吉良からのメッセージ

2025年4月11日

トランプ関税が示す「資本主義の限界」と「民主主義の機能不全」 その1

今、世界を揺るがしているトランプ関税の我が国と世界に及ぼす影響について、また、トランプ大統領を産み出した原動力が米国内の格差拡大による貧困白人層の不満であること、その現象は米国に限らず世界各国においても、貧困不満層が移民排斥を掲げる極右政党などポピュリズム政党の躍進の原動力となっていること、について私の考えるところをお伝えします。
更には、これらの根本原因は、分断社会を生じさせる現行資本主義の限界であり、資本主義の限界が極右などポピュリズム政党を躍進させ、長く政権を担ってきた既存有力政党はもはや単独で政権を担うことができなくなり、ポピュリズム政党とその支持者の影響力を意識した政治にならざるを得なくなっていること(ドイツの総選挙結果、ショルツ首相率いる社会民主党政権を批判して比較第一党になったキリスト教民主同盟が、第二党に躍進した極右政党と連立を組むわけにはいかず、批判してきた社会民主党(選挙後第三党)と連立を組まざるを得ない状況になっていることが好例)など、民主主義の機能不全をもたらしている、といったことについても私の持論をシリーズでお伝えしたいと思います。

1.トランプ関税により世界経済は大混乱

トランプ関税が世界を大混乱に陥れています。日本に対する24%追加関税発表も日経平均株価を大きく乱高下させました。トランプ大統領は「何かを解決するには薬が必要」と強弁し続けていますが、米国ダウ平均の大暴落や世界的な株価の乱高下という「市場による国際的な大規模デモ」に耐えうるのかどうか、世界中が注視しています。浅薄極まりない大統領に世界が振り回されていることの理不尽を目の当たりにして、そんな大統領を誕生させた米国民への失望を禁じえません。
以前のメルマガでもお伝えしたと思いますが、現在の世界に最も大きな影響を及ぼしているのは米国大統領選挙の際に共和党と民主党の支持が毎回揺れる「スイングステート」と呼ばれる7州(ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、ノースカロライナ、ジョージア、ネバダ、アリゾナ)の有権者、特に「ラストベルト(錆びついた地域)」と呼ばれるミシガン、ペンシルベニア両州を中心とする低所得白人労働者です。お酒や薬に依存する人々が多いとも言われています。

トランプ大統領は次期大統領選挙には出馬できませんが、トランプ後もトランプ的な大統領が選出される懸念は払拭できません。否、その可能性が高いと思われます。米国大統領選挙の仕組み(各州に割り当てられた大統領選挙人を勝った候補がその州の選挙人を総取りする仕組み)が続く限り、スイングステート7州の選挙結果の行方を左右する有権者(低所得白人労働者など)の支持を取り付けた候補が大統領となることができます。トランプ大統領がこだわる関税を含む政策の優先順位No.1はラストベルト地域の石炭炭鉱や鉄工所の労働者の雇用と誇りを取り戻すことにあると言えます。それ故、今後も彼らの関心と支持を引き付ける(今回の関税政策などの)政策を打ち出し続ける結果、トランプ的な米国が継続する可能性も高く、わが国も世界もそのような米国に備える必要があると思います。

2.理不尽なトランプ関税がまかり通る米国経済の強み

トランプ大統領は、貿易収支(米国の貿易赤字)に異常なまでにこだわっていますが、経済的知識があまりに浅薄であるがゆえの的外れな被害妄想だと断じざるを得ません。 
米国には、わが国を含む他の先進国と大きく異なる圧倒的な強みがあります。その強みをどこまでトランプ大統領が理解しているのか疑問です。足し算引き算しか理解できない大統領なので、恐らく全く理解していないのだろうと思います。

第一の強みは、基軸通貨国だということです。自国通貨が国際決済通貨でもあるので、単純化して説明させてもらうならば、輸入したければ、自国通貨である米国ドルを刷って対外支払いできるのです。自動車などを輸出して外貨である米国ドルを獲得し、その米国ドルで石油や食料を輸入しなければならない、つまり貿易なしでは生きていけない日本とは全く異なるのです。自国通貨ドルを刷れば刷るほどインフレは高じますが、対外的に買いたいものは買えるのです。

第二の強みは、完全鎖国しても生きていける国だということです。世界の中では米国とアルゼンチンだけだと思います。エネルギー資源と食料を国内需要の100%以上自国生産していますので怖いものなしです。最近では食料生産量を驚異的に伸ばしてきており、元々エネルギー資源が豊富なロシアも完全鎖国しても生きていける国になりつつあります。それ故、中国経由の抜け道があることなどとも相まって、対ロシア経済制裁は制裁する側(欧州や日本)が返り血を浴びているだけで、その効果は極めて限定的です。経済制裁とは現代版の「兵糧攻め」ですから、食料と(寒さ、凍えを防ぐ)薪がある相手に対しては、兵糧攻めは効果がありません。
完全鎖国して生きていけるということは、本来なら貿易する必要がないということです。貿易の比較優位理論に基づき、得意な生産物を交換しあう方が両国ともにいいものがより安く買えるということから必要なものをより安く買っているだけです。
もちろん、この状態が長く続いたことにより、もはや米国内で自力生産できる人材やノウハウや設備そのものがなくなっていますので、輸入に頼らざるをえないのですが、鎖国しても生きていける国であることは大きな強みです。

第三の強みは15歳~64歳の生産年齢人口も総人口も拡大しながら、経済成長している唯一の人口大国先進国だということです。その原動力となっているのが移民です(不法移民はトランプ政権によって目の敵にされています。念ため)。
そして、移民の中核をなす中南米移民を迎え入れる際の米国の強みは、北米、中米、南米と米州全体で話されている言語が英語かスペイン語かポルトガル語だけであることです。
米国の裏庭と言われる中南米は、資源・食料の対米輸出国であり、移民の送り出し国であり、重要な市場の国々です。従って、英語とスペイン語のバイリンガル人材はフロリダ州を中心に引手あまたであり、移民1世は低賃金で気の毒なほどにこき使われますが、その子供たちである2世は、米国の公立学校でしっかりと英語を習得でき、バイリンガル人材としていい職に就くことができ、苦労した父母を迎え入れていい暮らしができるのです。そして、3世ともなれば、おじいちゃん、おばあちゃんとは片言のスペイン語で話せる英語を母語とする米国民になっていくのです。そして、いい職を得て、多くの子どもたちを生み育て、よき消費者として米国消費社会を支え、経済成長に貢献するようになるのです。
その点、アジアは民族、言語が多種多様ですので、ベトナム人の日本への移民が日本語を習得しても、インドネシアやタイやマレーシア市場向けのバイリンガル人材になるのは非常に難しいのです。
その点、移民大陸であり、英語、スペイン語、ポルトガル語(ポルトガル話者は近い言語であるスペイン語をすぐに習得することができます)の3言語で事足りる北中南米が持つ言語的特性もまた米国の強みと言えます。

以上のように実体経済での成長を支える米国経済の強みについて、私なりの見方をお伝えしました。米国は本来なら貿易赤字を深刻に考える必要がない国なのです。トランプ大統領はこのことを全く理解していないと思いますので、掛け算や割り算ができる側近やブレーンに対しては、日本企業の対米投資と雇用創出による米国経済への貢献という説明に加えて(米国の強みを日本から説明するのは場違いかもしれませんが)、米国がそんなに貿易赤字を心配する必要がない国だということを説明すべきだと思います。

本論に入る前段階で既に長くなっていますので、続編はあらためてお伝えします。
尚、本メルマガの初稿、特に前半部分は数日前に書き始めたものでしたが、関税政策が二転三転したため、本日の発信となってしまったことをご理解願いたく。

吉良州司