吉良からのメッセージ

2020年2月25日

アベノミクスは私たちの暮らしをよくしているのか その2 アベノミクスの実感と日本経済停滞の真因

2017年の広報誌において「私たちの暮らしとアベノミクス ~経済至上主義から幸せ感を最重視する社会へ~」と題する特集を私、吉良州司が執筆しました。今の今にも通用する、否、むしろ、この3年間、アベノミクスは日本の社会経済を何ら解決していないことが明確になる特集ですので、3年前の論考ですが、是非、目を通して戴きたいと思います。カッコ内の注釈は、3年前と異なる現在の状況を筆者(吉良州司)がコメントしています。

『はじめに
安倍政権が発足してから丸4年が経ちました。「アベノミクス」という言葉はすっかり定着していますが、アベノミクスによって、私たちの暮らしは本当によくなっているのでしょうか。本稿では、客観的な統計データを見ながら、アベノミクスと私たちの暮らしについて考えてみたいと思います。

アベノミクスの実感

アベノミクスによって、金融資産をお持ちで株価上昇や投資信託の活用で受益している方、輸出比率の高い企業にお勤めで給与やボーナスが上がった方もいらっしゃると思います。一方、年金は下がり続けるのに、また給与は上がらないのに、物価は上がって生活は苦しくなるばかりと嘆いておられる高齢者や一般家庭の方々が多いのではないでしょうか。
また、原材料が上がって仕入れ額は増えるのに、地方の景気は一向によくならず、経営は苦しくなるばかりと感じている地方の中小企業経営者、輸入食材・食品の値上げや、値段は変らないけど個数・量が少なくなっている食品・菓子類などは「実質値上げだ」と感じている主婦も大勢いらっしゃるのではないでしょうか。

私は、金融資産をお持ちの方や輸出企業に勤めている方々などの暮らしがよくなることを否定するつもりは全くありません。富裕層といわれる方々の暮らしがよくなることも悪いことではありません。問題なのは、安倍政権の看板であるアベノミクスがうまくいっていることを「演出」するために、その通信簿としての株価上昇と物価上昇を優先するために、高齢者や庶民の暮らし、特に地方の暮らしを苦しくしていることです。
このアベノミクスがうまくいっているように見せる「演出」は、各論・詳細は割愛しますが、今年の当初予算97兆円、特に国債発行額を前年度より少なく見せるやり方などにも顕著に現れています(筆者注 2020年度予算額は102兆円。国債発行額を少なく見せるやりかたについては、先日の衆議院予算委員会において、前原誠司議員が指摘しています)。

アベノミクスの目的・手段・評価

アベノミクスは「デフレから脱却し、力強く成長する経済を復活させること」を目的とし、(1)大胆な金融緩和(第一の矢)、(2)機動的な財政出動(第二の矢)、(3)民間投資を刺激する成長戦略(第三の矢)によって実現しようとする経済政策です。

大胆な金融緩和により円安が進行して過度な円高の解消結果、輸出企業中心に上場企業の業績が向上し、株高をもたらすことには成功しています(図3)。

しかし、円安は一方では輸入物価を上昇させ(図1)、

収入が増えない一般家庭の生活を苦しくしていることも事実です(図2)。

金融緩和がもたらしたものは円安誘導による「一般家計から輸出企業への所得移転」だといえます。支出性向の高い家計部門から支出性向の低い輸出企業への所得移転は、個人消費にはマイナスとなります。
輸出企業は、円安により外貨収入の円換算収益は増加しましたが輸出数量自体は大きく増えていないため、下請けへの恩恵は限定的で高度成長期のような好循環は生まれず、大企業の業績向上が徐々に日本全国に恩恵をもたらすという「トリクルダウン」は生じていません。

機動的な財政出動は、被災地の復興需要とも相俟って、急激且つ大規模な公共事業の実施により、地域では人手不足と資材不足が生じて工事費が急騰しています。特に、人手が公共事業に取られることにより介護をはじめサービス業に大きな人手不足が生じていることは深刻です(筆者注 現在は被災地需要による人手不足から、全国的な人口減少と若者不足からの人手不足が深刻になっています)。
私がもっとも恐れることは、公共事業の原資は借金であり(建設国債も借金には変わりなし)、借金を財源とする財政出動は将来世代の所得と需要の先食いだということです。将来世代には借金ではなく夢と希望に溢れた社会を引き渡すことが今を生きる大人の責務だと思うからです。

成長戦略については、構造改革対象業界が選挙時の自民党支持業界ゆえに、その既得権益に切り込めず、規制緩和がほとんど進んでいませんし、進む期待感も出てきません。結果として、成長戦略を発表したその日に株価は暴落しました。市場は成長戦略を全く評価していないことの証左です(筆者注 現在の株価は相対的に高止まりしていますが、日本経済は世界経済の影響を大きく受ける構造の中、コロナウィルスによる中国経済の減速が世界経済の減速につながるのではないかとの見方から、株価の下落圧力が働き始めている局面です)。』

地方の実体経済を停滞させる

地方においては、一般家庭の生活が苦しくなっていることに加えて、地方経済にもアベノミクスの負の側面が深刻な影を落としています。マイナス金利や毎年数十兆円もの国債を市場から日銀が買い入れるなど、極端な金融緩和政策により利回りが低下し、長期金利の市場原理が働かなくなるなどした結果、銀行の安定運用収益が減少しています。
安定収益の喪失により、地方の銀行融資が縮小傾向にあり、特にリスクを伴う貸出しには慎重になるなど、実体経済に停滞をもたらしているのです。マイナス金利は金融機関から政府への所得移転であり、実質的な銀行課税です。アベノミクスの極端な金融緩和策は強引な株価引上げを追求するあまり、地方の実体経済を停滞させつつあるのです(筆者注 苦境にあえぐ地方銀行は、合併統合により生残りを模索し、活路を見出そうとしています)。
極端な金融緩和は出口のタイミングなどマクロ経済的な政治判断が非常に難しく、いたずらに継続すれば、将来的に国債暴落、極端な円安、ハイパーインフレに陥るリスクがあります。

日本経済停滞の真因は潜在成長率がゼロ

現在の我が国経済に元気がないのは、人口減少、高齢化など構造上の問題から潜在成長率そのものがゼロになっているからです(図4)。

潜在成長率の低迷が原因なのに、将来を見据えた成長戦略を実行できず、短期的なその場限りの景気対策ばかりに注力する結果、却って潜在成長力を弱めているのです。紙数の関係上、詳細説明は割愛しますが、景気対策を打ち過ぎることは、民間が自力で成長する力を削いでしまうのです。しかし政治的には、企業も国民も「景気対策」を望むので、止めるに止められないのが現在の我が国経済の最大の問題なのです。

図6の通り、

日本経済は世界経済と連動しています。現在は世界経済の成長力が鈍化しており、そのことが日本経済の大きな停滞要因です。
また、トランプ大統領の誕生とグローバリゼションの否定、保護主義的政策の採用は世界経済の大きな不安材料になっています。』

次回は、「アベノミクスに対する間違った認識 藻谷浩介理論より」をお伝えします。

吉良州司