吉良からのメッセージ

2021年9月6日

菅総理の自民党総裁選挙不出馬に思う

菅総理がコロナ禍対策に専念するため、自民党総裁選挙に立候補しないことを表明しました。他党のことなので、外野先からとやかく言う資格はありませんが、現時点での自民党総裁選挙となれば、事実上の総理大臣選出選挙となりますので、本筋ではない内容となりますが、私の思うところをお伝えしたいと思います。

人の道、矜持という言葉があります。
ちょうど1年前、「菅総理・総裁の下でコロナに打ち勝ち、内外諸課題を解決していく」という思い、決意を込めて、自分たちの投票により、菅総裁・総理を圧勝させたのは、当選3回組を含む多くの自民党国会議員です。それが、内閣支持率が低下してくると、1年も経たない内に、手のひらを返したように、「菅総理では選挙に勝てない」という理由で引きずり降ろそうとする。「人の道」「矜持」はいったいどこに消え失せたのか。「自分の選挙があって、国なし」「自分があって国民なし」という政治屋の典型ではないですか。「やせ我慢」しても、(菅総裁に投票した人は)菅総理を支えようとするのが人の道ではないのか、と疑問、怒りを禁じえません。

私は、この1年間の菅政権のコロナ対応を評価しているわけではありません。否、厳しく見ています。しかし、安倍晋三前総理が健康を理由にコロナ対応を放棄した後の一番厳しい時期に政権を引き継ぎ、内閣支持率が高かった時に解散総選挙に打って出る選択肢もあったはずですが、その際も「コロナ対策を優先する」といって解散しませんでした。その点は立派だと思っていました。一国のリーダーとして「自分よりも国を優先」するステーツマン、政治家としての姿勢を貫いたからです。中世のペストや第一次大戦期のスペイン風邪、日本でもかつての天然痘など、過去にも感染症との闘いの例がないわけではありませんが、今生きている人ははじめて経験するパンデミックです。誰がやっても難しい手探りの対応、試行錯誤の対応しかできません。それにもかかわらず、その責めを1年前に自分に投票した身内から負わされ、退陣を迫られる、その無念さを思うと胸が痛みます。

現在の日本の政治は(自分としては非常に不本意であり、残念な状況ですが)「マスコミ主権」の政治、特に「テレビ報道主権」の政治と言っても過言ではありません。各マスコミは「過度な自民党総裁選報道は国民の選択を誤らせてしまう」と、過去に何度も経験した反省に立っての報道を心掛けたいと思ってはいると思います。しかし、極めて残念ながら、結果は今回も同じ過ちを繰り返すと思います。
既に賽は投げられており、菅総裁の再選はもはやありません。自民党の党員・党友には、単なるテレビ人気ではなく、人間性、指導力、将来ビジョンを選択基準として新総裁を選んでもらいたいし、自民党国会議員には、ステーツマンとしての矜持をもって「国」のリーダーを選んでもらいたいと思います。

吉良州司

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