政策論

1990年(平成2年)国見町講演

大分県国見町の農業関係者400人を前に、「国際化とは何か」を語り、都会の消費者や商社に勤める立場からは農政に厳しい見解を、そして、「ふるさとをこよなく愛する」立場からは、世界にも目を向け、行政に頼ることなく、自分で諸情勢を分析した上で経営判断をしてほしい、と頑張る農業者に32歳の若造がエールを送る。規制だらけ、過度な保護行政に対して疑問を呈するなど、現在の吉良州司の政治的考え方に繋がる見解が盛りだくさん。

「国際化時代に対応した国内農業」

平成2(1990)年3月19日
大分県国見町中央公民館にて

皆さん、こんにちは。ただいまご紹介戴きました吉良です。本日は私のような若輩者をこのような大事な席にお招き戴き光栄に存じております。課長よりもお話がありましたように、実は昨年11月大山町で行われた「豊の国ふるさと祭り」の中で「創り手側の視点」というシンポジウムがございまして、私がパネラーの一人として参加していたのですが、その際「あんたの発言が非常に面白かった。一回是非、国見に来て若かい者に厳し目の話をしてくれ」との有り難いお言葉を頂戴しまして、その縁でお招き戴いたものと了解しております。

今日は「国際化時代に対応した国内農業」というタイトルで話をしてくれ、とのことですが、最初にお断りしておかなければなりませんことは、私は農業については全くの素人で皆さん方に直接役立つようなお話はできないと思います。ただ商社に10年勤め、海外にもよく出張しておりましたし、1年だけですがブラジルに住んでいたこともありますので「国際化」についてはそれなりの持論をもっております。
それ故「国際化」とは何ぞやということを中心に、又、私は18歳以降14年間東京の消費者として生活しておりますことから、「都会の消費者」として農業をどう見ているのか、今後の農業はどうあるべきなのか、等について素人なりにお話していきたいと思います。

本題に入る前にもうひとつお話しておきたいことがあります。それは商社に対する先入観を取り除いて戴きたいということです。
新聞やテレビだけ見ていますと総合商社は「悪」の権化で、何か悪いことばかりしている、自分達の利益の為なら地域社会なんかどうなってもいい、弱者のことなんか知ったことじゃない、と思っている、と見做されがちですが、そうではないということをまず分かって戴きたいのです。
私が県庁に入って一番びっくりしたことは、県職員の方々が「地域社会の為、住民の為、など公共の為に奮励しているのは自分達だけで、民間企業の人間は利益さえ得られれば、あとはどうなってもいいと思っている」とみているということでした。民間企業である以上、利益を全く無視した行動をとるわけにはいきませんが、民間企業で働く人間、とりわけ商社で働く人間は意外と社会貢献を目的としている者が多いのです。

私事で恐縮ですが、私が商社に入ろうと思ったのも日本の為に働きたかったからです。私は昭和51年から55年まで大学に在学していましたが、この間、ローマクラブという学者の集まりが、「人口の爆発的増加に比して、地球の資源・食料供給は、とても追いつかない」というレポート(確か「成長の限界」という書物の中だったと記憶していますが)を発表したのです。このレポートを読んだ時、「資源小国・日本は一体どうなるんだ」という危機感が湧いてきて、仲間と一緒に「食糧問題研究会」さらには「国際政治経済問題研究会」という勉強会をつくって、日本の対応はどうあるべきか、自分達はどう対応し、どのような進路を選択すべきか、について議論を重ねました。
この過程の中で、どんなにマスコミに叩かれようと日本の国益に最も貢献しているのは商社じゃないか、即ち、日本に必要な資源・食料・技術を輸入・導入し、日本で造った製品を世界中に売り歩くことによって輸入代金としての外貨を獲得しているのは、その悪名高き商社じゃないか、ということを知るに至りました。
事実、学生時代に出会った商社の方々は、民間外交官としての使命感が旺盛で、国益に貢献しているという誇りに満ち満ちていました。また、自分は入社後しばらく人事部で採用の仕事をしておりましたが、何千人と応募してくる学生達のほとんどが、例えば発展途上国の為に働きたいとか、世界を股にかけながら日本の為に働きたいとかいった動機でやってくるのです。
何故このようなことを最初に申し上げるかと言いますと、私はこれから日本の将来を憂える者として、また、都会の消費者として、更には国際化の最前線にある商社に勤める者として、現在の農業や農政に批判的なこともお話しようと思っております。その際「あいつは、商社のような利益しか考えない会社の人間だから、百姓の気持ちや立場もわからず、あんなことを言うんだ」といった類の感情が全面に出てきますと、聞く耳を持ってもらえません。それ故、まず「悪の権化」という先入観を取り払って戴きたいからこのようなことを最初に申し上げるのです。

但し、私には先程も少し申し上げましたように、3つの立場がございます。第一は、大分で生まれ育った「ふるさとをこよなく愛する」大分県人としての立場、二つ目は、都会の消費者としての立場、三つめは、商社に勤める者としての立場です。この内、都会の消費者、商社に勤める者としての立場からは、現在の農業、というより農政に批判的な考え方を持っております。一方、ふるさとを愛する者としては、農業が産業として成り立つよう、なんとかならないものかと絶えず考え続けております。いずれにしても、この三つの立場を折り混ぜながらお話してゆきたいと思います。

1 国際化とは何ぞや

はじめに「国際化」についてお話したいと思います。最近「国際化」という言葉が流行語になっていますが、「国際化」というのは、色々と人によって解釈は異なりましょうが、なにも英語がしゃべれるとか、外国に行ったことがあるとか、外国の人がやってくるとか、そういったことではないと私は思っています。そうではなくて「国際化」というのは、例えば、アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひくとか、ソ連のアゼルバイジャンで起こった紛争が日本の農業に影響を及ぼすとか、いわば、地球規模で「風が吹けば桶屋が儲かる」という連鎖が極めて短時間に起こる現象を言うのだと思います。それ故、「国際化時代への対応」というのは、これらの関連性を把握し、その来るべき影響に対し、自分なりの対応策を考え出し行動することを言うのだと思います。また、国際化は今自然と進行している事実であって、決して目指すべき目標といった類のものではないということも強調しておきたいと思います。
大分県行政をみていますと、「国際化」は何か達成すべきひとつの目的であるかのような捉えられ方がされているようです。私ども商社の内部には「国際化」という言葉はありません。「Localization(現地化)」という言葉があるだけです。我々の場合、外国に出張に行ったり、駐在したりするのは、そうしなければ自分達が食っていけないからであって、発展途上国中の発展途上国に行く人の中には「なにも好き好んで治安の悪い異文化の中に入っていくわけではない」という者もいます。外国というととかく欧米諸国を思い浮かべがちですが、中には本当に気候や治安の悪い国があり、現在のように日本が豊かになってきますと、なにも好き好んで行くわけではない、という人の気持ちもよくわかるような気がします。
そのような国に行く場合には、「その国の発展に貢献するんだ」といった歴史的・社会的使命感か「自分や会社が生きていく為」という割り切りか、がなければやっていけません。決して国際化が目的ではないのです。確かに文化交流・人的交流等、外国を理解し、お互い親密になることは大切なことだと思います。余裕があれば、どんどん推進していくべきだと思います。しかし、本当の国際化というのは、「生きていく為の、もっと厳しい現実」の中にあるものだと思います。

しかし、逆説的になりますが、この厳しい現実のなかにあるという感覚の国際化を阻んでいるのは、皮肉にも国が「零細生産者保護」を名目に厳として撤廃しようとしない諸々の保護政策なのではないでしょうか。外に対して「壁」を作ることにより壁のなかを無風状態、即ち国際化とは直接関係のない状態にしているわけですが、国としては守っているつもりだとしても、実はこのことが産業として力強く自立する可能性の芽を摘み取っていて、いざ強風が吹いてきた時の抵抗力をなくさせているのではないかと思わざるを得ません。
また、この状態を守る為に莫大なコストがかかっているのですが、そのコストは国民に税負担の増大、目に見えない税の強制、選択の自由の制限といった犠牲を強いることによって賄われているという見方もできます。まあ、このことについては後程、都会の消費者の立場からみた農業ということで話をしたいと思います。

先程、国際化とは地球規模で「風が吹けば桶屋が儲かる」という連鎖が極めて短時間に起こる現象だ、と申し上げましたが、抽象的な表現では分かりづらいと思いますので、釈迦に説法であれば誠に恐縮ですが、ここで少しその具体例を挙げてみようと思います。

昨年、ソ連のアゼルバイジャンでの民族紛争が話題になりましたが、この紛争は為替レートへの影響という形で確実に日本の農業に影響を及ぼしてきます。
為替レートの変動はいろんな要素が原因となって起こりますが、ここでは目に見えない要素は考慮せず単純化して説明してみたいと思います。
アゼルバイジャンの首都バクーは石油精製基地として有名ですが、ソ連ではゴルバチョフの登場以来石油の位置付けが変わりました。それまで東欧諸国を中心とする衛生諸国に世界の市場価格より安い価格で石油を供給していたのですが、西側の資本設備や技術を積極的に導入する為、外貨を必要とするようになり、外貨獲得の最有力手段である石油を西側に売却するようになりました。それ故、世界の石油価格はソ連からの供給を前提として成り立っていたわけです。ところが、アゼルバイジャン紛争によってバクーの機能が麻痺し、この需給関係が壊れてしまいました。即ち相対的に石油供給が減少する為、石油価格を押し上げてしまうのです。
石油という商品は基本的に米ドルで決済されており円やマルクで売ってくれません。従って、石油価格の上昇は米ドルの需要を高め結果的にドル高を招くことになります。また、「有事に強いドル」という言葉がありますが、一般的に世界における紛争の勃発はドル高要因として働きます。
ドル高円安ということは、今まで1ドルの品物を輸入する際140円払えばよかったのに同じ物を買うにも拘らず今度は160円払わなければなりませんから輸入しようという意欲が減退してしまいます。農産物の需要家は輸入農産物がよいか、それとも国内調達がよいのか絶えず比較考量していますから、この為替の変化により国内調達する方が有利であると判断する可能性が高くなってきます。従って、輸入農産物と競合関係にある日本の農家にとってアゼルバイジャン紛争は有利に働くわけです。
勿論、この単純化は他の要素を無視していますから必ずしも正確な情勢分析とは言えませんが、石油と為替に焦点を絞ってモデル的に分析しますと以上のようなことが言えると思います。

話が少し横道に逸れるかも知れませんがここで1979年以降話題をさらったソ連のアフガニスタン進攻についてお話したいと思います。
ある経済・軍事の専門家から聞いた話です。
ソ連のアフガン進攻が、一般的には当事イスラム諸国で猛威をふるっていたイスラム原理主義のソ連領中央アジアへの波及を事前に防ぐのが目的といわれています。しかし、地政学的思考を日常としている欧米諸国の専門家達は、いつソ連がアフガンに進攻するかと、その時期だけを時間的な問題として見守るばかりだったそうです。進攻すること自体には確信をもっていたわけです。
確かにソ連政府としてはイスラム原理主義の自国領内への波及を恐れていましたが、それ以上に重要なことは、アフガンを自国の管理化におくことにより給油なしで爆撃機や兵員輸送機を南アフリカに送ることができる、ということでした。この当時南アフリカ地域はアンゴラで東西入り乱れての内戦が行われていましたが、この地域がここまで注目されるのはここでレアメタルが取れるからです。いや中国などほんの一部を除いて、ここでしかレアメタルが取れないからなのです。
レアメタルというのは皆さん方には馴染みが薄いかもしれませんが、日本語では希少金属といって実は非常に重要な金属でして、クロム、マンガン、白金、バナジウム、モリブデンなどがありますが、これらの金属がなければ自動車の薄板や航空機の機体など軽くて強い合金ができないのです。高い技術を誇るほとんど全ての産業でこれらの希少金属が使用されていますので、これらの供給がストップすることはその国の経済の破綻を意味します。
それだけにこの希少金属を産する地域を押さえることは戦略的に極めて重要なことなのです。日本ではこの希少金属についてマスコミもあまり大きく取り上げていませんので一般の人々はその重要性を意識しませんが、例えば西ドイツなど石油以上にこの希少金属の備蓄に力を入れております。それ故、南部アフリカでの紛争が激化していた時、ソ連がこの地域への影響力を維持・増大する為、敵国の領空を侵犯することなく無給油でこの地域に到達できる進発点の確保を戦略目的としてくることは、政、経、軍を三位一体として考える欧米の専門家には自明だったとの話でした。
日本の場合、政、経、軍の内、軍を口にすることはタブーになっておりますので国際社会の正確な情勢分析ができない、いや仮に分析はできたとしても、公表することはできないような雰囲気があります。日本の世論も早く大人にならなければこの先国際社会のリーダーとしての役割を担えないのではないかと危惧する次第です。
昨年6月、中国で天安門事件が起こり、その後日本政府が制裁措置を取らなかったこと及び日本企業が早々と中国とのビジネスを再開したことで国際世論の非難の的となってしまいました。しかし、日本には日本の事情があったのです。それは希少金属の一部、特にレアアースと呼ばれる希土類はほぼ全面的に中国に依存しており、中国との関係を断ち切るわけにはいかなかったからです。勿論、背に腹はかえられぬという生存に係わる問題と天安門事件のような人道的問題とは明確に区別し、人道的問題としては大きな声で非難すべきだったかもしれません。
いずれにしても現在の国際社会は相手を窮地に陥らせては自分の生存までも危うくしてしまう程緊密な相互依存関係網で成り立っており、建前の裏にある本音を読取らなければ判断を誤ってしまいます。

話が少し脱線しすぎましたが、私がここで言いたいことは、今までは「そんなことは俺の知ったことじゃない。俺達には関係ない、よその国の話だ」でもやっていけた時代でしたし、海外の情報も乏しい時代でした。でも、これからは地球の裏側で起こる出来事がすぐに日本や大分の農業にも影響する時代です。俺には関係ないでは済まされません。風が吹けば桶屋が儲かるという関連性を自分で理解・分析しなければ生きていけない時代になってきます。
役場や県庁の方々には申し訳ありませんが、この国際的連鎖性について役所の方々が充分理解しているとは思えませんので、役所が作る農業振興計画とか○○方針といったようなものが、果たしてこの国際化時代に的確な計画・指針であるのか疑問です。
先程も言いましたように、政治や行政はこの国際的な関連性・連鎖性を日本の農業に及ぼさせないこと、壁を作って国内を無風状態にしておくことを最大の方針としてきましたので、役所の方自体が国際的視野で物事を見ることに慣れておらず、「国際化」ということも観念的にしか捉えていないのではないかと思えてなりません。
それ故、これからはまず農家の方々が自分自身で判断能力をつける努力をしなければならないのではないでしょうか。これは一朝一夕にできることではないかもしれませんが、日常このことを心がけながら地道に努力していくしかないと思います。

私が個人個人の判断の必要性を強調するのには理由があります。
商工業と農業を同列に論ずるわけにはいきませんが、たとえば製造業の場合、新技術や新しいシステムの開発は研究所で行い、会社全体の方針や計画は企画部門など本社がこの策定に当たります。そしてこれらの計画や技術を背景として工場での製造が行われるわけです。
ところが農業の場合、製造業でいえば本社と研究所に当たる機能は農林省や各県の農政部及びその付属機関が担当しています。農家は工場に相当するわけです。

私が常々疑問に思っていることは、民間の製造業の場合、本社の方針や計画に添ったにも拘らず失敗した時は、その方針や計画を策定した人が責任をとります。これは当たり前のことです。ところが農政の場合、結果としては明らかに失敗でも、まずその非を認めることはありませんし、従って責任を取る人は誰もいません。役所のローテーション上、計画を策定した人がその結果が出る時に同じ部署にいることはほとんどありませんのでこれは当然と言えば当然かもしれません。それどころか、失敗の原因は農家の意識不足や努力不足、さらには予見不可能な情勢変化に求められたりします。100%将来を予見することは不可能でしょうが、国際、国内を問わず農業を取り巻く情勢変化を分析・予見しそれを各農家に知らせ、その対応の一例を示すのが行政の役割であり、先程申し上げましたように壁を作ることによって変化を変化として感じさせないようにするのは、産業として成り立つ農業の育成という観点からみますと責任放棄と言えなくもありません。

私がここで言いたいのは、このめまぐるしく変化する国際情勢の中にあって、しかも欧米先進国に追い付け追い越せの時代が終わり、目に見える具体的な目標を示し得なくなった行政、そして必ずしも責任を取るわけではない行政の判断に頼っていては駄目だということです。
自分で諸情勢を分析し、自分なりの方針や計画をたて、結果については自分で責任を取るという風に脱皮しなければ、この国際化の時代に取り残されてしまいます。取り残されるだけならまだしも、国や県など行政の保護がなければ生きていけない、ということにもなりかねません。誰彼に頼ることのない独立の気概を持った農業経営者、産業として力強く自立する農業であってほしいと思います。

2 都会の消費者から見た農業

次に都会の消費者が現在の農業、農政をどう見ているのかについてお話したいと思います。勿論、私の物の見方や考え方が全ての人に共通するものではないと思いますが、当たらずとも遠からずだと信じています。

現在、農産物自由化をめぐって議論が百出していますが、私がまず皆さん方に申し上げたいことは、最大のお客である都会の消費者を「敵に回さず、味方にして下さい」ということです。「もっと安い牛肉を食べたい!米の輸入を認てほしい!」といったような声を聞くと「お前達都会の消費者は俺たち百姓の苦労が分かっているのか!俺たちの生活はどうなってもいいと思っているのか!」との反論があろうかと思います。自分達のこれからの生活に不安を覚えている時に、都会の消費者の不満の矛先が自分達に向かっていることに対する苛立ちもあろうかと思います。

しかし、都会の人々の不満はなにも農業問題に限ったことではないのです。いや多くの不満の内のひとつでしかないと思っています。

では、その多くの不満とは何か。それは、既得権益でがんじがらめにされた社会、その既得権益を守る為にしか機能していない諸々の許認可や規制、その結果選択の自由を剥奪されていることに対する不満、そして何よりも「そのような矛盾した社会を維持する為の高いツケが、税金や目に見えない税金という形で自分達に回されていることへの不満」ではないかと思います。

確かに、東京のサラリーマンは、絶対額の給料を見た場合には豊かと思われるかもしれません。しかし、ご存知の通り、住宅価格は手が出ないくらいバカ高く、万年渋滞中の高速道路には償却が終わっているにも拘らず高い料金を取られるなど何か行動を起こす度に大きな出費を強いられます。片道1時間、2時間も満員電車に揺られ、夜中の10時、11時まで働いてやっともらった給料も、絶対額が多いということでどーんと税金で持っていかれます。私には、生活面に関する限り地方の方が豊かに見えます。どちらがより豊かでより貧しいかということは、人により捉え方が違うと思いますが「自分達が本当の弱者であるにも拘らず、より多くの税負担をし、それでいて選挙では3分の1の発言権しかない」という不満をもっている都会住民が多いのです。
私が大分に戻って農村の方々と接して驚いたことは、農家の方々に「自分達が一番の弱者であり、国家政策として自分達を保護して当然」との意識が強く、「都会の住民も苦労している」というような見方がほとんどないことでした。しかし、「都会の住民も生活が大変なんだ」という意識がなければ農産物輸入自由化の要求は「農家の窮状を知らない都会人の我儘」としか聞こえないと思います。

私は先程「目に見えない税金」という言葉を使いましたが、もう少し具体的に説明しますと、本当はもっと安い外国産の肉が買えるのに、制度上その道が閉ざされていることなどはその一例でしょう。
生産者保護の名目で利用者や消費者の利益は無視されているのが今の日本なのです。昔は必要であったかもしれないある業種や会社の保護政策が、今は必要なくなったにも拘らず存続し続け、そのツケは利用者や消費者、特に政治的発言力の弱い都市部の消費者に回されているのが現状ではないでしょうか。発展途上国的体質が途上国を脱したにも拘らず未だに生き続けているのが日本の姿ではないでしょうか。これではどんなに一所懸命働いて少しばかり所得が向上しても豊かさなど実感できるはずがありません。

確かに既得権益を失うことは大きな痛手でしょう。また、その既得権益者からその擁護を懇請される政治家や官僚にとって、既得権を撤廃するような動きをすることは大変な勇気がいると思います。
しかし歴史的な変革期にある現在、誰かが血を流さなければ新しい時代はやってきません。我々今の大人は、その痛みを皆で分かち合いながら真に豊かな社会を我々の子供達に引き渡す責任があるのではないでしょうか。

私は、最近の消費税論議には大きな疑問を持っています。私は消費税を導入すべしという意見の持ち主です。それも免税品目など認めない単純明快なもので、税率ももっと上げるべきだと思っています。消費税反対論議を聞いていますと、「あなた方には子孫に対する責任はないのですか!」と、つい憤ってしまいます。
ご存じの通り、今、国債残高は160兆円にものぼっており、これは1家庭当たり600万円の子孫に対する借金ということになります。
私は21世紀の2千何年かから歴史を振り返った時、「1980年代後半から1990年代がフローの面ではもっとも豊かだった」と言われるであろう時代を今生きていると思っています。それ故、今いくらかでも余裕のある内に社会の借金を返しておくべきだと思うのです。親というものは本来自分の皿に肉があっても、自分は我慢してそっと子供の皿に移すものだと思いますが、消費税の議論を聴いていると、全くその逆で、自分はまだ腹が減っているからといって、子供の肉を取り上げているようにしか映りません。現在は社会全体としてフローの面では豊かですから、消費をすることは現在の経済活動を活発化すると同時に国家の借金を返していくことになると思うのです。

それに私は選択肢の多い社会が本当に豊かな社会だと信じています。何処でどう使われるか分からないのに選択の余地なく所得税でもっていかれるよりは、好きなものを買う為の一種のコストとして考えられる消費税の方が目指すべき豊かな社会にはピッタリくると思うのです。税金を払いたくなければ買わないという選択だってできるわけですから。

またまた話が横道に逸れましたが、農業についても、今血を流さなければならないのではないか、そして保護がなくても堂々と生きていける、産業として力強く自立できる農業の新しい枠組みを、いま作りはじめなければならないのではないか、と思ってこういう話をしているのです。

では、産業として自立する農業にする為には今何が必要か、私なりの見解をお話したいと思います。

まず、農業を守ること、農民を守ること、農村を守ることは別々に考える必要があること、そして農政としてはまず農業を守る政策を中心に置くべきであることを申し上げたいと思います。

農産物の輸入を制限して国内農業の保護を貫く際の理論として「食料の安全保障論」が使われますが、この理論には2つの点において疑問があります。
第一には、例えばいま100の食料が必要とされていたとしましょう。これまで10人で100の生産をしていたのが、2人で100の生産をするようになったとしても、100の生産ができる限り食料の確保は出来ているわけであり、なにも10人で生産しなければならない理由はありません。それが農政ではどうも「食料安全保障論」が10人を保護する為の理論として使われています。また、今時ご飯を木炭で炊く人はいません。ほとんどが電気かガスだと思います。その電気やガスのエネルギー源は石油やLNGであり、それらはほとんど輸入に頼っているわけです。
現在のように相互依存に基づいた国際関係の中では「禁輸措置」を実行されるような外交政策を取らないことが一番大切なことであり、「禁輸」をされるような場合には食料だけでなく、石油等のエネルギー源も入ってこないと思います。それ故、重要な輸入物資の中でも食料だけは別だという理屈は、一見正しいようで実はそれほどの説得力をもっていないのではないでしょうか。勿論、「安全な食料の確保」という観点からは自給率を高めることが必要だと思いますが、結局、農政が守りたいのは「農民」であり「食料安全保障」を持ち出して「農業の保護」を主張するのは論点のすり替えだと思います。

では、農民はどうなってもいいのか。私はそうは思っていません。しかし、率直に言って今の10人が10人とも農業で食べていけるとは思っていません。正確なところは分かりませんが、望むような所得を得ようとすれば、また純粋な競争原理を導入すれば7~8人は生きていけなくなるのではないか、そして現実問題としてこの7~8人は高齢者になるのではないかと思います。
現在の農政はこの7~8人の高齢者を保護する為に存在するといっても過言ではないわけですが、その結果、先程も申し上げましたように農業を環境変化に対応しなくてもいい産業、環境変化が起こって苦しくなれば補助金という麻薬を射って当面の痛みを回避させる産業にしてしまっているのではないかと危惧します。
私はこの状態を改め、2~3人の能力とやる気をもった方々、特に若い世代に照準をあわせた農政でなければならないと思っています。そして7~8人のお年寄りには社会保障で以て老後の生活に不安がないようにすべきだと思います。その結果たとえ税金が高くなっても私は本望だと思っています。
この7~8人の方々が若い時分一所懸命汗水垂らして働き、食料を安定的に供給してくれたお陰で今日の日本の繁栄があるわけです。この恩に報いる為みんなで税を余分に負担しあって「老後の生活の安定」という形で恩返ししてはどうでしょうか。表現は悪いかもしれませんが、今の高齢者はこの先40年も50年も生きておられるわけではありません。それ故この追加の税負担もせいぜい15~20年のことでしょう。しかし、補助金漬けの既存農政がこのまま続くと将に泥沼であり、いつ果てるともしれません。そして何よりやる気をもった若い農業者達が結局は補助金保護行政という麻薬の患者になってしまう恐れがあるのではないかと心配しているのです。

以上の話でお分かり戴けますように、私はこれまで世話になった高齢の農業者の方々、「農民」を保護する、恩に報いることに全く異存はありません。しかし、その為にあたかも今の農業が産業として成り立っているかの如くみせかける食管法や補助金保護農政をこれ以上続けてほしくありません。社会政策は「結果としての弱者」に手を差し伸べるべきだと思いますが、経済政策は飽くまで「将来に夢をもつ者」に対する環境整備であるべきだと思います。

第2番目は、環境変化をチャンスと捉えるような発想、考え方を身につけることが産業として自立する農業に繋がると考えています。

私は昨年、朝地町の農業者の集まりで次のようなことを申し上げました。
「みなさん方は、肉の輸入自由化というとマイナスのとしてしか捉えていないようですが、考え様によってはプラスにすることもできるのではないでしょうか。実際に実現できるかどうかは別にして、発想の仕方など参考にして戴ければと思います。
例えば朝地町の資本でアメリカやオーストラリアで牧場経営を行い、輸入自由化が実現した際には、そこから安い肉を日本に輸入する、そして高級豊後牛を朝地町本土で生産する、といったような考え方です。
もしこのようなことが具現化すれば、これは過疎の解消にも一役貢献します。何故なら若い人にとっては、やはり広い舞台で仕事をするのがひとつの夢でしょうが、これまで朝地町にはそのような舞台がなかったかもしれない。しかし、例えば20年働く内、海外生活はわずか5年だったとしても、その5年が魅力的な為にのこり15年は朝地町で生活するということも大いに有り得ることだと思います。そしていい意味での異文化が流入してくることで朝地町自身がより魅力的になってくるのではないでしょうか」と。

私ども商社の人間は、「環境変化はビジネスチャンス」という考え方をしますので、農家の方々が何故、環境変化をマイナスとしてしか受け取らないのかと不思議でした。今申し上げたのはひとつの例ですが、環境変化をプラスにもっていく努力が必要なのではないでしょうか。

それから、あとひとつ申し上げにくいことを申し上げますと、農業団体が政治的発言をする時、いや政治的圧力をかけようとする時、正直言ってとても大局的視野からものを見たり考えたりしているとは思えないような発言や行動が見受けられます。農業団体もただ農家の窮状を訴え、「自分たちを守れ!さもないと次の選挙で目にものみせてやるぞ!」といったやり方で圧力をかけているように見えますが、正直このようなやり方は、より多くの税金を払いながら一票の重みが3分の1しかない都会の住民にとっては素直に納得できません。

今、ウルグアイランドなど国際舞台では日本が袋叩きにあっていますが、「農家が残って日本が潰れてもいいのだろうか?」という疑問が湧いてきます。現在の農業は補助金があってはじめて成り立っていると言っても過言ではないと思いますが、その補助金の原資はどこから出ているのでしょうか。
確かに戦後、政府は農業より商工業に力を入れたかもしれません。そのつけは農家というか農村に回されたかもしれません。農村が若くて優秀な労働力を提供し続けたからこそ商工業が繁栄し得たにも拘らず。その意味では農家、農村は戦後の産業政策の被害者と言えるかもしれません。しかし、農業だけで今の日本の繁栄を享受できたとは思えませんし、現実問題として補助金の原資は、商工業系の企業やその従業員が納める税金が中心であることは確かだと思います。もしこのまま日本の特殊事情とやらを盾に自由化要求を拒否し続け、国際貿易上、日本が孤立するようなことがあれば、日本経済自体が疲弊し補助金の原資も稼ぎだすことが出来なくなってしまう恐れがあります。先程も申し上げましたように農家の生活を守ることについては国民全体も全く異存がないと思いますが、その守り方として日本を国際的孤立に追い込み、その結果日本経済を壊滅させるような「我」を通すべきではないと思います。

これも思いつきの考え方かもしれませんが、例えばの話、農業団体が政府に対して、または自民党に対して、「農産物自由化は認めざるを得ないが、その影響を少しでも和らげる為に政府はもっとソ連に経済援助を行って、ペレストロイカとソ連の経済復興を支援してほしい」といったような要求をするとすれば、最大の農産物消費者である都会住民の理解と協力をもっともっと得られるのではないかと思います。
御存じの通り、ソ連はアメリカから穀物を購入しなければ自国の食料需要を充たしきれませんが、現在は経済停滞の為外貨が不足しており、米ソ両国とも満足いくような量には至っていないと聞いています。それ故、日本からの経済援助によりソ連経済が回復し外貨を獲得できるようになれば米国の関心は日本からソ連に移り、結果的に自由化のマイナスの影響を最小限に食い止められるかもしれません。勿論今申し上げたことに現実味があるとはとても思えませんが、ソ連からも米国からも感謝され、尚且つ日本農業にもプラスになる、そのような要求を農業団体がするとなれば、「農家も大局的視野から日本全体の国益を念頭に置き、その上で自分達の利益を主張している」といったような評価を受けることになり、結果的には、いざ自由化された時でも「できるだけ国産のものを買おう」といった消費者の動きに繋がるのではないでしょうか。

そろそろ時間もなくなってまいりました。これまで都会の消費者、商社に勤める者としての立場から農政に対して、また農業に対してかなり厳しいことを申し上げましたが、私が大分県農政部の流通園芸課に在籍させてもらったお陰で、色々な農家の方々とお話しする機会を得ました。
この中で行政の保護を受けずに農業を経営として立派に成り立たせていらっしゃる農業経営者の方々、視野広く、地域のリーダーとして地域活性化に貢献していらっしゃる方々を知るに至りました。
これらの方々がいる限り、また、これらの方々に代表されるやる気と能力を持ち合わせた方々が農業者の中心となる限り、自由化の嵐がやってこようとも日本の農業は大丈夫だ、産業として立派に成り立っていくという確信を私は持っております。そして、これらの方々に共通していえるのは、行政など誰にも頼らない自助自立の精神であり、その意味では、都会の消費者や商社に勤める者として現在の農政や農業者に期待するところとまったく同じです。更なる保護を求める前にまず自分なりの情勢分析とその分析に基づいた経営判断をすることがこの国際化時代に求められている姿勢ではないでしょうか。
御清聴、誠にありがとうございました。

バックナンバー