現状に照らした停戦条件を考える ウクライナへのロシア侵攻から3年 その3
前回、前々回のメッセージは3年前に提示した停戦合意を再度お読み戴く内容でしたが、侵攻から丸々3年目の今日のメッセージは、ウクライナ東部(ドネツク州、ルハンシク州)南部(ヘルソン州、ザポリージャ州)のかなりの領域が既にロシアに占領されていること、前線はロシアがやや優勢の中で膠着していること、トランプ政権誕生によりこれまで通りの米国支援(軍事指導、武器供与、資金援助、等)が大きく減退する可能性があること、などを踏まえ、私自身が考える停戦合意条件につきお伝えしたいと思います。
トランプvsプーチン首脳会談は、上記の現状をありのまま(ロシアによる占領と併合)認める内容の停戦合意になる可能性が高いと予想されますが、その予想される内容には拘泥されず、予断を排して、実現可能な停戦合意条件をみなさんと一緒に考えたいと思います。
いきなりですが、過去数百年の歴史、近い過去の歴史、ロシアによる侵攻後の情勢などを踏まえた吉良州司が考える停戦合意条件は下記の通りです。
1)ウクライナの中立化(NATOへの非加盟)、
2)ウクライナの非武装化は盛り込まず
3)クリミアのロシアへの割譲
4)ドネツク州、ルガンスク州の親ロシア派勢力の支配地域(アゾフ海の港湾都市マリウポリを含むドネツク人民共和国、ルハンシク人民共和国)のロシアへの割譲
5)ザポリージャ州、ヘルソン州、及び、ドネツク州、ルハンシク州の非ロシア占領地域においては、ロシア主権は認めないが、停戦のため、ロシアの実効支配を現時点では黙認し、主権の帰属は将来決める。
6)南部東部4州内に、ロシアとクリミアおよび黒海沿岸の国際港を陸路で繋ぐ一定範囲の回廊(最小範囲の回廊は軍用道路と高速道路+鉄道?)を設け、そのロシアによる維持管理を認める(上記5をそのままロシアが受諾する場合には、同回廊のロシア主権を認めることも停戦合意のためにはありうる)。
7)人質全員の送還(両国の人質数に差があっても、全員を送還)
8)ウクライナ大統領選挙の実施またはゼレンスキー大統領の辞任
9)国連(安全保障常任理事国)、または、フランス、ドイツ、トルコによるウクライナの安全保障
10)ロシア主権を容認した以外の地域からのロシア軍の即時撤退
11)対ロシア経済制裁の段階的解除
上記停戦合意条件を見て、ロシアに譲歩し過ぎとの感想を持つ方も多いと思います。
まず、「クリミアと東部の親ロシア派支配地域のロシアへの割譲」に対して、「侵略者にご褒美が許されるのか」、「国際法を踏みにじる侵略者の主張を認めれば、世界秩序は崩壊する。明日は東アジアの日本、台湾が同じ運命になってしまう」などとの反論があろうと思います。中には、ヒトラーに宥和政策で臨んだ時の英国首相チェンバレンの失敗を例示して「歴史の教訓がある。そんなことを認めてはならない」という方もいるでしょう。
しかし、現実を冷徹に直視した場合、クリミアと親ロシア派支配地域のロシアへの割譲は「停戦交渉の席につく大前提」になることは必至です。この条件なくして停戦どころか、停戦交渉の開始もありえません。歴史的、近過去の経緯からしても、ロシア領とすることは(国際法上の正義を別とすれば)、停戦を最優先する苦渋の決断としては、あってもおかしくはない条件です。
また、上記5)と6)の内容は、ロシアが本来的には受け入れない可能性が高い、言い換えれば、ロシアが最大限譲歩した場合の停戦条件になると思います。
何故なら、ロシアは、現在既に占領・実効支配し、(国際社会は認めてないものの、ロシア的には)既にロシア領土として併合した東部南部4州のロシア領化を米国が認め、ウクライナにも認めさせることを主張すると思われるからです。つまり、ロシア主権を認めず、現状の実効支配だけを容認するという内容はロシアにとって受け入れがたいと思われるのです。
また、ウクライナの安全保障について、ロシアを含む国連安全保障常任理事国(米英仏露中)に委ねることは、既存侵略者であり、将来また侵略してくる可能性のあるロシアにもウクライナの安全保障に責任を持たせるということを意味します。このこと自体が自己矛盾であると受け取られることは必至です。
しかし、私は、ロシアを国際社会に復帰させることが今後の国際社会の安定のために必要だと思っており、ウクライナやNATOの仮想敵国にしたままの停戦合意の方が、むしろ再び侵略してくるリスクが高いと思っています。
一方、フランス、ドイツ、トルコ3国に委ねる理由は、2008年4月のNATOブカレスト会議において、将来ウクライナ、ジョージアをNATOに加盟させる方向性が打ち出された際に反対したのが独仏両国であること(独仏とも、旧ソ連領のウクライナ、ジョージアがNATOに加盟することは、ロシアが安全保障上必ず問題視すると読み、大きな地政学的リスクになることを当時から懸念していたと思われます)、また、侵攻以来、具体的停戦の斡旋を買って出たのがトルコであり、穀物輸出の再開協議や人質交換の仲介を行ったのもトルコです。現エルドアン大統領はプーチン大統領から一目置かれる立場であり、古くはクリミアもオスマントルコ帝国の支配下にあり(クリミア半島を支配していたモンゴル帝国の後継キプチャク汗国のクリミアとクリミア周辺を引き継いだタタール系クリミア汗国をオスマントルコ帝国は保護国化していた)、ロシアからの観光客がトルコにとって極めて重要な収入源であることに象徴されるように、現在も黒海を挟んでロシア、ウクライナ両国の隣国だからです。
また、ロシア領からクリミアまで、また、ロシア領から黒海沿岸の港湾までの「回廊」案については、ロシアが2014年にクリミアに侵攻したのも、ロシアの歴史的南下政策、不凍港獲得政策の帰結として、黒海の戦略的要衝クリミア、及びクリミア半島内の何としても死守したい軍港セバストポリへの自由なアクセスをロシアとして絶対に確保しておきたかったからだと思うからです。
逆に、このクリミア、黒海沿岸港湾、セバストポリへの自由なアクセスを保障することによってはじめて、ヘルソン州やザポリージャ州の主権はウクライナのままとして、現時点では実効支配のみを認める、主権の結論は将来に先送りする案を提示できると思っています。交渉開始当初は、両州のロシアによる実効支配の継続を認めず、国際監視団または、ウクライナの安全保障を担う国々による暫定的統治を主張してもいいと思います。
上記の停戦条件案を含め、吉良州司の主張はロシアに甘すぎるという反論が多数寄せられると思います。現に3年前には多くの批判を受けました。それらの批判、反論に対する私の見解については、これまでもメルマガで発信していますが、本メルマガの続編として、またあらためてお伝えさせて戴きます。
吉良州司