吉良からのメッセージ

2020年5月29日

コロナ禍中の9月入学論議に思う

全国で非常事態宣言が解除され、徐々に日常が戻ってきますが、コロナ後は、世界もわが国も、以前の社会や生活にそのまま戻ることはなく、「新常態」と言われる生活、社会になっていくと思います。

この新しい日常、生活、社会をつくっていく際に重要なことがふたつあると思っています。一つは、国が「こうしろ、ああしろ」と必要以上の介入、余計なおせっかいをしないこと、させないこと。公共の福祉の尊重が前提ですが、個人の自由と裁量、各地域の自主性と裁量を重視、優先すべきだということです。二つ目は、コロナ禍を受けても「変えてはならないもの」「伝統文化を含め、大事に守り続けていかなければならないもの」と、過去の成功体験や慣習にとらわれず、「大胆に変えていくべきもの」についての社会的合意形成を目指していくことです。

さて、上記の二つ目に関連することですが、今、大学だけでなく、高校、義務教育までを9月入学とする案が議論されています。ここにきて慎重論が強くなり、政府としても採用しない可能性が高くなりましたが、この問題につき、私の考えるところをお伝えします。

コロナ禍により学習機会や体験学習機会を喪失した子供たちへの「学びの保証」をするために、充分な時間を確保することがその発端であり、また、目的でありました。しかし、途中からは、留学生の派遣や受入れには欧米の大学の9月入学に合わせるためにも、日本の大学も9月入学が望ましい、(大学9月入学案は以前から議論されていたこともあり)、そして、コロナ禍で失った学習機会を取り戻すためにも、この際学校制度全体を9月入学にすべきだという議論になってきました。

私は、大学の9月入学論は今後も議論していいと思っていますが、コロナ禍中において拙速に、小中高まで9月入学とすることには反対の立場です。

詳細は割愛しますが、大きな理由は下記のふたつです。

一点目は、学校現場は、4月5月と2か月だけの休校(自宅学習、オンライン教育と並走)であれば、少なくとも学業については、来年3月までの残された期間で、現場の教師が何とか対応する、それだけの対応力が現場にはあり、現場の教員も、教員出身の議員もそれが可能と自信を見せているからです。

二点目は、複数の専門家の話を聴いても、9月入学にすることで、かえって学力格差が拡大することや、保育期間の延長や仕送り継続など家計負担が増大すること、現在の4月から3月を「年度」とする社会・経済上の負担と混乱が増大すること、政府財政負担も増大するなどメリットよりもデメリットの方がはるかに大きいことが指摘されているからです。

一方、2か月を失った児童生徒に対する社会的支援について、私は下記のようなことを強く訴えています。

今回のコロナ禍で休校を余儀なくされ、運動会・体育祭、文化祭、修学旅行の中止、春夏甲子園の中止、高校総体の中止など、一体、どこにぶつけていいかわからない悔しさ、無念さの中で苦労を重ねている児童生徒には、彼ら彼女らが社会人となるまで、政府や学校現場は勿論、社会全体で支えていく必要があるということです。足元では、高校3年生をはじめ、小6、中3には特別の対応が必要ですが、小4でやる予定であった行事を小5や小6でやるなど、学年をまたいで、本来やる予定であった学業や、各種行事など経験学習の機会をつくる、また、甲子園大会への出場が典型ですが、共通の目標に向かって頑張り続けた運動選手などの活躍の場を、いろいろ工夫して時間をかけても何とかつくる、といった対応です。そして、将来的に、絶対、新就職氷河期世代にしないという社会全体による強固な意志をもった支援、対応です。

 ところで、みなさんよくご存じの言葉に「June Bride」(6月の花嫁)があります。元々、欧米において、6月に結婚式すると生涯幸せに暮らせるという言い伝えです。この由来については諸説ありますが、欧米では6月が一番雨も少なく、1年でもっとも快適な季節、気候だからという説が有力です。これを真似して、日本でも「June Bride」がもてはやされますが、日本の6月は梅雨の真最中で、気候風土の違う日本に欧米の風習や美点をそのまま持ち込むには少々無理があります。

欧米の9月は、私も米国に住んでいた経験上、インディアン・サマーと言われる暑さのぶり返しが時々あるものの、暑い夏が終わり、秋の気配を感じはじめられる清々しい季節です。一方、日本の最近の気候は、9月もまだ真夏であり、冷房のないところでは汗だくだくの季節です。

日本の6月や7月の卒業式や9月の入学式、入社式を想像してみてください。、今は各地域や学校によって卒業時に歌う歌は様々のようですが、ひと昔前の「仰げば尊し」など、しみじみと学校生活の思い出に耽る歌を、汗がぼとぼとと滴る中で歌いますか。猛暑日の中での入学式や入社式が新たな門出にふさわしい季節だと思いますか?

寒かった冬が終わり、春を迎えて一挙に世が明るくなる3月4月が日本の気候上、もっとも清々しい季節です。別れと出会いを、そしてよき思い出を、梅や桜や芽吹き始める花や木々が、記憶にとどめてくれます。卒業や入学を自然までもが祝福してくれます。これ以上素晴らしい演出をしてくれる季節はありません。

日本の風土気候にあった行事、その伝統文化は守っていきたいと思います。

最後に、私が肌身離さず持ち歩いている「教え」があります。ご存じの方もおられると思いますが、「ニーバの祈り」といわれるものです。

『主よ、変えられないものを 受け入れる 心の静けさと
変えられるものを 変える勇気と
その両者を 見分ける 英知を 我に与えたまえ』

コロナ後の新しい世界は、拙速を避け、心の静けさと勇気と英知を携えながら創っていきたいと思います。

吉良州司