冠婚葬祭出席へのご意見について
| (編集部より)2004年の新年にあたり、吉良州司のホームページからビデオメッセージを配信しました。その中で、「日常の政治活動として、冠婚葬祭への出席、就職の斡旋はしないという基本姿勢」を表明したことに対して、多くの反響をいただきました。その反響にお応えしたメルマガです。 |
吉良州司です。
1月6日発行のメルマガ第11号にてお知らせしたビデオメッセージに、多くの反響をいただきました。ありがとうございます。特に、「日常の政治活動として、冠婚葬祭への出席、就職の斡旋はしないという基本姿勢」について賛否のご意見をいただきましたので、ここに代表的なものを紹介させていただきます。
「各種の葬儀に参列することも多いのですが、その死を本当に悼んでない人が多数参列して本当に悲しむ親族や本当に悼む個人の親しい人の場が乱されているのではないか、という思いを何度もしてまいりました。その点吉良さんのビデオメッセージに深く共感しました。」
多くの共感と賛同を得たことに感謝しています。
「冠婚葬祭に出席せず。就職斡旋せず。こんな当たり前のことを主張するために苦労している姿はある意味でお気の毒としか言いようがありません。が、そこから始めなければならないことも事実です。」
確かに、堂々と主張するには当たり前すぎることかもしれませんが、当たり前のことが実践されていないことも事実です。ビデオの中でも申し上げましたが、他の議員さんの名前がすべて読み上げられ、吉良州司の名前だけが読み上げられなかったとしても、それは、事務局が弔電を打ち忘れたのではなく、主張を実践しているのだと考えていただくためなのです。
「冠婚葬祭に対する姿勢についてビデオメッセージ拝見しました。国会議員が「国政に専念」し「大分を元気にする」、それは当たり前でしょう。そのため死に物狂いになる、力を割く余裕はない、では情けなくはないですか。支持者に対し少なくともその親近者の不幸に際し「弔意」を表すくらいの気配りが出来なくて「大事」をなすことができますか。「支持」を広げることができますか。将来、選挙の場面でそういう気配りも出来てなおかつ政治の志も高い「対抗馬」が出現した場合、それで大丈夫ですか。地元で磐石の支持を得てこそ「中央」で大きな仕事が出来るのではないでしょうか。私にはなぜか今回のメッセージはトントン拍子に政治家になった吉良さんの油断を感じてしまうのですが杞憂でしょうか。ちなみに私は自分の父の葬儀の時、国会議員の方から弔電をいただきました。売名行為とは思いませんでした。素直にうれしく思いました。」
地元で磐石の支持を得るよう努力せよ…という叱咤激励のご意見として、真摯に受け止めました。もちろん、地元の方々のご理解とご支持を得るための努力を惜しむつもりは毛頭ありません。
「たとえ直接会っていない人の死であっても、大分市地域を代表して国政を担う重要な立場の方が、地域の国民を代表して弔意を表することが必要となる場合などいろいろな場合があるかと思います。たとえばイラクで亡くなった井上書記官の葬儀には仮に会ったことがなかったとしても川口大臣は出席されたでしょうし、お立場上やはり何かを代表するような意味でご出席が妥当な場合もあるかもしれません。
そういう場合にはその役割を果たすべく葬儀に参列されることもあろうかと思います。ぜひ状況に応じて柔軟かつ的確なご対応をしていただければと思います。」
公人としての立場に応じた判断をという的確なご意見、ありがとうございます。
引き続き、定期的にビデオメッセージをお届けして参りますので、ご意見・ご質問をお寄せ下さい。皆さんから、多くのご意見をいただくことにより、私の主張だけが一方通行で流れて行くのではなく、双方向の意見交換のホームページにして行きたいと考えています。
吉良州司