北方領土問題の本質と対応 その2
北方領土問題シリーズ第2弾ですが、実際は各論の初回メルマガとなります。
言うまでもなく、外交交渉はお互い相手があることであり、自国の主張が正しいとする一方、相手の主張にも相手国なりの正論があります。合意に至るためには、お互いが歩み寄り、何らかの妥協をする必要があります。また、その際に、各々の国において、国民の理解が必要なことは言うまでもありません。妥協するということは、自国主張の一部を取り下げることになりますので、自国民の理解を得ることが一番難しいでしょう。
前回のメルマガで、政府の保秘が徹底しているとお伝えしました。どのような妥協になるかによって、政府の国民への説明の仕方や内容は自ずと変わってきます。
最終的な合意内容はわかりませんが、この北方領土問題のメルマガ・シリーズによって、少しでも、読者各位の本問題に対する理解が深まれば幸いです。
1. 真っ向から対立する両国の主張
北方領土問題は、「日本の固有の領土である国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島(今後「4島」と表現します)の主権は日本にある。一刻も早く不法占拠状態を解いて、主権を日本に返還すべき」という、歴史と法に照らして正論である日本の主張と、「第二次世界大戦の結果として、4島はソ連領になっており、現在の主権は(ソ連を引き継いだ)ロシアにある」というロシア側主張は真っ向から対立しています。
特に、日本国民には、歴史的、法的な正論の他、次の3つの感情的しこりがあります。ひとつは、日ソ中立条約が有効であるにも拘わらず、それを破って終戦直前の8月9日に対日参戦したこと。二つ目は、1945年8月15日の日本降伏以降に千島列島を南下し、無抵抗の4島を占領したのは、1945年9月5日であること。三つ目は、満州にいた日本軍民をシベリアに抑留(57万5千人)し、極寒の地で強制労働させ、あまたの命(5万5千人)を奪ったこと。
歴史的、法的な正当性に加え、この3点の「絶対に許せない」という感情があるだけに、1ミリたりとも妥協は許さない、飽くまで一歩も譲ることなく「4島の主権が日本にあることを主張し続けよ」という強い国民世論があり、それは間違っていないと思います。
2. 正論を貫き通すことは、国家の矜持、国としての生き方
言うまでもなく、国家の一番の使命は「国民の命を守る」「国民を幸せにする」「主権を守る」「領土を守る」ことです。その意味でも、日本政府が、「日本固有の領土として、4島全ての主権を一切放棄せず、正論を貫き通すこと」は、国家としての矜持、生き方だと思います。
もちろん、先述したように、外交は相手があることですから、この場合、ロシアの主張と真っ向から対立しますので、日ロ平和条約の締結も、4島どころか1島の返還も実現できない可能性が極めて高くなります。
しかし、日ロ間は1956年の日ソ共同宣言以来、国交も回復しており、経済活動も投資も人的交流も支障なく行われており、平和条約締結によるプラス要素は得られないものの、現在得られている国益上からのマイナスはないと思われます。
3. 地政学的、戦略的に、妥協の上、平和条約締結の選択肢もある
1971年、米国ニクソン政権は、キッシンジャー国務長官の地球を俯瞰した地政学的判断の下、電撃的に米中国交回復を成し遂げました。大戦終結直後は西側の富や生産力の75%を米国が保有していましたが、日欧の復興に伴い、相対的に国力が低下した米国は、中国、ソ連という共産圏の2つの大国をともに封じ込めることには限界があると判断し、その当時は大きな脅威ではなかった中国と手を結び、軍事的に最大の脅威であったソ連に集中対処する決断をしたのです。
我が国の安全保障上の現時点での現実的脅威は中国であり、ロシアではありません。
しかし、我が国が冷戦時代から築いてきた国防戦略の基礎は、当時のソ連を意識したものであり、それだからこそ、現在も北海道に大きな基地が存在しています。それまでの自民党政権下の、ソ連、ロシアを意識した防衛大綱上の「基盤的防衛力」から、私も深く関わりましたが、民主党政権においての現実的判断から、中国を意識して、南西方面と海空の機動力を重視した「動的防衛力」へと転換しました。安全保障環境上、地政学的状況は、北朝鮮の脅威が増した点、韓国への信頼が揺らぎつつある点を除けば、今も民主党政権時代とほぼ同じです。
だからこそ、現実を冷静に見つめた時、ロシアの潜在的脅威を最小化するために日ロ平和条約を締結し、後顧の憂いをなくした上で、中国に集中対処することも、重要な国家戦略であると思います。
本メルマガで強調しましたように、日ロ平和条約の締結も、4島中1島の返還も実現できなくても、「日本の正論を貫き通すことは、国家の矜持、生き方として、大事な選択肢」だと思います。
一方、「地政学的、戦略的、現実直視の観点から、何らかの妥協をして、平和条約締結に突き進む道」も検討すべきと思うのです。
次回以降は 歴史的経緯やロシア側主張も踏まえ、国民の理解を得られる「妥協の道」について考えていきたいと思います。
吉良州司