吉良からのメッセージ

2022年2月25日

ウクライナ問題について考える。その2 強権国家の主張には正当性はないのか

昨日のメッセージは、ロシアの軍事的攻撃(ウクライナの軍事拠点をミサイル攻撃により無力化しようとするもの)の前に発信手続きを済ませていましたので、ロシアによる攻撃には触れていませんでした。
NATO諸国の情報・諜報機関の分析通り、昨日、ロシアが軍事作戦を実行に移し、同時に、プーチン大統領は、核保有国であるロシアを危機に晒すと痛い目にあうぞ(私の意訳)、と凄んでいます。
ここまでくると、私が主張していた、ウクライナのNATO加盟の暫時凍結または(冷戦時代のフィンランドのような)ウクライナの中立国化、そして、ミンスク合意の各当事者の履行義務の再確認とその履行という、少なくともウクライナでの戦争や武力紛争を回避できる案は、「ロシアの軍事力、軍事的脅迫に屈してはならない」とする正義の前に難しくなってきたように思われます。

私の主張は、第二次世界大戦前、ヒトラーがチェコのズデーデン地方に多く住むドイツ人の保護を名目に同地域を併合することを英国が認めてしまい、その後ヒトラーは英国の弱腰を見越して、次々と強硬路線を突っ走り、最後には第二次世界大戦に突入してしまった苦い教訓(英国の対ヒトラー宥和政策)の学習効果がない、と指摘されるかもしれません。
しかし、地震はプレート侵入時のひずみが溜まって起こるように、また、旧ユーゴスラビアなどでも明らかなように、一時的な大きな力(当時はチトー大統領と背後のソ連)によって矛盾が抑え込まれ、表には出てきませんが、その押さえていた力がなくなると、一挙に矛盾が、また、矛盾の中で溜まっていた不満が爆発するものです。

それゆえ、複雑な歴史的経緯を抱えた欧州地域では、落としどころを粘り強く探し出し、妥協を重ねつつ、解決していかなければなりません。

以下の文章は2月16日の予算委員会・分科会で、ウクライナ問題についての歴史を踏まえた課題について問題提起した内容を、昨日のロシア攻撃の前に起草していた文章です。少し長い文章で恐縮ですが、お目通し戴ければと思います。

昨日のメルマガの質問通告でいえば、4.5.6に関する、特に、強権国家の主張(ウクライナ問題の場合はロシアの主張)の正当性についての、持論をお伝えします。

問題意識は、次のように整理できます。

1.ロシアが実効支配するクリミアと、今回ロシアが独立承認した東ウクライナ(ドネツク州とルガンスク州)は歴史的にどこの「固有の領土」なのか? そもそも、国自体が消滅することも稀ではなく、民族的も激しく入れ替わってきた欧州において「固有の領土論」の意味はないが、少なくとも、現在の東ウクライナ地域が、歴史的に現ウクライナ共和国の中心である西ウクライナの固有の領土であったことはないのではないか。現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシは元々同じ東スラブ族として、人種的、民族的、言語的にも同根。ロシアの発祥の地(日本でいえば奈良にあたるような地)は、現在のウクライナの首都キエフであり、キエフを中心としたキエフ公国がロシア帝国と現在のウクライナに発展していく。元々同根だった民族だが、13世紀から18世紀末までの間、ポーランド王国とリトアニア大公国(両者が合体していた時期もある)が、現在の西ウクライナ、ベラルーシ、リトアニアを領土としていたこと、一方、モンゴル帝国の分家キプチャクハン国が現在のロシア領土を支配していたこと、の影響で、民族的、言語的にほんのわずかの違いが出てくる。現在のウクライナの中に西側志向の強い人が多いのはこの歴史的背景があるからだと思われる。但し、歴史的経緯の詳細は割愛するが、クリミアと現在の東ウクライナは、ポーランド王国、リトアニア大公国時代を通しても現在の西ウクライナの領土であったことはなく、クリミアについては、ロシア帝国がエカテリーナ2世時代の18世紀末にクリミアハン国を併合する。

2.独立国家である現在のウクライナ共和国の領土の範囲は、ソ連時代の国内共和国だったが故に、クリミアや東ウクライナを含む現在の領土の範囲を認められているのであって、(クリミアについては、ソ連成立以降もその帰属の歴史はもう少し複雑だが、ここでは割愛)、もし、ソ連時代に、「国内共和国」のウクライナ共和国が、将来は独立国家になるという前提だったならば、当時の「ソ連内共和国であったロシア共和国」と「ソ連内ウクライナ共和国」の国境線は、今現在のウクライナとロシアの国境線とはなっていなかった可能性が高いのではないか。少なくとも「ソ連内ロシア共和国」はクリミアと東ウクライナの領土はロシア共和国に帰属させると主張したのではないか。

3.独裁国家、強権国家の主張は、常に正当性はないのか。第二次世界大戦中、ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連領内に攻め込んだ独ソ戦の結果、少なくとも2000万人のソ連人が犠牲になったと言われており、第二次世界大戦中の世界最大の死者数である。ソ連内犠牲者は現在の国でいえば、ロシア、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国になるが、現ロシアは、中世のモンゴル(キプチャクハン国)の支配と悲惨極まりなかった独ソ戦での悪夢とがトラウマになっていると思われる。それゆえ、ロシアを仮想敵国と見做す国(今回の場合はNATO)と直接国境を接することは避けたい。できれば、ロシアとNATOの間に緩衝地帯がほしい。ウクライナには、ロシアを仮想敵国とするNATOの最前線に立ってほしくはない。できれば、NATOに加盟せず、ロシアの友好国であれば御の字だが、少なくとも中立を保ってほしい。これらの切実な主張は間違っているのか。東アジアを見ても、何故中国が北朝鮮を擁護するのか、それは、北朝鮮が崩壊して、米韓同盟を結んでいる韓国と直接国境を接することを避けたいので、北朝鮮を緩衝地帯と位置付けているからであって、相手の立場に立てば、理解できなくもない。ロシアが案外「臆病な国」であることを認識している日本国民はそう多くはないと思われる。しかし、私たちが国際情勢、世界の平和について語る上で欠かせない知識は、第二次世界大戦で、どの国がどれくらいの犠牲者をだしているか、ということ。最大の犠牲者を出したのは、現ウクライナやベラルーシも含むソ連で、2000万人、次は中国の1200万人(国共内戦での犠牲者も含まれるとの指摘もある)、次いでドイツの780万人、ポーランドの600万人、ユダヤ人の500万人、日本が310万人。これだけの犠牲者を出した国のトラウマや潜在的恐怖心にも配慮しなければならない(残念ながら、国会議員の中で安全保障の専門家と言われる方が、第二次世界大戦時の各国の犠牲者の数を知らず、一番多くの犠牲者を出したのは日本ではないか、と言っていたことには驚愕した)。

2月16日予算委員会の分科会の質問では、上記のような問題意識を持った上で、私と同じく元商社マンであった林芳正外務大臣に対して、外交は勿論、国際ビジネスにおける交渉も100対ゼロはありえず、譲ってはならない事項は断固譲らず、しかし、一方では何かを犠牲にして譲りながら、勝ち取るべきものを勝ち取っていく、それが外交交渉であり、国際ビジネス交渉であることを認める答弁をしてもらいました。

その上で、今のウクライナ情勢を見ていると、多くの国会議員も、多くの日本国民もそうだが、相手がこと中国やロシアとなると、相手は強権国家、独裁国家であり、相手が一方的に悪い、だから、一歩も譲るな、必ず100を勝ち取れとなります。少しでも譲れば、弱腰、軟弱外交と非難される世の風潮であり、対中、対ロ交渉においては常に感情的強硬論が先行することを危惧しているとの懸念も表明しました。

この問題意識、懸念を表明した上で、強権国家、独裁国家の外交的要望や主張であっても、相手の立場に立ってみれば、相手なりの正論、正義(それが、上記3項目)があるわけで、その正論にも「聞く耳」を持ち、妥協してでも勝ち取るべきものを勝ち取るという選択肢はないのか。

ウクライナ問題については、誰一人犠牲者を出さない「平和的、外交的解決」こそが、何がなんでも勝ち取るべきものではないのか。ウクライナ情勢の展開如何によっては、ウクライナ国内は勿論、欧州、世界にも大きな犠牲と混乱をもたらし、我が国へも多大な影響をもたらす可能性があるので、何としても、この事態を平和裏に解決してもらいたい、その解決のために「当面ウクライナのNATO加盟を凍結するか、同国が中立国になることが必要だ」と訴えました。NATO加盟凍結か中立国化、そして、ミンスク合意の履行が確認されれば、ロシアは矛を収めるはずです。ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシア、ウクライナ国境は冷戦時代のように常に緊張状態が続くことになってしまいます。

本メルマガの読者の中には、「吉良、血迷ったか?ここまで極悪非道なロシアの肩を持つのか?」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。

天邪鬼な性格なので、世論が「ロシア擁護」「ロシア賛美」一色になっていたら、私は、対ロシア強硬論を主張するかもしれません。しかし、現在進行中の世論は深い歴史的知識も持たない中、また、交渉は相手には相手なりの正論がある、との大事な前提に立たない中で、「力による一方的な現状変更は許されない。これを認めれば、北方領土交渉や尖閣、台湾問題に悪影響を及ぼす」といった、外交的にはあまりにも当たり前の、表面的な正論しか言わない政府や識者たちの論調一辺倒となり、幅広い選択肢から日本にとって最良の判断をする道を閉ざしてしまいます。
NATO加盟はウクライナ人の命を守るためのはずなのに、NATO加盟に固執するあまり、現在進行中のように武力紛争に発展し、ウクライナ人の命を奪い、危険に晒すことになるのであれば、何のための安全保障同盟かわかりません。

私たちには、戦前、多様なものの見方、考え方を持つ人、それを意見する人を非国民と非難し、戦争への道をまっしぐらに突き進み、幾多の罪のない外国の人、自国民を犠牲にしてしまった苦い過去の経験があります。我が国の国益を考えることは重要ですが、それでも今一番大事なことはウクライナの人々の命を守ること、そのために表面的な正義を振りかざすだけの同盟国、友好国の外交方針に対しても物を言うことが必要と思っています。

本メッセージも長くなりましたので続きは次回にさせてもらいます。

吉良州司