吉良からのメッセージ

2020年2月27日

アベノミクスは私たちの暮らしをよくしているのか その3 アベノミクスの限界と成長至上主義経済の限界

2017年の広報誌の「私たちの暮らしとアベノミクス ~経済至上主義から幸せ感を最重視する社会へ~」と題する特集の第2弾です。

『アベノミクスに対する間違った認識 藻谷浩介理論より

アベノミクスの成績表であるGDP成長率について、図5をご覧ください。

アベノミクス始動後のGDP成長率は3年間の「暦年」平均で名目1.6%、実質0.6%です。因みに、民主党政権時代のGDP成長率は3年間の「暦年」平均で名目0.3%、実質2.0%でした。失われた20年といわれる1997年から2015年までの18年間の実質は0.6%ですから、アベノミクス3年間の実質GDP成長率平均と失われた20年の実質GDP成長率平均は同じなのです。

図7をご覧ください。

安倍政権発足後の金融緩和は株価上昇には貢献していますが、個人消費やGDPの増加には貢献していません。個人消費は株価の上昇に伴って伸びておらず、1997年まではゆるやかな上昇、それ以降はずっと横ばいで現在に至ります。GDPの推移は個人消費の推移とほぼ同じです。

<筆者注 重要 ニッセイ研究所分析を参考に筆者が執筆
安倍政権の名目GDP600兆円達成目標を実現するためと疑われても仕方ないと思いますが、2016年12月、安倍政権はGDP統計(国民経済計算)を2008SNAと言われる新基準へと移行し、名目GDP、実質GDP成長率などが過去に遡って改定されました。この改定により、2016年度以降の名目成長率が年平均2.5%であれば2020年度に政府目標である名目GDP600兆円が達成されることになりました。因みに旧基準では年平均3.7%が必要でした。
実質GDP成長率は過去10年平均では旧基準とほぼ変わりませんでしたが、アベノミクス開始後の2013年度以降が大きく上方改定されています。新基準のGDP統計を用いて潜在成長率を推計したところ、これまでゼロ%台前半だった潜在成長率も1%近くまで上方改定されています。
但し、この改定は2009年1月の国際連合統計委員会において国際基準「2008SNA」が採択されたことに基づき、自民党麻生太郎政権下の同年3月に「次回基準改定に、新国際基準に対応すること」を閣議決定、民主党政権下の2012年1月に「平成23年基準改定」に関わる検討が内閣府経済社会総合研究所において開始されていますので、全てが安倍政権の恣意的改定というわけではありません。しかし、「2020年名目GDP600兆円」という目標設定は、安倍政権下の2014年3月において「平成28年度の2008SNAへの移行」を閣議決定されたからであることは間違いないと思われます。
(「平成23年基準改定によるGDP統計の改定について ~平成28年12月13日付 内閣府経済社会総合研究所資料より~」をご参照願います。)

アベノミクスの限界

これまで、客観的データで見てきましたが、アベノミクスは金融緩和を誘引とする円安により輸出関連企業の業績向上と株価上昇はもたらしているものの、個人消費やGDPの増加には貢献しておらず、一般国民の暮らしをよくしていないことがわかります。

それは、(1)収入が増えない中で輸入品を中心に生活費が高くなっていること、(2)GDPの増加は、その6割を占める個人消費の伸びにかかっていますが、アベノミクスで個人消費はほとんど伸びていないこと、(3)個人消費が伸びないのは、収入が増えないことに加えて将来不安があること、などが理由です。

GDPの構成要素は、「個人消費」+「民間設備投資」+「政府支出」+「輸出―輸入」です。

民間設備投資は供給と需要の両方を充たし、長期的な経済成長に貢献しますが、設備投資が増えてGDPが増加しても国民の身近な幸せ感には繋がりません。一方、人が一番幸せを感じるのは精神的に愛情を感じる時ですが、欲しいものが手に入ったときも小さな幸せを感じます。個人消費の伸びはマクロ経済的にGDPの増加に貢献するだけでなく、人々の幸せ感に繋がります。
そうです。アベノミクスの最大の問題は、企業の設備投資や輸出や政府支出に依存しており、GDPの最大要素であり、国民の幸せ感に繋がる個人消費を伸ばせていないことにあるのです。

では個人消費を伸ばすためには何が必要でしょうか。それは、収入が増えること(筆者注 この意味で今、国民民主党が掲げる「家計第一」の政策は当を得ています)と将来不安をなくすことです。収入を伸ばすには個人の能力を高め、より付加価値の高い仕事に就いて高い給料をもらうことが一番です。そのために人への教育投資(学齢期と社会人の両方)が大切なのです。将来不安をなくすには社会保障の充実が不可欠です。そして、今は巨大資本を中心に企業に集中している富を従業員への配分と税制と社会保障給付等によって一般国民に再配分する仕組みの構築が重要です。』

成長至上主義経済は限界に

現在の世界的経済不振は、(米国を除く)先進国における実体経済での成長に限界がきていることが原因だと思います。実体経済に限界がある中で、高い成長、高い利回りを追求するあまり、結果的にバブル経済を生起させ、その崩壊と回復過程において長期に亘る経済停滞と国民の厳しい生活が余儀なくされます(日本のバブルと崩壊、リーマンショックとその後の世界、いまだに尾を引く欧州経済など)。アベノミクスも政策的にはバブルの追求なのですが、都市部の不動産と株価の上昇を除き、国全体としてはバブルすら起こせていないのが現実です(筆者注 黒田日銀総裁の物価2%上昇目標は完全に失敗しています。度を越した超金融緩和にもかかわらず目標達成ができないことが、このことを如実に物語っています)。

一昨年フランスの経済学者ピケティが注目を集めましたが、今は、豊かになった国や社会における資本主義の限界について冷静に考える時かもしれません。何故なら、経済的フロンティアは、空間的にはアフリカまで達し、時間的にもファイナンス手法により将来的な需要を現時点で先食いしており、時空ともに経済フロンティアが消滅しつつあるからです。

技術革新と成長

これに対して、技術革新と新しいビジネスが常に経済を牽引し、成長を持続させることができる、という反論があります。確かに、技術進歩はすさまじく、たとえば5年前の10倍以上の性能を持つパソコンを5年前と同じ値段で買えるなど、技術進歩は確実に私たちの生活を豊かにしてくれています。しかし、かつて高度成長時代やそれに続く安定成長時代に重化学工業が生産性を急向上させ、国民全体の所得を大きく上昇させたことに比べ、現在進行形の技術革新とそれに伴うビジネスは国民全体の所得を大きく向上させるまでには至っていません。
かつては技術もそれを活かした生産拠点も先進国がほぼ独占しており、生産性向上の果実である会社収益の増加や賃金上昇も先進国が独占していました。しかし、グローバル化の進展により現在は途上国も先進国の技術を活用した生産拠点となり、世界を巻き込む国際競争の影響で、ものの質は高くなって生活を豊かにするが、値段は上がらず上げられず、GDPの増加には貢献しない構造になっているからです(筆者注 IT化、グローバル化、国際競争の影響で、先進国での生活は益々便利になり、質の高いものが安く買える状況になっているのですが、GDPを大きく増加させる貢献はしていません)。』

次回は、「幸せ感を最重視する社会へ」、「今やるべきは「人的投資」、「対案は「人への投資」についてお伝えします。

吉良州司

GDPstats200226