道路問題で明らかになった国の意思決定システムの変化

(編集部より)2008年3月31日までのガソリン税はガソリン1L当たり53.6円で、このうち暫定税率上乗せ分が25.1円ありました。暫定税率の期限切れで、2008年4月1日午前0時から1か月間だけはガソリン税が28.5円に下がりました。本メルマガでは、なぜ、このような「混乱」が起こったのか?この「混乱」は何を意味しているのか?を吉良州司が分析しています。
なお、道路特定財源は、この翌年4月からすべて一般財源化されましたが、暫定税率は維持されています。

みなさん こんにちは

吉良州司です。

4月から下がったガソリン価格が暫定税率の復活により今月から再び上昇しました。この間、石油元売りやガソリンスタンドなどの供給者、また輸送関係会社や一般利用者などの需要者双方の経営や生活に大きな影響を与えてしまったことは、政治に携わる者のひとりとして大変申し訳ないと思っており心からお詫びいたします。

今日のメルマガは、この1ヶ月のガソリンを巡る激震について申し訳ないと思いつつ、この道路特定財源に関わる問題を通して、国民の目にあきらかになってきた『国の意思決定システムの変化』について、持論を展開させて戴きたいと思います。

今年2月の道路特定財源に関するメルマガにおいて私は、『民主党が主張している暫定税率廃止と、道路特定財源の一般財源化について、「一般財源化」がより本質的な議論、本丸である。それは「霞ヶ関が何でも決める現在の国のあり方」を「地域が自分の責任において決められる地域主権の国」に変革するための第一歩だからだ』と主張しました。

ここ2ヶ月間であきらかになってきたことは、国のあり方、国のかたちの変革まではいかないものの、「千里の道も足下から」と言われるように、その第一歩として「国の意思決定システム」が確実に変化しているということです。

この「国の意思決定システムの変化」を読み解かないと、今起こりつつある「変化」が既存意思決定システムへの抵抗、つまり「混乱」としてだけ捉えられてしまう恐れがあります。そこで、今日のメルマガでは、その変化について、私の見解を披露させて戴きたいと思います。

まず、意思決定システムの変化なのに、そのことが理解されず、従って変化への対応が為されず、まさに「混乱」だと捉えられていることがあります。それは、地方自治体(以下「自治体」)の道路予算と道路予算を含む各自治体の予算全体に関る「混乱(?)」です。

道路財源に端を発する自治体の予算関連問題について「予算が執行できない」「仕掛かりの道路建設を凍結せざるをえない」「地方の実情を無視した野党の暴挙だ」などなど、ここ数ヶ月の自治体の民主党に対する風当たりはすさまじいものがありました。

日銀総裁人事がなかなか決まらなかったことと、この道路財源に関わる自治体の主張に対して、マスコミは大応援団となっていましたが、万年反対野党をこのうえなく嫌がる私でさえ、この一連の反応には大きな疑問を持っています。

今回の道路特定財源に関わる一連の混乱、特に編成した予算の財源に穴が開き、予算の執行ができない事態に陥ってしまったことは、これまでの自治体の歴史上初めての経験であるだけに、予算の執行責任者である県知事さんや市町村長さん達は相当苦労されたと思います。そのご労苦に対して、ねぎらいの念と敬意を表したいと思います。

しかし、今回の問題に関する限り、自治体は、「変化を理解していないこと」を暴露したようなものだとも思っています。ここで言う「変化」とは、先述していますように、わが国の意思決定システムの変化に他ならないのですが、自治体はこの変化を理解していなかった為に、これまで通りのやり方で予算編成をしておりました。マスコミも、この変化の意味するところを国民にわかりやすく説明しようともせず、民主党の対応への批判に終始してしまった為に、自治体が今回の混乱における被害者と思わせるような世論を喚起させてしまいました。

「変化」は「リスク」とも読み替えられるわけですが、地域の住民の生活を守る立場にある自治体の一番大事な役割はリスク対応です。そのリスクについて理解していないわけですから、今回のケースでは「リスク対応能力に疑問あり」と言わざるをえません。

ご承知の通り、平成20年度の予算は、予算案自体は衆議院の優越がありますから、与党が過半数を占める衆議院の承認により成立します。しかし、法案には衆議院の優越はありません。従って、今回のガソリン税など暫定税率関連法案は、野党が多数の参議院で

否決されて成立しないリスクがあります。その場合は、参議院で否決された後、または(60日経っても参議院での結論が出ない場合には、同院が否決したものと見做す)60日ルールに従っての衆議院による再議決が必要です。このことは、昨年7月の参議院選挙の結果が出た後、わかっていたことです。それを、これまで通りの予算編成、予算の成立、予算の執行という一連の予算関連手順がそのまま進んでいくと勝手に思い込んで、これまで通りにならなかった場合のリスク対応を怠ったということです。

民間企業が投資を決断する時や新規分野に進出しようとする時は、事が思い通りに進んで一番いい結果がでることを期待する「楽観的ケース(Optimistic case)」、事がうまくいかず、最悪のシナリオになる「悲観的ケース(Pessimistic case)」、その中間で、まあこの程度の結果にはなるだろうと思われる「基本ケース(Base case)」といった3通りのプロジェクションを想定し、各々のケースにつき分析、検討、議論して投資の是非を判断するのが普通です。

最悪の場合でも何とか損をしない、または、それでもメリットがあると判断される場合にのみ投資を行うことになります。楽観ケースだけ想定したような投資稟議を上程したなら、「リスク対応能力なし」とみなされ、即座に却下されます。

今回の場合、与党の思い通りになるケース、野党に否決されて与党が再議決もできないケース、実際今回がそうなってしまっているのですが、一時的に中断されて、それが再議決されて復活するケースと3通りのシナリオを想定した上でのリスク対応、即ち、各々のケースに応じた予算編成と執行手順を自治体としては用意しておくべきでした。

その甘過ぎるリスク管理、リスク対応を棚に上げて、反対した野党に責任をかぶせるのは本末転倒と言わざるをえません。また、そのことを全く指摘せず、それどころか、これまでの意思決定システムを乱したとしての責任を民主党に押し着せる、結果として世論を「反対野党批判に駆り立てる」マスコミの対応にも疑問を持たざるをえません。もちろん、前回のメルマガでもお伝えしましたように、民主党の国会対策は決して褒められたものではありません。しかし、歴史の大きな転換点にある時こそ、特に、国の意思決定システムが変わろうとしているのですから、自治体もそのことを理解した上でのリスク対応が必要であったと思いますし、また、そのことを国民にきちんと伝えることが本来のマスコミの責務ではないかと思います。

何故こうなるのか。それは、冒頭に触れたように、今わが国の政治の意思決定システムが変わりつつあるということが「実感として」理解されていないからだと思います。一部の高齢者を除く日本人のほとんどは(ほんの1年足らずの時期を除いて)自民党が政権与党でなかったことを経験していません。

自民党が政権与党であるということは、ほとんどの日本人にとって空気みたいなものです。そのため、国も自治体も、その予算編成であれ、法案成立であれ、自民党とその連立政党が衆議院、参議院両院で多数を占める意思決定システムしか知らないのです。このシステムの下では自民党政調会の部会で決定したこと、つまり自民党が決定したことは、国が意思決定したと同じことでした。従って、その決定を促すべく自民党族議員への、また、与党のブレーンとして実質的に立案する官僚に陳情が繰り返されるのです。

仮に、与党の衆議院における議席が2/3を超えていなければ、参議院では野党が多数を占めるわけですから、そこに危機感がうまれ、意思決定のシステムが変わったことを充分認識した上で、与党も自治体ももっと事を慎重に進めたかもしれません。参議院での与野党逆転により、少なくとも法案は、野党の合意、協力を得ることなしに決定されることはなくなったのです。国の意思決定システムが変わったのです。

しかし、不幸なことに、憲法上、与党が2/3以上を占める衆議院で再議決して最終決定することができるので、これまで通りの意思決定システムのままだ(ままであってほしい)と思い込んでしまい、これまで通りの対応しかしなかったと思われます。即ち、悲観ケースへの対応、リスク管理を怠ったと言われても仕方ないと思います。

話は少し脱線しますが、先日、自衛隊の新入隊員の入隊式に出席した際に私は、『絶頂期にあるとき、周りは落とし穴だらけなので兜の緒を締めてほしい。逆に、どん底にある時でも、決して希望を失ってほしくない』と挨拶したと以前のメルマガでお伝えしました。

歴史に「もし」は禁物ですが、もし、小泉郵政解散選挙で与党が過半数止まりで2/3までは占めていなかったとしたら、安倍晋三政権もあれほどまでには強行採決を繰り返さなかったと思いますし、もう少し、慎重且つ丁寧な国会運営を心がけたでしょう。もしかすると、今現在も安倍政権のままだったかもしれません。今回の混乱も衆議院での与党の2/3以上の議席があるからこそ、生じた混乱、絶頂期がもたらす落とし穴の為せる業だったと思えてなりません。

最後に、この意思決定システムの変化は、参議院における民主党を中心とした野党に大きな責任が生じていることを意味します。民主党は野党の王道を極める必要はありません。これ以上、これでもか、これでもかと現政府、与党の非を追及しても政権奪取の王道にはなりえません。国民はそのことはもう充分わかっているからです。今、必要なのは、民主党が国家ビジョンとその実現のための道筋を示すことだけなのです。そして、いたずらに政局にするのではなく、わが国の繁栄と発展のための現実的な議論、具体的方法論の議論を進めていくことなのです。今、吉良州司とその仲間たちで、国家ビジョン創りをすすめています。できるだけ早い内にみなさんにお伝えできるよう頑張ります。

吉良州司