ウクライナ問題を考える その3 経済制裁で苦しむのは誰か
本日のメッセージはウクライナ問題の第3弾です。元々は、2月16日の予算委員会・分科会における私の質問をお伝えするシリーズのつもりでしたが、ロシアの軍事侵攻が現実となりましたので、分科会質問内容は後回しにして、今日は「経済制裁で苦しむのは誰か」というテーマで、この問題を一緒に考えたいと思います。
以下、私の持論をお伝えする大前提として、「理由は何であれ、武力行使は許されない」と私が考えていることを含んだ上でお目通し戴きたいと思います。
1.プーチン大統領に西側の一般常識は通じるのか
過去2回のメルマガで「NATO加盟の一時凍結」または「中立国化」と「ミンスク合意の履行の再確認」を外交的に落としどころとして軍事侵攻前に合意すべきだったと主張しました。ロシアの言い分を尊重し過ぎると批判されるだろう、この決着案を提示していたのは何故か。それは、相手がプーチン大統領だからです。馬やバイク、雪上バイク、水上バイクを乗りこなし、柔道や水泳や射撃にも通じ、屈強な体つきを誇示するプーチン大統領。それは、ソ連時代のKGB諜報部員として鍛え抜かれているからです。フィジカル面のみならず、諜報部員は精神面でも、目的達成のためには調略、殺人、破壊をも平然とやってのけるように鍛えられていると思われるからです。悪役007を想像してもらうと分かり易いかもしれません。
プーチン大統領を相手にする場合は、民主主義や人権を最重視する西側の一般的な常識では考えられない行動を起こす可能性が高いことを常に考えておかなければなりません。
2.経済制裁で実際に苦しむのは誰か
では、ロシアで普通に生活している人々もがプーチンと同じように考え、行動をしているのか、そんなことはありません。
今回の経済制裁は、経済的にロシアを苦境に陥れ、プーチン政権に打撃を与え、国内的な反政府運動を側面支援し、プーチン政権崩壊か、プーチン大統領に音をあげさせることが目的です。しかし、「経済的にロシアを苦境に陥れる」とは、何の罪もないロシアの一般国民を経済的に苦しめ、「音をあげさせる」だけで、プーチン大統領が音を上げるとはとても思えません。
これまでも米国発動の経済制裁は、何の罪もないイラン国民を苦しめ、また、世界中の多くの国が、タリバン政府が気に食わないからと言って経済援助を止めた結果、そうでなくとも2001年から米国が仕掛けたアフガン戦争によって食料不足で苦しんでいた多くのアフガニスタン国民を今餓死に直面させています。
経済制裁を科しても、張本人である政権や政府高官は飢餓にも無縁なまま、反政府運動に走る国民を容赦なく弾圧するだけで、飢餓を含め生活に苦しむのは何の罪もない一般国民です。それにも拘らず、「もっと厳しい経済制裁を科せ!」と我が国を含め世界中が激高することに疑問を持ちます。みな他人事なのでしょう。
3.何の罪もない人々を犠牲にしないための臥薪嘗胆
私が主張する「NATO加盟の一時(暫定的な)凍結」の「一時」や「暫定的な」とは15年か20年のことです。この時間経過により、プーチン大統領はほぼ間違いなく大統領職を退任しているか、ロシアの一般的男性の平均寿命からいって、あの世に召されている可能性が高いからです。この西側の常識が通じないプーチン大統領施政の間は、臥薪嘗胆ではないですが、彼我間双方とも何の罪のない人々の犠牲を最小限にしながら、耐えがたきを耐えていくのが最良だと思うからです。
臥薪嘗胆といっても、プーチン・ロシアがどこで何をやっても我慢しなければならないと言っているわけではありません。西側の常識が通じないとはいえ、西側がどう考えるか、どこまでの反応をしてくるか、などを含め世界の常識的な動向はきちんと理解している極めて頭のいいプーチン大統領なので、ある一線は守られると信じています。
たとえば、臥薪嘗胆の期間中に、北海道に攻め込まれるとか、南米のベネズエラに軍事侵攻するようなことは考えられず、ロシアが無理難題を突き付けてまで押し通そうとするのは、ロシアなりに「生命線」と考えている地域への介入だけだと思います。
その現実的な介入対象は1にウクライナ、2に過去に介入したジョージアであり、どちらも旧ソ連内国家でNATO加盟を目指している(いた)国です。現時点では、カザフスタンなど中央アジアの国々も親ロシアを貫いていますので、問題は生じないと思います。
また、ロシアは軍事的には極めて図体のデカイ国ですが、経済的には2020年のGDPが、1.48兆ドルで世界11位、1.64兆ドルで10位の韓国よりも経済力の小さな国なので、介入・展開できる国力には限界があると思っています。
4.戦争指導者は許せないが、戦争をしかけてきた国の国民も同じ犠牲者
「以徳報怨(いとくほうえん)」「徳をもって怨みに報いよ」という言葉をご存じでしょうか。これは、終戦直後、中国大陸から日本の軍人・一般人が引揚げる際に、中国側が温情を示してくれた象徴的な言葉です。
終戦当時2百数十万人の日本の軍人・民間人が大陸中国にいたと言われていますが、中国側による国家的、集団的な危害を加えられることなく、祖国日本に復員、引揚げできたのは、当時の国民政府蒋介石総統による「以徳報怨」演説によるところが大きいと言われています。1945年昭和20年8月15日の中国時間正午に重慶から発せられたラジオ演説は、日本がポツダム宣言を受け入れて降伏することを事前に知った蒋介石が「『暴を以つて暴に報ゆる勿れ』と中国の国民に向かって、同時に世界人々に向かって訴えたものです。
その演説の要旨です。
『我々の抗戦は、今日勝利を得た。正義は強権に勝つという事の最後の証明をここに得た。我々に加えられた残虐と凌辱は、筆舌に尽くし難いものであった。しかしこれを人類史上最後の戦争とする事が出来るならば、その残虐と凌辱に対する代償の大小、収穫の遅速等を比較する考えはない。この戦争の終結は、人類の互諒互敬的精神を発揚し、相互信頼の関係を樹立するべきものである。
我々は『旧悪を念(おも)わず』及び『人に善を為す)』が、我が民族の至高至貴の伝統的徳性であることを知らなくてはならない。我々はこれまで一貫して、敵は日本軍閥であり日本人民を敵とはしないと声明してきた。
我々は、敵国の無辜の人民に汚辱を加えてはならない。(中略)銘記すべき事は、暴行を以って暴行に報い、侮辱を以って彼等の過った優越感に応えようとするならば、憎しみが憎しみに報い合う事となり、争いは永遠に留まる事が無いという事である。それは、我々の仁義の戦いが目指すところでは、決してないのである。(「台湾建国応援団」サイトより転載)』
戦後の復員・引揚げを推し進めた「引揚援護庁」の「援護の記録」によれば、「華北、華中、華南、台湾の日本人250万人軍民の引揚げは、わずか1年数ヶ月をもって極めて円滑に完了し、この地区における人員の損喪率は5%に過ぎなかった」としています。
これは、 以徳報怨演説の精神が中国軍および政府の上層部に全面的に徹底されたことによります。しかも、2百数十万人の日本軍捕虜と民間人を中国船で日本に送り返すことを決定し実行したのです。ドイツの戦後の復員・引揚げ途上における死者が300万人といわれていますので、当時の中国の温情が日本の復員・引揚げと戦後復興にどれだけ貢献したか、おわかり戴けると思います。
中国が許せないのは「軍閥」つまり戦争指導者であって、「敵国の無辜の人民」(日本の一般軍民)は中国国民と同じく犠牲者なのだから許しましょう、と言っていたのです。
5.ウクライナ側にも非があると言われている
前回のメルマガでは書いていませんが、ミンスク合意により、事実上の自治権を認められたドネツク州やルガンスク州で活動するロシア派武装勢力に対してドローンを使って軍事的攻撃をしかけた(ミンスク合意を破った)のは、次期ウクライナ大統領選での支持拡大を狙ったゼレンスキー大統領の方だということは日本国内でもあまり報道されていません。些細な攻撃だったかもしれませんが、「ウクライナ側がミンスク合意を破った。2州のロシア系住民が危険に晒されているので、ロシア系住民の保護のためロシア軍を派遣する」と、プーチン大統領に絶好の口実を与えたのは、ウクライナ側だとも言われているのです。
6.罪のないロシア国民に犠牲を強いない解決を
前回のメルマガでも書きましたように、私は、ロシア側の言い分にも一理あると思っています。しかし、だからといって、現実に軍事行動を起こし、彼我間に多くの犠牲者を既に出してしまっているロシアの行動やそれを指揮するプーチン大統領が正当化されていいとは決して思いません。
この先、武力侵攻されて、ウクライナが劣勢にある中でのロシア・ウクライナ間合意は、ロシアの言い分が大きく反映されたものになるでしょう。しかし、「軍事的侵略、力による一方的な現状変更は決して許されない」との正論を振りかざして、ロシア有利の合意を認めず、罪のないロシア国民に更なる犠牲を強いる経済制裁の強化に何の疑問も持たない世界の、そして我が国の世論に、敢えて私は警笛をならしたいと思います。
軍事侵攻前ならミンスク合意の履行再確認に加え、「NATOへの当面の加盟凍結」または「中立国化」で合意できたかもしれない交渉が、軍事侵攻により、ゼレンスキー大統領の辞任やNATOへの加盟永久禁止などの条件が追加されるかもしれません。
それでも、西側常識が通じないプーチン政権の間は臥薪嘗胆を旨とし、何の罪もないロシア国民に犠牲を強いることなく、更には、世界のエネルギー安全保障問題をこじらせることなく、我が国や世界の何の罪もない人々の生活を苦境に陥れることのない解決を切に願います。
米国をはじめ、西側諸国は今、対ロ、対中の正義を振りかざしていますが、ここ30年の中国の経済的軍事的台頭を許し、ロシアの軍事力を背景にした強引な行動を許してきたのは、米国をはじめとする西側諸国の長期的戦略がなかったことが最大の原因だと思っています。特に米国が世界の警察官を降りて以降の迷走が大きな原因だと思います。
中国に対してもあと20年我慢すれば、内陸部や貧困層に社会保障が行き届かない中での急速な少子高齢化の影響で一挙に国力が低下し、現在のような対外的強権的行動はできなくなる可能性が高いと見ています。
またしても「吉良、ご乱心!」と受け取られる内容となりましたが、大合唱世論に対する警笛論です。お許しあれ。
今回も長い文章にもかかわらず最後までお目通し戴きありがとうございました。
次回は、経済制裁の経済的側面からもこの問題を考えてみたいと思っています。
吉良州司