吉良からのメッセージ

天皇陛下在位30周年記念式典に参加して

今日は、北方領土問題から一旦離れて、一昨日参列した天皇陛下在位30周年記念式典の感想、感慨をお伝えします。

まず、式典での陛下のお言葉には再び大きな感銘を受けました。

その中でも特に、次のように述べられたことが印象的でした。

天皇としての務めは、「人々の助けを得て行うことができた」、「統合の象徴であることに、誇りと喜びを持つことのできるこの国の人々の存在と、過去から今に至る長い年月に、日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のお陰」だと、国民に感謝されたこと。
また、戦争がなく平和であった平成時代を「国民の平和を希求する強い意志」に支えられたからだと国民を称えられたこと。
さらには、「災害の相次いだこの三十年を通し、不幸にも被災の地で多くの悲しみに遭遇しながらも、健気に耐え抜いてきた人々、そして被災地の哀しみを我が事とし、様々な形で寄り添い続けてきた全国の人々の姿が忘れがたい記憶」だ、と苦難にある人と苦難にある人へ寄り添う国民への慈愛の言葉を投げかけられたことです。

そして、式典の中におけるエピソードをふたつ。

ひとつは、天皇がお言葉を述べられる際に、どうも読むべきところを飛ばしてしまったようなのです。お言葉の全文を記憶していたのでしょう。皇后陛下が、やさしく寄り添いながら、そのことを指摘されたのですが、天皇陛下は、「あっ、そうか」といった感じで、落ち着いて読み直されていました。その様子は、まるで、わが子をやさしく見守る母のようで、その光景がなんとも微笑ましく、見ている人の気持ちを温かいものにしていました。
昨年の天皇誕生日のお言葉の中で、皇后陛下に対する感謝の念を次のように語っておられました。
「私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労いたく思います」と。
本当に仲睦まじい、微笑ましい光景でした。

もうひとつのエピソードです。閉会の辞が述べられた後に、両陛下が一旦退出されたのですが、祝福、感激の拍手が鳴りやみません。すると、ミュージカルが終わった直後のカーテンコールさながら、両陛下が袖口に舞い戻られて、会場に向かって手を振り続けられたのです。形式的な30年記念ではなく、会場にいた全ての参加者が心の底から祝意を伝えていたことが、両陛下に通じたのだと思います。

最後に私が感動したことをもうひとつ。

既に報道されていますが、若者に人気の三浦大知さんが「記念演奏」として独唱した「歌声の響き」という沖縄の琉歌(なんと、千住明氏がピアノ、千住真理子さんがバイオリンと豪華兄妹によるバック演奏)は、何と、天皇陛下が沖縄言葉を使って作詞し、皇后陛下が作曲をされていたのです。
先の大戦で最も苦難を強いられたのは、沖縄、広島、長崎です。陛下は最も苦労をかけている沖縄に11回も足を運ばれていますが、皇太子時代に最初に沖縄を訪問された際、ハンセン病療養所を訪問されます。その時、ハンセン病患者の手をとってその苦労をねぎらいます。療養所の人たちは感謝の気持ちを表すために、沖縄の船出歌を歌って見送りました。その時の印象を陛下が琉歌としてお詠みになり、皇后陛下が曲をおつけになったとのことです。
三浦大知さんの独唱もそれは見事でしたが(ダンス付きでない方が声の素晴らしさが強調されるのではと感じたほどです)、天皇陛下の作詞、皇后陛下の作曲の琉歌であったとは、本当に驚き、感動しました。

昭和天皇は、その前半生は「現人神」でしたが、今上天皇は、最初から「象徴天皇」として即位された、歴史上はじめての天皇です。国民から受け入れられ、愛され、支持される象徴天皇像を模索し続けた30年であったと思います。そして、常に国民に寄り添い続け、特に苦難にある国民に対して慈愛で包み込み続けた結果、国民に感動を与え、国民から愛される、「慈愛にみちた象徴天皇」であったと思います。そのことが多くの国民に共有された天皇陛下在位30周年記念式典だったと思います。

尚、天皇陛下おことば全文は、こちらからご参照ください。

次回からは、北方領土問題シリーズに戻ります。
吉良州司

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