北方領土の国後島・択捉島を訪問して感じたこと
今日は、先月7月6日から10日まで、北方領土の国後島・択捉島にビザなし交流訪問団の一員として参加したことのご報告です。なお、訪問団は、北方領土に居住していた方、その子供及び孫並びにその配偶者、北方領土返還要求運動関係者、報道関係者、訪問の目的に資する活動を行う学術、文化、社会等の各分野の専門家等から構成されていて、今回は総勢61名でした。
このビザなし交流は1992年に始まり今年25年になります。今回の国後島・択捉島訪問で、ロシア側の大歓迎ぶりや、訪日経験が豊富なロシア人親日家の多さとその熱心さに直接触れることにより過去の交流事業が極めて大きな成果をあげてきたことを実感しました。この長きに亘る交流事業に携わってこられた諸先輩方のご苦労にあらためて敬意と感謝の意を捧げたいと思います。
もちろん、ロシア側には大歓迎の裏に計算高い思惑があるとは思いますが、額面通りに受け取ってもよいと感じることも多々あり、交流事業を通した相互理解と信頼感の醸成が、北方領土問題解決のインフラとして大きな役割を果たすと信じています。
今回の訪問先は択捉島の水産加工会社、択捉島空港(濃霧のために全貌はほとんど見ることはできませんでしたが)、国後島・択捉島両島の幼稚園やイベントホール、郷土博物館、択捉島の日本人墓地、温泉施設など多岐にわたりました。
その中でも、特に印象的だったのは、国後島・択捉島の各々の幼稚園です。どちらの幼稚園も快適かつ機能的な施設としてよく整備されていて、園長さんやスタッフも慈愛に満ちていて、その結果でしょうか、子供たちに憂えがなく天真爛漫そのものに感じられました。
また、保育料は6000ルーブル(1万2千円ほど)なのですが、第1子は20%、第2子が50%、第3子は100%保育料が免除されることになっていました。第3子については保育料全額免除にくわえて、無料で土地がもらえるというインセンティブがあり、そのためか、子供の数が人口に比して多いと思いました。これらの幼稚園のあり様と保育料軽減政策は少子化対策が待ったなしのわが国の参考になりました。
現在、両島の人口は、国後島が7900人強、択捉島が5900人強です。中心的な町には商店街があり、視察をかねて訪れてみました。商店街といっても、日本人の感覚からすると40~50年前の日本の田舎町の、それも街のはずれにある、あまり活気のない商店街を思い浮かべてもらうとぴったりかもしれません。
衣類・雑貨はもちろん、食料品や果物に至るまでほとんど中国製で、見栄えも質も甚だしくお粗末で、島に住むロシア人たちが気の毒ですらありました。質のいい日本の食料品や商品を供給できるようにしたいと強く思った次第です。
以下には、駆け足ではありますが、5日間の訪問を通して、北方領土問題の解決に向けて、私が実感したことをお伝えします。
まず、北方領土問題の解決のため、4島の帰属の確認(日本主権の確認)、そして平和条約締結へと進む過程において、ビザなし交流が育んできた相互理解と相互信頼は、間違いなく問題解決の重要インフラになっていると思います。
特に印象深かったのは元島民1世の方が「島は私たちにとっての故郷であると同時に、そこで暮らすロシア人にとっても故郷なんだ」とおっしゃっておられたことです。この深みのある発言を聞き、且つ、ロシア側の歓迎ぶりを目の当たりにした今、4島返還の後も日ロ住民の共存共栄しかないと実感しています。今回交流したロシア人は元島民やその子孫にとっての「よき隣人」になる人たちだと思いました。
その上で、安倍総理とプーチン大統領との間で合意したとされる「新しいアプローチ」とその中核をなす共同経済活動とは次のようなものではないかと考えるに至りました。内容を整理する意味で箇条書きにします。
(1)島のインフラ整備や経済的支援をすることは、4島の帰属の問題が解決され、平和条約が締結されてからでないと行わないのが日本政府の基本方針。これでは(わが国としては絶対に受け入れられないが)第2次世界大戦の結果として「正当に?」ロシア領となったとするロシア側の主張とは平行線をたどるばかりで永遠に問題解決できないし、結果として元島民が故郷に帰ることはもちろん、墓参さえ自由にできない状況が続いてしまう。
(2)そこで、「帰属問題解決」を当面は急がず、現在のビザなし交流に加え、共同経済活動という名のもと、経済活動、経済支援ができる環境を整え、まずは、元島民やその子孫の方々が墓参を含めて自由に往来できる環境を整備する。
(3)そして、共同経済活動を通して、島のロシア人たちが日本の技術や商品や医療システムにアクセスしやくする。結果として、中国や韓国などの第3国の島への影響力を排除しつつ(第3国の利権や関与があると帰属問題解決交渉が複雑になる)、日本の技術・商品・医療技術やシステムに対する期待感を高める。
(4)ビザなし交流による日ロ双方の「心の交流・相互理解・相互信頼」に加え、技術や商品や医療システムの利活用をしてもらうことにより、これらなくしては島の生活が成り立たないくらいの環境を創り出す。
(5)わが国として主権を将来に亘って放棄せず、要求し続けていくことを前提に、当面は実行支配が現在のままであったとしても、元島民とその子孫が自由な往来ができる環境づくりを重視し、同時に交流と経済活動という「事実」や「実績」を積み重ねながら共存・共栄の実を高めていく。全面的主権回復までの中間形態として、かつての樺太で行われていたような共同統治があってもいい。
以上が安倍総理の考える「新しいアプローチ」の骨子なのではないかと感じた次第です。このようなアプローチが結局は「急がば回れ」で、現実的な問題解決、北方領土返還に直結するかもしれないとも思います。
今回の交流事業に参加するまでは、机上における歴史と対ロ外交の勉強の域を出ていませんでしたが、元島民の方々の本音を聞き、また、現実として島に住んでいるロシア人とも接することで、私の北方領土問題に対する考え方が、大きく変化しました。参加する前よりは地に足がついた思考が出来るようになったと考えています。
吉良州司