吉良からのメッセージ

パリ同時多発テロに思う その3

パリ同時多発テロに関するこれまで2回のメッセージの中で、私は「テロの温床を最小化、根絶することが必要であり、そのため我が国としては、軍事的支援ではなく、難民支援や、貧困をなくすための人道支援を行うべきだと述べてきました。これは、世界中で発生しているすべてのテロへの普遍的な対応策だと考えています。

一方、ISについては、異次元の凶悪組織ですからこれを壊滅しなければならないことは勿論です。米露仏に英国が加わってISへの空爆が強化されることになりましたが、IS支配地域への空爆の中で、ISに支配されている罪のない人々が命を落としています。そして恐らくその数はテロでの死亡者を大きく超えているだろうことを思うと本当に胸が痛みます。IS支配地域の人々が命を落とすことなく、また、その恐怖支配から一刻も早く解放されるよう国際社会が支援していかなければなりません。

理想論に聞こえるかもしれませんが、「テロの温床をなくす」究極の対応は、それぞれの国が、民族が、お互いを認め合い、多様性を認め受け入れる世界を創ることではないかと思っています。キーワードは「多様性の尊重」なのです。

「同じ価値観を有する国が結束してテロと戦う」というようなメッセージは百害あって一利なしだと思います。

何故、そのような思いを持つのかその根拠がふたつあります。そのひとつは「歴史」であり、歴史の中で培われた文化・伝統は勿論のこと、その文化伝統を担ってきた民族の「誇り」「プライド」です。もうひとつは「気候条件」です。

歴史と誇り

私は歴史の専門家でもなければ、中東、イスラム世界の専門家でもありません。それゆえ、学術的な論考とは言えませんが、少しだけイスラム世界と西洋の歴史について概観することをお許しください。

西洋とイスラム圏の戦いの象徴として語られるのが11世紀からはじまる「十字軍遠征」です。この十字軍遠征では十字軍がユダヤの民、イスラムの民を虐殺したと語り継がれており、イスラムの人々が今でも十字軍(西洋)に対する怨念を持っていることは間違いないと思います。

また、十字軍遠征のあとに西洋でルネッサンスが花開き、その後の大航海時代から産業革命、その力を背景にした非西洋世界の植民地化など西洋文明が世界を席捲することになります。そのルネッサンスが花開くきっかけとなったのは、かつてのギリシア文明が、東ローマ帝国、ビザンチン帝国へと引き継がれて、そのギリシア・ローマ時代の文明的、科学的文献などは、アラビア語に翻訳され、バグダットやエジプトに保管されていたのですが、十字軍がそれらを本国に持ち帰って自国語に翻訳することで、はるかな時を経て西洋文明の原点であるギリシア文明に触れることになったからだと云われています。

また、イベリア半島はイスラム帝国が支配していたのですが、今も残るアルハンブラ宮殿などの文化の高さをみれば、当時はイスラム文明のほうが西洋よりも文明度が高かったと見ることもできます。

それだけに、中東の人々は自分たちの歴史、文明に対するプライドが高く、「西洋の優位はたかだがこの500年ではないか」という思いも強いのではないかと思います。ましてや古くはエジプト文明、メソポタミヤ文明を誇った民族の子孫であり、新しくはオスマントルコ帝国が20世紀初頭までバルカン半島を支配していたことを考えると、西洋の下風に立つことを快く思っていないことは確かだと思います。

また、現在の中東地域の国境線は、民族自立に基づく国民国家というよりは、西洋諸国が直線で線引きした国境線であり、現在噴出している(イスラエル・パレスチナ問題も含めた)諸問題の原因が、西洋列強による植民地支配、委任統治支配時代にあるという反感もあると思います。

その意味からも、中東の人々が持つ歴史や高い文明を誇った民族としてのプライドを尊重し、西洋的価値観を一方的に押し付けるような愚は避けるべきだと思います。

気候条件

「およそ人類の政治社会制度上の普遍的価値が自由と民主主義である」などと私は思いません。それは既に発展段階を終えた国々、それも「温帯」と「寒帯」に位置する国々にとって、もっとも受け入れやすく、尊重されている価値であって、砂漠の国々や熱帯雨林の国々や(気候が厳しい地域の)発展途上国にとってのベストかは疑問があると思っています。

私は、30年ほど前、南米南部(ブラジル全土、ウルグアイ、アルゼンチン、チリなど地球の赤道半周分にあたる2万キロ)をバスで冒険旅行旅しました。ブラジルのリオデジャネイロ(亜熱帯気候)からブラジル高原(高地性亜熱帯気候)を経てアマゾン川河口のベレン(熱帯雨林気候)に行く時(確か合計で50時間)、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス(温帯)から同国南東のアンデス山脈ふもとの保養地バリローチェ(山あいにありながら地中海性気候)に行く時(約20時間)、そのバリローチェから国際長距離バスでアンデス山脈(高山性気候)を越えてチリ南部のブエルト・モント(温帯)に行く時、そのプエルト・モントから北部の砂漠地域アタカマまで行く時(合計で約40時間)、人々の顔つき、服装、肌の色、空の色、家、街並、地域全体の雰囲気など、次々と移り変わっていきます。その時私は、「人は、社会は、その土地の気候条件で生き方や社会の有り様が決まる」と信じるようになりました。熱帯雨林気候での生活常識が砂漠地域では通用しないのは当たり前のことです。バス旅行時に経験した気候条件の差異よりも、その地域差がはるかに小さい我が国でも「東北地方の人々は我慢強い」と言わたりするのも気候が人々の暮らしと気性に大きな影響を与えているからに他なりません。

また、私の会社時代の初出張は、ブラジル留学から帰国して間もない時期のパキスタン出張でしたが(それもアフガニスタンとの国境までわずか50キロに位置するクエッタという街)、クエッタから首都のイスラマバードに飛行機で移動する際に目に焼きつけたこと、感じたことは一生忘れることができません。それは、アルカイーダのリーダーだったウサマ・ビン・ラディンがある時期潜んでいたとされるアフガン・パキスタンの国境に沿った大山塊と砂漠の光景です。

見渡す限り、岩山、土漠、砂漠がどこまでも続き、「緑」を見ることがありません。日本人にはなかなか実感できないと思いますが、チリのアタカマ砂漠を旅した時にも実感したことですが、「水がないところには緑がない」のです。理屈ではわかっていても、実際に草木一本生えていない、全く緑がない光景を見ることは、衝撃ですらあります。

アフガン・パキスタン国境沿いの緑のない大山塊を見ながら感じたことは「よく、何千年もこのような不毛の地で人類が生命を繋いでこれたものだ。この地で生きてきた人々の知恵、生命力には敬服する。」ということでした。

同時に、現代社会では否定されてしかるべきだと思っていますが、「何故、イスラム世界では4人まで妻を持つことが許されるのか」分かったような気がしました。こんな厳しい環境の中で女性がひとりで生きていくのは難しい。女性を蔑視しているからではなく、女性が大事だから、こんな過酷な気候条件の中でも大事な女性を守っていくために、緑が(つまり水が)ない砂漠の地で、民族として生き延びていくための経験上の知恵として生まれた習慣なのだと思いました。

先日のペルー出張の際に飛行機で隣り合わせになった米国人女性と世界のあれこれを話しました。その際、イスラム世界の話に及び、私がパキスタン出張での経験と考えたことについて話をすると、驚いた様子で大いに納得していました。「そのような考え方、感じ方をはじめて聞いた。今まではイスラム世界は女性を軽視、蔑視していると思っていたが、あなたの言うとおり、確かに、あの過酷な気候条件の中で、女性が大事だからこその、女性を守っていこうとする生活の知恵なのかもしれない」と米国の女性が共鳴してくれたのです。

我が国は、太古の昔から大事にしてきた価値、文化伝統があります。その中でも四季折々の自然を慈しみ、愛でる文化は我が国の文化そのものであり、誇りです。「八百万の神」を信じる日本人の心根は、昔から多様性を認め、尊重してきたことの証だともいえます。しかし、それもこれも、日本列島が四季に恵まれ、海に囲まれ、緑に恵まれ、緑豊かな山や水量豊かな川に恵まれてこそ生まれた心根であり、文化伝統です。日本や西欧など温帯の国々の春、夏、秋は過ごしやすく、冬は厳しいため、冬に備えた勤労が尊重され、冬を生き抜く知恵や人々が協力しあうことが要求されます。

社会がある程度豊かになってきた場合には、この四季に恵まれた自然環境とそれが育んできた価値、文化伝統が、「自由」と「民主主義」、そして「資本主義」を求める可能性が高くなると思います。

しかし、温帯という最も恵まれた自然環境で生活している人々が、過酷な気候条件の中で生きている、また歴史的に生き抜いてきた人々に、自分たちの価値観を強制すべきではないと思うのです。自主的、自立的な選択の結果として、温帯の国々の価値観を共有することには何の異存もありません。

確かに米国は自由、民主主義、資本主義を掲げて極めて豊かな国を創りました。米国のある層の人達にとっては理想的な国かもしれません。私自身も家族とともに米国で暮らして、その社会の豊かさを実感し、人のよい米国人の性格も含めて大好きな国です。しかし、誰も、砂漠気候の厳しい環境の中で、何千年も生き抜いてきた民族の知恵を活かしながら今を暮らしている中東の人々に、自分たちの価値観を押し付ける権利はありません。否、押し付けるべきではないのです。

テロの温床の最小化、根絶は長い道のりになるかもしれませんが、多様性を認め、それぞれの民族の歴史・文化・伝統、そして気候条件、それらを土台とした社会や国の有り様を尊重した上で支援していくことが温帯中心の国々が主導権を握る国際社会の責務だと信じています。

その地域の歴史や文化を受け入れ、その気候条件の中での暮らしや考え方を尊重すること、それこそが「多様性」を認めることです。誇り高き中東の人々の歴史・文化・伝統を尊重しながら平和共存を追求していく姿勢こそが、「テロの温床の最小化、根絶」に繋がっていくのではないでしょうか。

吉良州司

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