吉良からのメッセージ

2021年9月8日

自民党総裁選挙における人の道

前回は、「菅総理の自民党総裁選挙不出馬に思う」と題して、1年前、「菅総理・総裁の下でコロナに打ち勝ち、内外諸課題を解決していく」という決意を込めて、自分たちの投票により、菅総裁を圧勝させたにもかかわらず、内閣支持率の低下により「菅総理では選挙に勝てない」という理由で引きずり降ろそうとする姿勢は、「自分の選挙があって、国なし」「自分があって国民なし」という政治屋の典型であり「人の道」に悖る、「矜持」はあるのか、との疑問を呈させてもらいました。

事態はすでに、河野太郎、石破茂、野田聖子の各氏の出馬の有無、誰が勝つのか、各派閥はどう対応するのか、などなど、大きく動いています。それゆえ、またしても「今さら感」はありますが、昨日のメッセージに対しての大きな反響もありましたので、今日は、その第2弾として「自民党総裁選挙における人の道」というテーマで私の思うところをお伝えします。

私は、商社勤め時代に電力プロジェクトに関わっていましたが、地球を相手にする地熱発電プロジェクト」の経験から、今回の自民党総裁選挙についての持論があります。
 
私が実際に携わった米国カリフォルニア州の地熱発電プロジェクトを例に(数字は実際のものではなく説明用の仮の数字です)説明したいと思います。
地熱発電プロジェクトは、計画する発電量に資する蒸気の質量が地中にあるかどうかの確認が必要です。理論探査上「ある」と見込まれていても、実際に井戸を掘ってみないと、本当のところは確認できません。それゆえ、「ディベロッパー(Developer)」と呼ばれる開発業者が、「当たるか、当たらないか」「一か八か」で大きなリスクを負って(当たらなければ、全く返ってこないお金を投資して)開発を始めます。仮にその最初の投資額を100としましょう。井戸掘削の結果、十分な質量があると確認されると、このプロジェクトの実現性が高くなったと踏んだ新たな投資家が投資資金を投じます。仮にその投資額を500とします。その後さらに実現性を高めるために、各種行政手続き、発電設備供給者や地熱発電所運営者の選定、地元住民の理解を得るための公聴会など必要な段取りを進めていきます。それら必要手続きが完了し、プロジェクト実施の許可が得られると、今度は銀行を含め、更に新たな投資家やプロジェクト資金の融資者が集まってきます。仮にその新規投資額を1000、融資額を5000としましょう。
この場合、プロジェクトが生み出す利益の配分については、100対500対1000対5000という投融資額比例ではないことはお分かり戴けると思います。特に融資は「返済」を前提として元本返済と利子の支払いを求めますが、利益の配分には預かれません。
投資者間の配分は、もちろん話し合いで決められます。その際、プロジェクトを実現できるのかどうか、海のものとも山のものとも分からなかった、よりリスクの高かった時期に投資をしたリスクテイカー(Risk Taker)がより多くの配分を受ける権利を持つのが、暗黙かつ前提のルールです。利益が1000とすれば、最初の100の投資者が、(その後、金額の大きい500、1000の投資者がいるにも拘わらず)半分の500の配分を受けたとしても何ら不公平ではありません。当然の権利だともいえます。

今回の自民党総裁選挙は、現職の総理総裁である菅総理を相手に敢然と立ち上がり、最も恐ろしい存在(笑)である二階幹事長の首に鈴をつける、という大きなリスクを初期段階で取った岸田文雄さんが、Developerとしての権利を持っているはずです。
コメが秋に大きな穂をつけていたとしましょう。その穂を刈り取る権利がある人は、本来なら、苗を植え、水を引き、雑草を取り、こまめに肥料をやり続けて、大きく穂を実らせた人です。この前段の苦しい仕事を全くやってこなかった人が、いきなり穂を刈り取って食べたとすれば、「人の道」はどうなるのでしょうか。村の人たちはどう反応するのでしょうか。

岸田さんがリスクをとって次の段階に事を進めたからこそ、新たな展望が開けたのです。苗を植え、水を引き、雑草を取った岸田さんに、もっと敬意を払い、その勇気に報いようとするのが「人の道」だと思います。このような「人の道」に背を向けて、「自らの選挙」に都合のいい「顔」を選ぶという姿勢は、国家100年の大計を誤ると危惧します。
 
唯一残念なのは、大きなリスクを取って、敢然と立ちあがったはずの岸田さんが(長老や有力者の支援を得たいからなのでしょう)対抗馬が出てきた途端に、「守り」に入ってしまい、安倍前総理の再調査などにつき歯切れが悪くなり、Developerの権利を自ら放棄しているように思えてならないことです。でも、岸田さんが外務大臣だった外務委員会において、何度も論戦を交わした自分自身の経験から、それが岸田さんなのかもしれません。
 
尚、私は「人の道」に基づいた持論をお伝えしているだけですが、昨日の菅総理、今日の岸田さん対して結果的に好意的な評価をしているように受け取られるかもしれません。そしてそれが、菅さん、岸田さん相手の方が、自分や野党が闘いやすいからだろうという邪推に繋がっているとすれば、そんなケチなことはこれっぽっちも考えていません。

吉良州司

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