなり聞き取れるようになってきているようです。この点、州司が日常会話の能力はさちこを除いて家族の中では最低で、3つ注文したつもりのスパゲッティが1つしか出てこなかったり、先日の旅行でもかなり家族に迷惑をかけました。米国の駐在員として恥ずかしい限りです。帰国後人の前で英語を話さなければならない時など、決して米国に駐在していたことは明かさないでおこうと思っています。
しかし、千代美の聞き取り能力の秘密兵器は何を隠そう「ゆみこ」です。「ゆみちゃん、今何言ってたの?」「○○○って言っていたよ」という場面がかなり頻繁に見られるようです。買い物の際の店員との会話や色々な場所でのアナウンスなどでは、この秘密兵器を利用して何とか事無きを得ているのが実情のようです。

この夏の家族旅行はこれまでで最高の旅行でしたが、この旅行の目的地や日程を決めたのも千代美です。自分で旅行計画を立て、目的地の研究もしていましたから出発前からかなり気合が入っており、また、予想以上に満足のいく素晴らしい旅行だったことは、誰よりも千代美が一番喜んでいると思います。今でこそ披露できますが、この旅行日程と同じ時期に米国会社の社長がグアテマラに出張することになり、同国でプロジェクトを追いかけている州司も同行するようにとの指示がきました。しかし、とても千代美にそのようなことは言えず会社命令を断りました。州司・千代美の世代は旧人類と新人類の両方の要素を備えているとよく言われますが、去年は夏休みを取らなかったこともあり、今年は断固とした意思で家族を優先しました。言い換えると、それ程この旅行にかける千代美の意気込み、気合がすごかった とも言えるでしょう。

この9月からはさちこを週3日だけナーサリーという日本の保育園と幼稚園を足して2で割ったような施設に通わせることにしましたので、少しは今より自分の時間が取れるようになります。現在はこの限られた自分の時間をどのように使おうか思案しているところです。これはまた別途お手紙することになると思います。

綾子(11歳。ニューヨーク日本人学校ニュージャージー分校6年生)

綾子は日本人学校ニュージャージー分校でとにかく素晴らしい教育を受けています。知識・学力も勿論ですが、何といっても「人間的成長」「人格形成」に欠かせない、溢れる程の栄養(特に「こころの栄養」)を毎日与えてもらっています。日々の成長はまるで小学校1年生の頃のあさがおの芽、茎、花の成長を見るようです。
まず、先生方は海外の日本人学校で教える為、皆さん、難関の試験に臨み、突破して派遣されてきた方々ばかりで教育への情熱・意欲に溢れています。
 次に、6年生はわずか5人しかおらず(因みに、分校全体でも45人しかいません)、みんなが主役です。授業はまるで大学のゼミのようなもので、ひとりひとりに十分以上目が行き届いていますし、みんなが児童会の各分野の委員長になります。
 3番目には、子供ながらみな日本と海外との架け橋になるという意識を知らず知らずの内に身につけており問題意識の高い子が多いと言えるでしょう。事実、日本人学校の校歌の中に「おお われら 世界を担う この力」「おお われら 世界を結ぶ この心」「おお われら 世界を創る この理想」といった歌詞が盛り込まれています。
 綾子は現在、放送委員会の委員長をやっており、毎日全校生徒にマイクを通じて語りかけています。また、1年生の入学式では、在校生代表として歓迎の挨拶もやりました。その他、運動会での司会、アメリカの現地校との交流会でも代表として挨拶したりと、主役になることの楽しさを満喫しています。

 勉強も詰め込み教育から程遠い奥の深い授業内容で、毎日「自由研究」といってなにか課題を決め、百科事典や借りてきた資料を基に研究をやっています。「国際連合」「幕府財政の窮乏の原因」「武士の起こり」「織田信長」「窒素と酸素」「水と植物」とかいった具合で、本当に大学のゼミのようです。自分で調べ、自分の学説を作り上げていくことが楽しくてしょうがないようです。この為、州司も千代美もそのするどい質問にたじたじとなることが多々あります。いつまで経っても日々勉強が必要なようです。

 「成長」といえば、綾子は身長が150センチとなり千代美にあと10センチで追いつきます。千代美と歩いていてもまるで姉妹のようです(ちと千代美を誉め過ぎかな?)。

 とにかく、綾子も学校や勉強それに毎日の生活が楽しくてたまらないようです。ありがたいことです。

ニュージャージ分校長女の運動会組体操

ゆみこ(9歳。現地校ホーズ小学校。この9月から4年生)

ゆみこはこの1年の間に本当に驚くほど英語力を上達させました。Journal(ジャーナル)という日記を英語で書くのが毎日の宿題で、この一年間歯をくいしばって頑張ってきました。夏休みの宿題は英語の本を何冊も読んでその読書感想文を書くことですが、これも一所懸命頑張っています。学校側からの要請もあり、ゆみこ用にコンピューター(パソコン)を買い与えましたが、読書感想文はこのパソコンを使って書いています。アメリカの学校に通い、コンピューターで宿題をこなしていくなど、ゆみこが一番アメリカ社会に溶け込んでいると言えます。あと4年もいれば英語にはほとんど不自由しなくなるのかと親ながら羨ましい限りです。

ゆみこにはまず英語に専念してもらい、一日も早く現地校、現地社会に溶け込んでもらいたい(それがゆみこの為でもある)、また、当地に慣れるまでは土日は余裕を持たせたいというのが州司、千代美の方針ですから、日本の「補習校」(毎土曜日に現地校に通う児童に日本の教育を行っている)には通わせていません。その代わり、週に1回、水曜日に近くの塾に通っています。塾といっても、以前日本人学校の先生をやっていて今当地に住み着いている方が「米国に住む子供達に正しい日本語を教えたい」という気持ちから始めた塾で、受験など全く関係なく国語と算数の基礎を教えてくれるところです。ゆみこは漢字が苦手ですがお母さんの力も借りながら(ちゃんとした日本人になる為)漢字の習得にも頑張っています。我が子ながら頭が下がる思いです。

この9月からはいよいよ4年生です。住んでいる街の小学校は1-5年生までですから、もう上級生の仲間入りです。3年生の時はクラスに日本人が3人(幸い、みんな女の子)いてお互い助け合っていましたが、今度のクラスではゆみこただひとりだけです。親の方が心配していると、「ゆみちゃん平気だよ。アメリカ人ともお友達になっているし、一人でも大丈夫。それにジャシカちゃんとも一緒だし」などと力強い返事が返ってきます。仕事上では仕方なく下手な英語を喋るが、食事などできれば英語など話さなくてよい環境でおいしい日本食を食べたいと常日頃思っているお父さん、こと、州司さんは穴があれば入らなければならないでしょう。

 このように、ゆみこは我が家とアメリカ社会の架け橋になってくれています。

 そう言えば、この前の旅行で我が家の喜ばしい発見がありました。それは、ゆみこの腱脚ぶりです。ゆみこは先天性の足の病気の為、生まれて3ヶ月目と3歳の時と2回手術を受けており色々と心配してきました(といっても3歳の時の手術と6ヶ月に亘る入院のお陰で、心配の度合いはぐっと減りましたが)。ところが、旅行中のハイキングではゆみこがいつも先頭を歩き、全く疲れる様子もありません。岩場などひょこひょこ駆けるように登ってゆくではありませんか。ゆみこによると「山歩きやハイキングはとても楽しい」そうです。州司も大学時代、登山をやっていましたが、ひょっとすると ゆみこもその道に入るかもしれません(お父さんとしては心配ですが)。

ゆみこも元気にアメリカ生活を楽しんでいます。

米国自宅近くの公園で娘たちと

さちこ(3歳。9月よりナーサリー=保育園・幼稚園に週3回通う予定)

かわいさは(親の贔屓目で)天下一品ですが、親の期待もむなしく、さちこは乱暴者に育っています。自分の背丈の倍もあるようなところから平気で飛び降りたり、リスのようにベッドの上から人の背中に跳び移ってきたり、どこでもここでも跳んだり走ったりしています。全く目を離せません。
また、何でも自分でやらないと気が済みません。車や家のドアも人が開けると機嫌が悪くなってしまします。車の鍵も「さっちゃんが付けてあげる」といって自分で付けなければ気が済みません。州司がパソコンに向かって仕事をしていても「さっちゃんもお仕事する」と言って州司とパソコンの間に強引に割り入りキイボードをさぞ分かったように打ち始めます。ご飯を茶碗に入れてくれるのもさっちゃんです。お陰で大事な茶碗をいくつか割ってしましました。「小さな親切、大きな迷惑」という言葉がありますが、我が家の小さな魔女はこの言葉を地でいっているようです。

それでも色々な進歩があります。
まず、日本語がとても上手になってきました。何を話してもかわいらしい言葉、表現です。そして、絵が驚くほど上達しました。得意はアンパンマン、バイキンマン、ドキンちゃんの絵です。最近は手が顔から出ず、ちゃんと身体から出るようになってきました(とにかくアンパンマンが大好きで同じビデオを何十回見ても飽きません)。また、ブランコは同年齢の子には絶対に負けない程上手に乗りこなします。
今回の旅行でも最後はお父さんのおんぶとなってしまいましたが、予想以上に頑張って歩きました。ゆみこと一緒に岩登りにも挑戦し、見事登れました。ハイキングでも「さっちゃん自分で歩けるから…」と言って手をつなぐことを拒み続け何度かころんでしまいましたが、それでも自分だけで歩こうとします。
「お姉ちゃんに追いつけ、追い越せ」の精神やよしですが、お姉ちゃん達とはかなり歳が離れている為、かなり背伸びをしているようです。

本来なら3歳の子には3歳なりの時間、手間のかけ方があると思いますが、千代美も(アメリカ生活の中での)お姉ちゃんの世話をする為にかなりの時間を取られる為、綾子、ゆみこが3歳だった時のようにはさっちゃんの面倒を見られないようで、そこが一番の悩みの種です。まあ、3番目の宿命でしょうが、却って力強く育ってくれると思います。

以上、大変長くなってしまいましたが最後まで読んで戴いてありがとうございます。少し、いいことばかり書き過ぎたような気もしますが、渡米後1年が経過し、我が家は今絶好調といった感じです。このまま、いや、それ以上の調子が続くことを祈っています。

皆さんの健康を祈念しながらペンを置かせて戴きます(ワープロの電源を切らせてもらいます)。

1996年8月7日
 吉良州司