吉良州司の思索集、思うこと、考えること

2016年1月1日

以徳報怨(いとくほうえん)「徳を以って恨みに報いよ」(広報誌14号)

昨年(2015年)は戦後70年でした。私は先の大戦と戦後の日本の歩みを検証し、二度と戦争を起こしてはならないことを誓い、戦後廃墟の中から不屈の精神で我が国を復興してくれた先輩方と、終戦後の中国の人々の日本人に対する温情に対して深く感謝しなければならないことを再確認しました。
終戦当時二百数十万人の軍民が大陸中国にいたと言われていますが、国家的、集団的な危害を加えられることなく、祖国日本に復員、引揚げできたのは、当時の国民政府蒋介石総統による「以徳報怨」演説によるところが大きいと言われています。その以徳報怨演説の内容と、その温情が如何にありがたいものであったかについてお伝えします。
歴史的事実として、1945年昭和20年8月15日の中国時間正午に重慶から発せられた当時の中国国民政府蒋介石総統によるラジオ演説(いわゆる「以徳報怨演説」(徳を以って怨みに報いよ))をご紹介します。この演説は、日本がポツダム宣言を受け入れて降伏することを事前に知った蒋介石が「『暴を以つて暴に報ゆる勿れ』と中国の国民に向かって、同時に世界人々に向かって訴えたものです。

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>> 当記事は広報誌14号(P6)に掲載されています。


「在外邦人引揚げの記録 この祖国への刹那なる慕情」奥村芳太郎編、毎日新聞社、1970年

演説の要旨

『我々の抗戦は、今日勝利を得た。正義は強権に勝つという事の最後の証明をここに得た。
我々に加えられた残虐と凌辱は、筆舌に尽くし難いものであった。しかしこれを人類史上最後の戦争とする事が出来るならば、その残虐と凌辱に対する代償の大小、収穫の遅速等を比較する考えはない。この戦争の終結は、人類の互諒互敬的精神を発揚し、相互信頼の関係を樹立するべきものである。
我々は『旧悪を念わず』及び『人に善を為す)』が、我が民族の至高至貴の伝統的徳性であることを知らなくてはならない。我々はこれまで一貫して、敵は日本軍閥であり日本人民を敵とはしないと声明してきた。
我々は、敵国の無辜の人民に汚辱を加えてはならない。(中略)銘記すべき事は、暴行を以って暴行に報い、侮辱を以って彼等の過った優越感に応えようとするならば、憎しみが憎しみに報い合う事となり、争いは永遠に留まる事が無いという事である。それは、我々の仁義の戦いが目指すところでは、決してないのである。(「台湾建国応援団」サイトより転載)』

戦後の復員・引揚げを推し進めた「引揚援護庁」の「援護の記録」によれば、「華北、華中、華南、台湾の日本人250万人軍民の引揚げは、わずか1年数ヶ月をもって極めて円滑に完了し、この地区における人員の損喪率は5%に過ぎなかった」としています。これは、以徳報怨演説の精神が中国軍および政府の上層部に全面的に徹底されたことによります。しかも、二百数十万人の日本軍捕虜と民間人を中国船で日本に送り返すことを決定し実行したのです。

シベリア抑留(57万5千人が抑留され約1割の方々が祖国の土を踏めず)の卑劣さ、悲惨さについては断固許すことができませんが、大きな迷惑をかけた当時の中国国民政府はこのような寛大な対応をしてくれたのです。また、ドイツの戦後の復員・引揚げ途上における死者が300万人といわれていますので、当時の中国の温情が日本の復員・引揚げと戦後復興にどれだけ貢献したか、おわかり戴けると思います。

私は中国側の肩を持つつもりは全くありませんが、日中間の懸案になっている靖国神社問題についての事実だけをお伝えします。
以徳報怨演説の中で「敵は日本軍閥であり日本人民を敵とはしない」とあります。中国が許せないのは「軍閥」つまり戦争指導者であって、「敵国の無辜の人民」(日本の一般軍民)は中国国民と同じく犠牲者なのだから恥辱を加えてはならず許しましょう、と言っているのです。この考え方は、日中国交回復時に現共産党政府にも引き継がれました。それ故、戦争指導者が合祀され、その戦争指導者を日本の現指導者が追悼することに対して中国は反発していることは事実として知っておくべきだと思います。

残念ながら、中国人の対日嫌悪感は87%、日本人の対中嫌悪感は93%という2014年の調査結果が出ています。お互い引越しのできない隣国である日中両国が末永い友好関係を築いていくためには、まず国民感情のレベルで相手国を好きになることが第一です。中国には反日教育を改めてもらわないといけません。一方、我が国でも中国への理解を深める努力が必要です。中国に対してよい感情を持っていない人にこの以徳報怨演説の話をすると、悪感情が和らいできます。「当時の政府は国民政府であって現共産党政府ではなかった」といった歴史的事実はこの際どうでもいいことです。当時の中国の人々が寛容な心で多くの日本人を救ってくれたことに感謝すればいいのです。これらの歴史的事実を多くの国民に知ってもらい、未来永劫の友好関係に繋げていきたいものです。

第二次世界大戦で犠牲者数が大きかった国
(ソ連、中国の正確な数字は把握できず、一般的に言われている犠牲者数です)

ソ連:2000万人(独ソ戦、ドイツのソ連進攻時の死者多数)
中国:1200万人(日中戦争中の戦闘、災害、疫病等による犠牲者数)
ドイツ:780万人(戦時中480万人、戦後引揚げ時に300万人)
ポーランド:600万人(ドイツの侵攻時、ソ連の反撃時の犠牲者多数)
ユダヤ人:500万人(ユダヤ人虐殺による)
日本:310万人(軍人230万人、民間人80万人と言われている)

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