吉良からのメッセージ

2019年2月28日

北方領土問題の本質と対応 その9 ロシア側の言い分

北方領土問題シリーズ第9弾です。 前回のメルマガにて「外交には相手があり、相手なりの正論もあるので、まずは、歴史的経緯を確認、共有して、相手の主張の背景に何があるのか、相手が絶対に譲れない条件は何なのかを見極める必要がある」とお伝えしました。 今回は、ロシアが「4島の主権はロシアにある」とする主張の背景につき(歴史的経緯の中で、ヤルタ会談における米英からの対日参戦要求が最大の根拠であると説明しましたが)もう少し深く掘り下げてみたいと思います。 1.ロシアのラブロフ外相の強烈な牽制球(2019年1月6日、年頭記者会見) 昨年、2018年9月にウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」において、プーチン大統領は安倍晋三首相に対し、「あらゆる前提条件を抜きにして、今年末までに平和条約を結ばないか」と呼びかけました。この発言を契機として、北方領土問題解決への期待が急速に高まり、日本政府も力を入れて活動することになりました。 しかし、ロシア側はどうも、プーチン大統領とラブロフ外相とで、硬軟の役割を演じているように思えてなりません。ラブロフ外相は本年1月6日の年頭記者会見において、次のような強烈な牽制球を投げ込んできました。 (1)ロシアは、北方領土における自国の主権を含めて「第2次大戦の結果」を認めるよう日本に迫っている。これは、「最後通告でも前提条件でもない」 (2)国連憲章107条(旧敵国条項)に言及し 「日本は、第2次大戦のすべての結果は揺るがないと宣言している国連憲章に署名・批准した。われわれは日本に何も求めておらず、国連憲章などの義務に沿った行動を呼び掛けているだけだ」 (3)日本の領土返還要求は「国連憲章の義務に明白に矛盾する」「日本は世界で唯一第2次大戦の結果を完全に認めていない国だ」 2.ラブロフ外相発言を読み解くと ラブロフ外相発言の意味するところを、ロシア側の論理に立って次のように整理してみます。 (1)日魯通好条約、千島樺太交換条約締結時の両国の国境確認と、元々アイヌ民族が住み、松前藩が実効支配していたという事実からくる「日本の固有の領土」論も認める。しかし、その「固有の領土」を第二次世界大戦の結果としてソ連(現在はロシア)が領有するに至った。その事実を日本が認めない限り、平和条約交渉には入れない。まずは、その事実を認め、受入れるべきだ (2)米英ソ首脳による「ヤルタ会談」において、米英からの要請に基づき対日参戦した結果の北方4島領有である。米英は当時の連合国の中核であり、戦後は米英を中心とする連合国がそのまま国連となり、第二次世界大戦後の世界秩序維持を担っている。この経緯からしても、ソ連(ロシア)による北方4島の領有には正当性がある。 (3)日ソ中立条約はソ連として参戦前に破棄を通知済みである。破棄通告後1年は有効との取り決めはあるが、日本の同盟国ドイツは「独ソ不可侵条約」を破ってソ連に攻め込んだ経緯があるではないか。 3.ロシアが「第二次世界大戦の結果」に固執する背景を読み解いてみると 第二次世界大戦中に日本が戦った連合国は英語では「United Nations」と表記されますが、日本人が「国際連合」「国連」と呼ぶ、ニューヨークに本部を置く国際組織の英語表記も「United Nations」です。 英語では同じ「United Nations」なのに、日本だけが、日本語表記で「連合国」と「国際連合」と区別しています。苦い過去を思い出したくないという潜在的罪悪感からなのか、平安時代以来の「言霊」思想による業なのか、多くの日本人が連合国と国際連合を違う組織として認識しています。日本以外の国は、中国では「聯合國」、ドイツでは「Vereinten Nationen」、イタリアでは「Nazioni Unite」と、日本人がいう「国際連合」のことを、原意のまま「連合国」と直訳表記しています。つまり、現在も連合国がそのまま世界秩序を維持しているといっても過言ではないのです。 United Nationsが連合国の進化系組織である証しとして、「United Nations憲章」には、いまだに大戦時の敵国であった日本、ドイツに対する「敵国条項」が残ったままです。 ロシアとしては、現在も大戦後の世界秩序の維持を担う「United Nations」の中核である英米からの要請に基づき対日参戦したわけで、その結果としての、ソ連による北方4島の占領とその後の実効支配には正当性があるとの論理を前面に押し出しています。換言すると、日本の北方領土主権の主張は、第二次世界大戦の結果を認めようとしない、United Nationsの意向に反する主張である、と圧力をかけているのだと思います。 米国は、大戦後に東西冷戦が激化してくると、ヤルタ会談の法的効果を否定し、日本の北方領土に対する立場を支持するようになりますが、大戦中は「一刻も早く日本の降伏を目指す。そのためにソ連に対日参戦を要請した」という歴史的事実まで消すことはできません。 「引き分け」や「前提条件なしで」といった、一見「柔」と見えるプーチン大統領の提案と、強面姿勢を押し出すラブロフ外相の「剛」をうまく使い分けながら、本音レベルでは、ほとんど譲歩することなく、(北方4島を実効支配している)現状を「領土帰属の確認と平和条約締結」という形で法的に固定しようとするロシアの狡猾な交渉戦術だと思います。 長くなってきましたので、続きは次回に譲ります。 吉良州司