トランプ氏勝利の歴史的背景について~2016年の米国大統領選挙~(広報誌15号)
2017年1月20日、米国にトランプ大統領が誕生しました。その就任演説では「米国第一主義」や「グローバリゼションの完全否定」など選挙戦での考えを重ねて強調しました。何よりも残念だったのは、就任演説の格調の低さです。歴代米国大統領は、世界のリーダーとして、世界全体の課題解決についての決意や人類的挑戦についての理想を語ってきました。しかし、トランプ大統領はそのようなことを一切語りませんでした。
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本誌の巻頭言でもお伝えしましたが、新大統領が打ち出す排他的・保護主義的政策が遂行されると、理想を追い求める建国の精神を見失い、米国が再び偉大になるどころか、米国民の生活はかえって苦しくなるのではないかと心配しています。
世界中を混乱させる大統領を誕生させた昨年の米国大統領選挙。私は米国史の専門家ではありませんが、米国で5年半暮らしていたことと、世界史や各国の歴史が大好きなので、素人ながら今回の大統領選挙におけるトランプ氏勝利の背景について、歴史的、移民史的にひも解いてみたいと思います。
米国の移民史
米国移民史を大雑把に分類すると、信仰の自由を求めた清教徒がメイフラワー号で米国に渡った1620年から1776年の独立までの「植民地時代」(英国からの家族を伴う移民が大半)、独立後100年間あまりの間に渡米した「旧移民」時代(英国、ドイツ、北欧諸国からの家族を伴うプロテスタントとアイルランドからのカトリック教徒)、1880年代以降、米国都市部の工場労働者需要が高まったことを受けて急増する南欧、東欧からの男性単身者を中心(カトリック、ユダヤ教、ギリシア正教など非プロテスタント)とする「新移民」時代の3期に分けられます。
共和党支持者の源流をなすのが植民地時代と旧移民時代の移民者で、その主流は西欧の先進地域から渡米した白人のプロテスタントたちです。本国から家族同伴で米国に渡り、西部劇に出てくるように自力で農地を開拓していった自営農民や都市部の熟練工や経営者になっていきます。日曜日には家族そろって教会で礼拝する人たちです。それゆえ、現在でも白人の人口比率が高い中西部では共和党が圧倒的な強さを誇っています(地図では真ん中あたりが真っ赤です)。
一方、民主党支持者の源流は新移民たちです。アイルランド系を含む都市部の低所得労働者(非プロテスタント)の白人とアフリカ系、ヒスパニック系が民主党支持者の主流です。
カルヴァン主義の影響
次に、米国が資本主義の総本山になっていく歴史的背景、また、共和党、民主党の宗教的・社会的・歴史的側面からの源流についてお伝えします。
『宗教改革運動が社会改革運動に変わる必然性を理解しなかった点にルターの宗教改革者としての限界がみえる。一方、カルヴァンの教えは、世俗的職業の積極的肯定などの理由から商工市民層の支持をうけ、資本家、資本主義の成長を促進する。』
これは、私が高校時代の世界史の教科書の余白に書き込んでいたメモです。
高校時代、世界史を勉強していて目からうろこが落ちたことが数多くありました。その中でも特に印象深かったのは、16世紀欧州の宗教改革でした。宗教は絶対的な教義が存在し、それは不変であるかのような印象を受けます。しかし、新しい宗派が誕生するときは、その時代を生きる民衆の不安や不満に寄り添い、その要望や期待に応える教義が説かれてはじめて民衆からの支持が得られる(信仰される)ことを学びました。欧州におけるカルヴァンの宗教改革、我が国の鎌倉仏教がそれに当たると思います。
欧州の中世は、ローマ教皇や各地の司教が宗教的権威を誇り、一方では世俗的権力を持つ国王、封建貴族が貧しい農民たちを支配していました。しかし、農業生産増大による余剰農産物の交換や手工業の発達、十字軍遠征による交通網の飛躍的拡充により、都市や商業や貨幣経済や遠隔地貿易が発達します。この結果、都市住民は封建的束縛からの自由を求め、商工業者は自由な経済活動を求める動きを活発化します。しかし、商工業活動の結果として、どんなに富を蓄え、社会的、経済的に力を増しても、江戸時代の士農工商のように、中世封建制度の中の身分的位置づけは低いものでした。
このような社会的背景の中で、商工業者や自由になった自営農民から大きな支持を得たのがスイスのジュネーヴで活躍するフランス人カルヴァンの教えです。
共和党の源流
すべての職業は神が一人一人の個性を見抜いて与えた神聖なもので、その職業に勤勉であることは、神の意思に忠実で神を祝福することになる。創造主である神がつくった人間の優秀さは、勤勉に働いた結果としてどれだけ富を蓄えることができるかで証明される、と説きます。富を大きく蓄えることで人間の優秀さを証明し、結果として人間をつくった神の偉大さを証明できると考えるのです(逆に言えば、富を築けない者は神の偉大さを証明していない、と考える)。
新興市民階級としての商工業者は自分たちの職業、勤労、富、身分が全面肯定されるカルヴァンの教えを大歓迎します。このカルヴァン主義が、資本蓄積と再投資を前提とする資本主義社会の発展に大きく貢献するのです。
カルヴァン派は、イングランドではピューリタンと呼ばれます。米国に最初に渡った清教徒ピューリタンとはイングランドの「カルヴァン派プロテスタント」のことです。彼ら彼女らが米国に渡り、米国の事実上の支配階級であるWASPを形成します。カルヴァン主義が米国建国の宗教的・精神的な大元になるのです(WASPは、「ワスプ」と読み、White白人、Anglo-Saxonアングロ・サクソン族、Protestantプロテスタントの略)。WASPは共和党を支持する傾向が強いのですが、ASの定義として、ドイツ系、北欧系も含めた場合、歴代米国大統領の中で、共和党、民主党を問わず、WASPでない大統領は、ジョン・F・ケネディ(JFK)とバラック・オバマだけです。JFKはアイルランド系のカトリック信者でした。
大企業優遇、富裕層優遇を堂々と主張する共和党、自己責任を強く打ち出し、貧困層に必ずしも同情しない、ある意味では「強者の論理」を貫く米国共和党、その結果「小さな政府」を志向する共和党、宗教的正義を全面に打ち出す共和党の考え方は、日本ではなかなか理解されないと思います。しかし、カルヴァン主義が源流にあることがわかると、共和党的主張や考え方も(共感・共有するかどうかは別として)理解戴けるのではないかと思います。
民主党の源流
民主党がリベラルであることの歴史的背景として、「新移民」と「旧移民」の軋轢がありました。先発組として社会的地位・基盤・権益を既に得ていたWASPは、その既得権を脅かす存在として新移民を警戒し社会的に差別します。移民に対して不寛容なWASPの基本姿勢は既にこの時代から存在していたといえます。
南欧、東欧から単身渡米してきた新移民が住んだ街として、現在もニューヨークには「リトル・イタリー」がありますが、「リトル・イングランド」や「リトル・スウェーデン」は存在しません。故国の言語を話しながら、身を寄せ合って差別や偏見と格闘していたことがわかります。
従って、既得権益者や社会のエスタブリッシュメントに対する反発・反骨が民主党支持者の精神的源流なのです。そして、新移民受け入れの社会的・経済的需要の高かった東海岸や西海岸の都市部を中心に多くの支持者がいます。米国地図では、面積だけみると中西部の赤(共和党)の方が大きいのですが、人口が多く選挙人の数が多いカリフォルニア州やニューヨーク州などは青の民主党の地盤になっています。
このような歴史的背景から、民主党は「平等」と「人権」を重要視します。「平等」は、共和党が主張する自己責任や企業の自由裁量では実現できず、政府の介入による富の再分配が必要であると考え「大きな政府」を志向します。オバマ・ケアなど医療保険制度など福祉・行政サービスを積極的に拡充しようとします。また、人権を重視し、対外的にも人権外交を推し進めます。移民に寛容な民主党の政策は、以上のような歴史的背景が根底にあると思われます。
トランプ氏勝利の理由
このように米国の建国史、共和党、民主党、それぞれの歴史的背景から今回の大統領選挙を見てみると、候補者の個人的資質や言動に関係なく、基本的には共和党支持者はトランプ氏を、民主党支持者はクリントン氏に投票した可能性が高かったと思っています。
結局、トランプ氏勝利の理由は、接戦州といわれたオハイオ州、ペンシルベニア州、ミシガン州などでトランプ氏が勝利したからです。これらの州では、製造業に従事する低所得白人労働者が多く、現状に対する不満、危機感があったのだと思います。これまで民主党支持の中核をなしていたこの白人層が今回はトランプ支持に回った結果だと思われます。
もうひとつの理由は、マイノリティ(黒人、ヒスパニック系など少数派)の投票率がオバマ大統領誕生時の熱狂に比べて低かったことです。クリントン氏がオバマ大統領のような少数派を代弁する候補とみなされず、逆に「エスタブリッシュメント」の代表とみなされてしまった結果ではないかと思います。
今の米国は、上位1%の富裕層が米国全体の富の42%を、上位10%の富裕層がその77%を保有する極端な格差社会となっています。この現状に対する中間層、低所得層の反発がトランプ氏支持に繋がったのだと思います(トランプ氏は大富豪ながら中低所得層の気持ちを代弁する戦術で成功)。
トランプ氏の暴言は、日本人の多くが、否、世界の多くの人々が考えていたほどには共和党支持者の投票行動に影響を与えていなかったのではないか、その背景に何があるのか、自分なりに考えてみました。米国の歴史や大統領選挙の専門家ではありませんが、その考えや分析をお伝えし、みなさんが今回の大統領選挙を理解する上での参考にして戴ければ幸いです。