吉良からのメッセージ

2017年1月23日

トランプ大統領就任に思う

米国時間1月20日にトランプ政権が誕生しました。
就任式、就任演説については、各国、各界から様々なコメントが発出されています。重なる見解もあるかもしれませんが、本メルマガで私の感想をお伝え致します。当日のNHKの生放送を見た上での感想です。

まず、第一印象は、就任式参加者の数と質です。オバマ政権発足時に比べて参加者数が少なく、特に黒人やヒスパニック系の少なさが目立ちました。
何よりも残念だったのは、就任演説の格調の低さです。「米国第一主義」の是非は別にして、世界全体の課題解決についての決意や人類的挑戦、文明史的挑戦についての理想や理念を一切語ることがなかったことでした。
更にショックだったことは、就任演説内容で掲げた政策めいたものは、選挙公約をダメ押しする内容であったことです。グローバル化が米国中流層を下層へと移動させているという問題意識があるにしても、現在の世界の産業構造・サプライチェーン構造、資本・資金の流れ、米国を含むどの地域でどのような雇用が生まれているのかなど雇用の場所や質と量、などについてあまりに無知であると思われます。
仮に、上記について、トランプ大統領本人や大統領を支えるスタッフやブレーンがそのことを充分理解しているとすれば、1978年の鄧小平による「改革解放」路線と1991年のソ連崩壊以来進んできた世界経済の一体化、グローバリゼーションに対する確信犯的挑戦だといえます。そのことの理解の有無は別にして、当面は「米国を再び偉大にする」どころか、それに逆行する結果になるであろうことは明らかですが、それでもグローバル化に対する確信犯的挑戦を仕掛けたことは間違いありません。

NAFTAによって確かに一部の資本、工場、雇用がメキシコに移ったことは確かです。一方、その米国資本の工場でつくった「米国人」が好む製品を、安いものが大好きな米国人が喜んで買っています。そのメキシコ製品を米国で輸入し、販売し、輸送している業界があり、そこにも雇用があり、所得があり、法人税や所得税を納めていて、メキシコの会社(米国単独か米墨合弁事業)の利益は配当として米国に還流しているという現実があります。対中貿易についても同じ構図があります。
米国の全体最適をみた場合にはオハイオ州やミシガン州(部分最適)で奪われる雇用や所得の何倍もの雇用や所得がメキシコや中国への投資で得られているという産業構造、資金循環についてどこまで理解しているのか甚だ疑問です。

ただ、トランプ政権の当面の取り組みは、トランプ大統領自身が無自覚であるとしても、または、確信犯的にしていることだとしても、結果として、かなり高いレベルの哲学的、文明史的な挑戦になるかもしれません。

ここからは、この視点について、私独自の見解を述べます。

日本で一時期はやった「草食男子」という言葉、女性の社会進出、人口知能AI、デジタル革命、格差拡大、先進国における実体経済における成長の限界、これらには共通している現実があります。

それは、あまりに「高度な文明の発達」と、それにともなう「肉体労働から頭脳労働への労働の質の転換」が進行した結果として現出している事象です。

農業が中心だった時代や機械化がそれほど進んでいなかった産業の時代、労働力とは「筋肉の投入量」だったといえなくもありません。その時代には男の力、筋肉量がより重視されます。一方、どんなに力持ちの男ができる仕事も、非力な男のそれのせいぜい3倍、5倍の違いでしかありません。それがいまや、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなど天才が生み出す技術や付加価値は常人の何万倍、何億倍にもなります。その技術を実用化し、普及させる仕組みを考え出す準天才や商品化していく優秀な頭脳労働者たちのつくりだす付加価値も何千倍、何百倍になります。この動きが先進国で顕著になっているのです。

しかし、一方で、これまで先進国の一般労働者も年金の積立、貯蓄、株式投資などで直接間接に海外に投資をし、新興国、途上国の安い労働力を利用(古いイデオロギー用語を使うならば「搾取」)することによって、自分たちは安くていいものを手に入れることができ、それによって生活を豊かにしてきたのです。
しかし、長く続く実体経済における横ばい状態は、内外への投資をできる層とできない(投資資金を持たない)層とに分断し、「持たざる者」は豊かさを実感できなくなるどころか、苦しさばかりを実感するようになってきていることが背景にあると思われます。

私が言いたいことは、先進国における格差はグローバル化の結果であるというよりも、頭脳労働化による生産性の極端なまでの違いと、それに基づく賃金体系、また、国や企業がグローバル化で得た利益が国民全体に分配される適正な仕組みができていないことにあると思うのです。

この問題意識からみると、トランプ大統領の就任と打ち出している政策は、本人は無自覚だと思いますが、結果論的には、大きな歴史的転換点歴史的を象徴しているように感じます。引き続き、この問題は今年の自分のテーマとして掘り下げていきたいと思っています。

本メルマガでは、トランプ大統領の就任式と就任演説をみての感想とトランプ大統領の「現状認識」についての疑問、歴史的な観点からの問題意識を提示させて戴きました。

吉良州司