吉良からのメッセージ

2021年10月4日

英国のTPP加盟を推進すべき

前回は、英国のEU離脱後の苦悩からエネルギー安全保障に思いを馳せたことについてお伝えしました。
コロナと自民党総裁選挙一色報道の中にあって、中国のTPPへの加盟申請の意向表明、それに対抗した台湾による加盟申請表明は、政治・経済、特に国際経済に携わるビジネスマン、および中国の南シナ海等にける力による現状変更の試みを憂慮している対中警戒論者の関心を集めたのではないでしょうか。
この中国、台湾の加盟意向表明により、TPPがにわかに脚光を浴び始めてきました。しかし、その前に英国が既に加盟申請していますので、今回は、その英国がTPP(TPP11)への加盟を申請した背景について、また、TPP11のリーダー国としての日本はどう対応すべきか、につき思うところをお伝えします。

1.TPPの意義

TPPは高いレベルの多国間経済連携協定であると同時に、戦略的、地政学的価値を持つ枠組みです。最近の米中覇権争いは、次世代通信技術や宇宙や半導体を核とする経済の覇権争いが主戦場ではありますが、同時に、インド洋、太平洋、特に南シナ海における自由航行を中国が脅かしていることなどから、地政学的覇権争いでもあり、それゆえ、TPPの戦略的価値も高まっています。

2.英国のTPP11加盟申請

英国は今年2月にTPP11への加盟申請した後、9月には空母クイーンエリザベス号を中核とする空母打撃群(Carrier strike group=CSG)を西太平洋にも展開、日本の横須賀等にも寄港しました。背景には、EUから離脱した英国の(大英帝国時代の夢をもう一度との思惑があるのか)世界戦略があると思います。また、サッチャー元首相と中国の鄧小平氏との間で確認された香港における「一国二制度」が反故にされ、著しい人権・自由侵害が横行していることへのけん制もあると思います。
更には、EUを離脱した英国がインド洋、太平洋への関与を強めているのではないか。欧州の一員、EUの一員から大英帝国時代の世界全体への関与を復活させようとしているのではないかと思います。

3.英連邦Commonwealth of Nations

英国は、元々英国の植民地だった国々が独立した後にも英国との深い関係を維持する「Commonwealth of Nations」という54か国が加盟する英連邦の枠組みを持っています。2016年に英国がEUから離脱する際、国民投票を実施したキャメロン首相も「まさか」「こんなはずではなかった」と思っていたでしょうが、英国には「大英帝国時代」から「栄光ある孤立」主義があり、EUという枠組みに対する反発に加え、欧州の大陸諸国とは一線を画したいという国民性を持っています。大英帝国時代の国力を失ってしまった英国にとって英連邦54か国は精神的な拠り所、大英帝国の残影なのだと思います。

4.ドイツの下風に立ちたくない英国のプライド

現在のEUは経済版「ドイツ第4帝国」ともいえる、ドイツが主導権を持つ枠組みです。ドイツの第一帝国は中世の神聖ローマ帝国、第2帝国はプロイセンの宰相ビスマルクが打ち立てドイツ統一を成し遂げた帝国、そして、第一次世界大戦後のワイマール憲法下でのヒトラー統治のドイツが「第3帝国」、そしてEUは経済的に欧州大陸を支配する「ドイツ第4帝国」だとの見方です。
それでなくとも、欧州大陸国家から超然としていた大英帝国が、ドイツの下風に立つことを快く思わないのは現在の英国も同じだと思います。EUから離脱してしまった以上、国力は衰えたといえども、過去の大英帝国の栄光に少しでも近づきたいとの思いから、英連邦、その主要国が加盟しているTPPへの関心・関与を高めているのだと思います。

5.TPP11か国中、6か国が英連邦諸国

TPP11加盟国の内、元々英国の植民地だった、カナダ、オーストラリア(豪州)、ニュージーランド(NZ)、シンガポール、マレーシア、ブルネイ6か国は英連邦国です。この内、カナダ、豪、NZの元首は現在も英国王です。英国にとっては、欧州の枠組みよりも居心地がいいかもしれません(前回のメルマガでもお知らせした通り、EU離脱の不利益がさっそく英国を襲ってはいますが)。残る日本、ベトナム、チリ、メキシコ、ペルーにとっても英国の加盟はTPPの利益にこそなれ、不利益になることはないと思います。

6.日本、TPPにとって英国加盟は有意義

上述したように、英国のTPP11加盟は、TPPにとっても我が国にとっても利益こそあれ、不利益はありません。何よりも、米国のTPP復帰を促す際の英国の触媒としての意義、中国へのけん制と抑止における英国の存在感(米国が離脱した後のTPP11には国連常任理事国P5が入っていません)は戦略的に極めて重要です。地政学的にも、インド、パキスタン、バングラデシュ、モルジブも英連邦国であり、インド洋、東アジア・東南アジア戦略上も英国加盟の意義は極めて大きいと言えます。それゆえ、我が国の国益上も、また、TPP11のリーダー国として、積極的に英国の加盟を推し進めるべきだと思います。

吉良州司