吉良州司の思索集、思うこと、考えること

「安全保障法制」と「パリ同時多発テロ」(広報誌14号)

安全保障法制と本来あるべき姿

昨年の通常国会は「安全保障法制」を通すために大幅に会期延長され、最終的には衆参ともに多数を占める与党の力により可決成立しました。
安保法が成立して間もない昨年 月、パリにおいて同時多発テロ事件が発生し、国際社会が結束してイスラム国(IS)と戦うことになりました。新法成立により法律上は可能となった米軍等への後方支援を行うべきなのか、否、我が国は別の方法で国際社会への協力を行うべきなのか、今国会において今後の我が国の行く末を左右するような大変重要な議論が交わされることになります。
そこで、本広報誌にて、先に成立した安保法制の内容と、吉良州司が考える「本来あるべき我が国の安全保障の姿」及び、「パリ同時多発テロを受けて考えたこと」について、お伝えしたいと思います。

(※広報誌のバックナンバーをご希望の方は、お問合せページからご請求ください)

>> 当記事は広報誌14号に掲載されています。

成立した安全保障法案(安倍政権の意図)の骨子

日本を取巻く安全保障上の大きな環境変化(北朝鮮の脅威、中国の軍事的台頭による尖閣や東シナ海等における潜在的脅威の増大、軍事的科学技術の進歩等)に対応し、自主防衛力整備はもちろんのこと、日米同盟強化によって抑止力を高めることにより、未然に紛争や戦争リスクを回避するため、また、世界の平和と安全を守ることに一層貢献できるようにするため、安全保障関連国内法を整備する。日米同盟強化のため、集団的自衛権の限定的行使(存立危機事態)を認める。
そのまま放置すれば、我が国に対する武力攻撃に至るおそれがある場合など、我が国の平和と安全に重要な影響を与える事態(重要影響事態)において、世界のどこでも、米軍や安全保障上の重要友好国(たとえば豪州)への後方支援ができるようにする。
国際平和協力活動(PKO)における業務内容の拡大(安全確保、駆けつけ警護)と武器使用権限の見直し(正当防衛のための自己保存型武器使用から任務遂行型武器使用権限へ)
「国際平和支援法」(新法)の制定。この新法制定により「国際平和共同対処事態」(①国際社会の平和・安全を脅かす、②その脅威を除去するため、国際社会が国連憲章の目的に従い対処する活動を行い、③我が国が国際社会の一員として、これに主体的かつ積極的に寄与する必要がある、事態)において、諸外国の軍隊等に対する協力支援活動(実質的な「後方支援活動」)ができるようにすること。
右記の ~ に必要な 本の法改正(左下の表参照)を「平和安全法制整備法」という1本の法律として、また、右記 の「国際平和支援法」だけは独立した1本の法案として提出。

吉良州司が考える「本来あるべき姿」

●絶対に戦争をしてはならない
まず、安全保障に関する私の考えは「絶対に戦争をしてはならない。戦争に巻き込まれてはならない」ということです。護憲論者も改憲論者も登山道は異なりますが、どちらも「戦争をしてはならない。戦争に巻き込まれてはならない」という目指す頂上は変わりません。
この基本を前提に、『「近くは現実的に」「遠くは抑制的に」「人道支援は積極的に」』という民主党の安全保障に関する基本方針を共有しています。但し、各論については、民主党の正式見解と吉良州司の主張とは多少異なりますので、お含みおきください。以下は吉良州司の考える「本来あるべき姿」の説明です。

●安全保障環境変化への対応
我が国を取巻く安全保障上の環境変化への対応の必要性、日米同盟強化により抑止力を高めることの必要性、安全保障上協力すべき友好国との連携を強化することの必要性、国際平和協力活動の任務拡大と武器使用基準見直しの必要性、などについては、吉良州司が実務責任者として深く関わった平成 年防衛大綱に民主党政権として盛り込んだ内容であり、今回の政府の問題認識と対応の基本方針を共有するのは当然です。

●近くは現実的に
「近くは現実的に」を具体的に示すならば、北朝鮮の核・ミサイルの脅威と我が国、韓国、米国に対する敵対的意図、また、中国の軍事力の増強・近代化と東シナ海、南シナ海、尖閣諸島で見られる「力による現状変更、既存秩序への挑戦」に対する現実的対応になります。その現実的対応の最有力手段が日米同盟の強化とそれに伴う抑止力強化です。そして、日米安保条約に基づいて、我が国を守るために活動している米軍が攻撃を受けた際に「我が国への攻撃とみなして反撃」することは(たとえ、国際法上は「集団的自衛権」とみなされるとしても)「個別的自衛権」の範囲として許されると考えています。

●遠くは抑制的に
一方、「遠くは抑制的に」という方針に照らせば、「我が国周辺」の枠を超えて、世界のどこでも米軍等(重要影響事態時)や多国籍軍等(国際平和支援法)への「後方支援」ができるようにすることには無理があると思います。事実上、軍事行動を行っている軍隊への兵站を担うことになるからです。勿論、時に武力を行使してでも解決すべき深刻な国際的事態が生じ、国際社会の重要な一員として参加要請を受け、且つ、我が国として協力しなければならないと判断する局面があることは充分承知しています。しかし、その場合でも人道支援に限定した特別措置法で対応すべきだと思います。そして、特別措置法の足らざるところ、たとえば審議に時間がかかり過ぎることには、主要政党間で時間短縮の合意形成を行い、事態に対応する訓練に時間がかかることには、予見しうる事態に備えた訓練を日頃から行えるよう自衛隊法と国家安全保障会議設置法を改正しておくことで、対応できると思っています。

国際平和協力活動の任務と武器使用基準の見直しについては、自衛隊が他国軍隊に守ってもらわなければならない現状を改めること、共に活動する他国軍隊や現地で活動するNPO従事者や国連職員、一般市民が攻撃を受けて助けを求めてきた際に、救助や安全確保ができるようにすることなど、改正案の意図と内容を共有します。

中国の潜在的脅威について指摘しましたが、現実的には、左手に剣を持ち、軍事的な「力」に対してはこちらも「力」で備える。同時に、過ちを認めるべきは認め、謝るべきところは謝り、「貴国(中国)とは未来永劫、仲のよい親友であり続けたい」と、右手では強い握手を求めていく。そのような外交努力が欠かせないと思います。子孫が中国を「脅威」ではなく「友」として信頼し合える関係にしておく現在の大人の責任・使命だと思います。

安保法制国会を振り返って

安倍政権のあまりに焦った、あまりに手を広げ過ぎた法案提出は無理筋だったと思いますが、民主党も「最初から反対ありき」ではなく、政権を担い、国家の重み、政権運営の重さと厳しさを経験した政党として「現在、将来の日本の安全保障はいかにあるべきか」の大局的議論をもっと全面に押し出してもよかったと思っています。
戦後 年を迎え、今、世界情勢や東アジア情勢がどのように変化しているのか、我が国が現在の世界情勢をどう見ているのか、また、同盟国である米国はそれをどう見ているのか、現在世界的に深刻な陰を落としているイスラム世界と西洋世界との一神教間文明衝突的対立に対して、中東に石油の %を依存する八百万の神を信じる我が国はどのように対応すべきなのか、それらを含めて、我が国の安全保障や世界秩序はどうあるべきなのか、についての深い国民的議論を行う絶好のチャンスだったと思います。
そして、望ましい国際秩序を創るために、我が国はどのような貢献をすべきなのか、またどのような貢献ができるのか、米国と共同してやるべきこと、友好国と一緒にやるべきこと、米国とは見解を異にするので我が国独自でやるべきことについて、徹底的に議論すべきだったと思います。
そして、やるべきことは、現行憲法下で許されているのか、やるべきなのに現行憲法が禁じているなら、それをどう変えていくべきなのか、などについても濃い議論が必要だったと思います。そして、これからも不断に議論すべきだと思います。

安保法に対する今後の対応

今年の通常国会では民主党を含む主要野党は安保法制の「廃案」を検討していますが、私は「世界のどこでも」後方支援ができる新法を修正し、我が国周辺の重要影響事態に限って対処できるように廃案ではなく「修正」を求めていくべきだと思っています。

 

パリ同時多発テロに思う

1. パリ同時多発テロの衝撃

昨年11月13日のパリにおける同時多発テロは世界中を震撼させました。残虐非道なテロに対して今でも激しい怒りを抑えられません。あらためて犠牲になられた方々に対して哀悼の誠を捧げます。
何の罪のない人々を標的にした無差別テロは絶対に許されません。国際社会として、テロから人々を守ること、テロの温床をなくすこと、に対して真剣に取り組んでいく必要性を痛感します。我が国としても、在外邦人、邦人旅行客の安全は勿論のこと、日本国内でテロを起こさせないための万全の対応が求められます。

●ISとの戦いと人道支援

国際社会が連携してISと戦う際、新安保法制が成立したことにより、我が国は「国際平和支援法」の「国際平和共同対処事態」と認定すれば、諸外国の軍隊等に対する協力支援活動(実質的な「後方支援活動」)ができることになりました。もはや、憲法や法律を理由に断ることはできません。
極悪非道なISとは断固戦い壊滅させる必要があり、国際社会が連帯して行動を起こす時に、我が国だけは何もしませんというわけにはいきません。しかし、新安保法制によって法律上は許されることになった軍事的な後方支援は極力避けるべきであり、テロの温床を最小化、根絶するという観点から、人道支援を中心とした貢献を行うべきだと思います。

●中東における我が国の独自性

また、中東に対しては、どの国とも友好関係にあるという世界でも珍しい「我が国独自の立ち位置」を保ちながら、偏った対処をしないことが国益であり、日本人を危険に晒さない最善の道であることを認識した上で対処すべきです。
そういう意味で、対ISとの戦いにおいても、我が国としては軍事的支援ではなく、難民支援、テロ組織に走る背景にある貧困をなくすための人道支援を行うべきだと思います。これらの人道支援は、世界中で発生しているすべてのテロへの根源的、普遍的な対応策だと考えています。

●テロの温床をなくすには

理想論に聞こえるかもしれませんが、「テロの温床をなくす」究極の対応は、それぞれの国や民族が、お互いを認め合い、多様性を認め、相手を受け入れる世界を創ることではないかと思っています。キーワードは「多様性の尊重」です。
中東の人々が持つ歴史や高い文明を誇った民族としてのプライドを尊重し、西洋的価値観を一方的に押し付けるような愚は避けるべきだと思うのです。
何故、そのような思いを持つのかその根拠がふたつあります。そのひとつは「歴史」であり、もうひとつは「気候条件」です。

●中東の歴史と誇り

私は歴史の専門家でもなければ、中東、イスラム世界の専門家でもありません。それゆえ、学術的専門的な論考とは言えませんが、少しだけイスラム世界と西洋の歴史について概観することをお許しください。
西洋とイスラム圏の戦いの象徴として語られるのが8世紀から 世紀まで続く「十字軍遠征」です。この十字軍遠征では十字軍がユダヤの民、イスラムの民を虐殺したと語り継がれており、イスラムの人々が今でも十字軍(西洋)に対する反発があることは間違いないと思います。
十字軍遠征のあと西洋でルネッサンスが花開き、その後の大航海時代から産業革命へと飛躍し、その力を背景にして西洋文明が世界を席捲することになりますが、ルネッサンスが花開くのはイスラム世界のお蔭なのです。かつてのギリシア文明は、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)を経由してイスラム世界に引き継がれており、十字軍遠征の際にイスラム文明を通してギリシア文明に触れることができたからです。
また、現在スペインがあるイベリア半島は一時イスラム帝国が支配していたのですが、今も残るアルハンブラ宮殿などの文化の高さをみれば、当時はイスラム文明のほうが西洋よりも文明度が高かったと見ることもできます。
それだけに、中東の人々は自分たちの歴史、文明に対するプライドが高く、「西洋の優位はたかだがこの500年ではないか」という思いも強いのではないかと思います。ましてや古くはエジプト文明、メソポタミヤ文明を誇った民族の子孫であり、西洋の下風に立つことを快く思っていないことは確かだと思います。
また、現在の中東地域の国境線は、民族自決に基づく国民国家というよりは、西洋諸国が直線で線引きした国境線であり、現在噴出している(イスラエル・パレスチナ問題も含めた)諸問題の原因が、西洋列強による植民地支配、委任統治支配時代にあるという反感もあると思います。
その意味からも、中東の人々が持つ歴史や高い文明を誇った民族としてのプライドを尊重し、西洋的価値観を一方的に押し付けるような愚は避けるべきだと思います。

2. 気候条件

●自由と民主主義は普遍的価値か

「自由と民主主義」という西洋的価値が「人類の政治社会制度上の普遍的価値」だと私は思いません。それは既に発展段階を卒業した国々、それも気候条件的に「温帯」と「寒帯」に位置する国々にとって、もっとも受け入れやすく、尊重されている価値であって、砂漠の国々や熱帯雨林の国々など気候が厳しい地域の発展途上国にとってのベストの価値であるかは疑問だと思っています。

●南米2万キロの冒険旅行で感じたこと

私は、 年ほど前、南米南部(ブラジル全土、ウルグアイ、アルゼンチン、チリなど地球の赤道半周分にあたる2万キロ)をバスで冒険旅行しました。ブラジルのリオデジャネイロ(亜熱帯気候)からブラジル高原(高地性亜熱帯気候)を経てアマゾン川河口のベレン(熱帯雨林気候)に行く時(確か合計で 時間)、アルゼンチンの首都ブエノスアイレス(温帯)から同国南東のアンデス山脈ふもとの保養地バリローチェ(山あいにありながら地中海性気候)に行く時(約 時間)、そのバリローチェから国際長距離バスでアンデス山脈(高山性気候)を越えてチリ南部のブエルト・モント(温帯)に行く時、そのプエルト・モントから北部の砂漠地域アタカマまで行く時(合計で約
時間)、人々の顔つき、服装、肌の色、空の色、家、街並、地域全体の雰囲気など、次々と移り変わっていきます。
その時私は、「人と社会は、その土地の気候条件で生き方や社会の有り様が決まる」と信じるようになりました。熱帯雨林気候での生活常識が砂漠地域では通用しないのは当たり前のことです。

●過酷な自然条件の中で生き抜く知恵

私の会社時代の初出張は、ブラジル留学から帰国して間もない時期のパキスタン出張でした(それもアフガニスタンとの国境までわずか キロに位置するクエッタという街)。クエッタから首都のイスラマバードに飛行機で移動する際に目に焼きついたこと、感じたことは一生忘れることができません。それは、アルカイーダのリーダーだったウサマ・ビン・ラディンがある時期潜んでいたとされるアフガニスタン・パキスタンの国境に沿った大山塊と砂漠の光景です。
見渡す限り、岩山、土漠、砂漠がどこまでも続き、「緑」を見ることがありません。日本人にはなかなか実感できないと思いますが、チリのアタカマ砂漠を旅した時にも実感したことです。「水がないところには緑がない」のです。理屈ではわかっていても、実際に草木一本生えていない、全く緑がない光景を見ることは、衝撃ですらあります。
アフガニスタン・パキスタン国境沿いの緑のない大山塊を見ながら感じたことは「よく、何千年もこのような不毛の地で人類が生命を繋いでこれたものだ。この地で生きてきた人々の知恵、生命力には敬服する。」ということでした。
同時に、現代社会では否定されてしかるべきだと思っていますが、「何故、イスラム世界では4人まで妻を持つことが許されるのか」分かったような気がしました。こんな厳しい環境の中で女性がひとりで生きていくのは難しい。女性を蔑視しているからではなく、女性が大事だから、こんな過酷な気候条件の中でも大事な女性を守っていくために、水も緑もない砂漠の地で、民族として生き延びていくための経験上の知恵として生まれた習慣なのだと思いました。
先日のペルー出張の際に飛行機で隣り合わせになった米国人女性と世界のあれこれを話しました。その際、イスラム世界の話に及び、私がパキスタン出張での経験と考えたことについて話をすると、驚いた様子で大いに納得していました。「そのような考え方、感じ方をはじめて聞いた。今まではイスラム世界は女性を軽視、蔑視していると思っていたが、あなたの言うとおり、確かに、あの過酷な気候条件の中で、女性が大事だからこその、女性を守っていこうとする生活の知恵なのかもしれない」と米国の女性が共鳴してくれたのです。

●豊かな自然と四季に恵まれた日本

我が国には、太古の昔から大事にしてきた価値、文化・伝統があります。その中でも四季折々の自然を慈しみ、愛でる文化は我が国の文化そのものであり誇りです。「八百万の神」を信じる日本人の心根は、昔から多様性を認め、尊重してきたことの証だともいえます。しかし、それもこれも、日本列島が四季に恵まれ、海に囲まれ、緑に恵まれ、緑豊かな山や水量豊かな川に恵まれてこそ生まれた心根であり文化・伝統です。日本や西欧など温帯の国々の春、夏、秋は過ごしやすく、冬は厳しいため、冬に備えた勤労が尊重され、冬を生き抜く知恵や人々が協力しあうことが要求されます。
社会がある程度豊かになってきた時には、この四季に恵まれた自然環境とそれが育んできた価値、文化・伝統が、現代社会において「自由」と「民主主義」を重んじる社会土壌に繋がっているのだと思います。

●厳しい自然環境を生き抜いてきた民族に温帯の価値観を

しかし、温帯という最も恵まれた自然環境で生活している人々が、砂漠のような過酷な気候条件の中で生きている、また歴史的に生き抜いてきた人々に、自分たちの価値観を強制すべきではないと思うのです。自主的、自立的な選択の結果として、温帯の国々の価値観を共有することには何の異存もありませんが。

●多様性の尊重がテロの温床をなくす

テロの温床の最小化、根絶は長い道のりになるかもしれませんが、多様性を認め、それぞれの民族の歴史・文化・伝統、そして気候条件、それらを土台とした社会や国の有り様を尊重する。その上で、貧困をなくすための支援、若者が生き甲斐を持って働ける社会になっていくよう支援していくことが解決への道だと思います。そして、これらの支援は温帯中心の先進国が主導権を握る国際社会の責務だと信じています。
多様性を認めて受け入れ、誇り高き中東の人々の歴史・文化・伝統を尊重しながら平和共存を追求していく姿勢こそが、「テロの温床の最小化、根絶」に繋がっていくのではないでしょうか。

バックナンバー