吉良からのメッセージ

2022年3月8日

ウクライナ問題を考える その4 停戦合意の条件

過去3回のメッセージ「ウクライナ問題を考える」シリーズに対して、数多くの好意的な意見をお寄せ戴き感謝しています。一方、私の許へは届かない、声なき声として、ロシアの立場への過度な好意的考察(と受け取られてしまう)に対する批判もあるのだろうとは思っています。

それでもこの間「もし自分がロシアの立場だったら」と、ロシアの言い分にも耳を傾ける必要性についても書き続けてきたのは、ひとつには、ロシアの立場も理解し、双方がぎりぎり折り合う形の妥協を成立させられていれば、軍事侵攻を防げたし、今犠牲になっているウクライナの人々の命を救えたと信じているからです。
今ひとつは、米国を筆頭に多くの国や人がロシアに対する妥協を疑問視し、何を優先すべきか、という本質を忘れ、表面的な正義の主張に終始した結果、また、西側の常識が通用しないプーチン大統領の反応を見誤った結果、今回の軍事侵攻を招き、ウクライナの人々に多くの犠牲を強いてしまっていることに対して憤りを覚えるからです。
多くの国や人が正義をかざすのは、今回のロシアの暴走を許してしまえば、将来的に自国国益への悪影響が懸念されるため、その悪影響を最小限にするための正義であり、ウクライナの人々の命は他人事になっていると思えるからです。我が国の国益上、北方領土問題や尖閣問題、更には台湾海峡に影響を与えることは必至ですので、その問題意識を否定するつもりはありません。しかし、自国国益のために(結果的に)ウクライナの人々に妥協してはならない、と主張するのは如何なものかと疑問を持ちます。
更には、歴史的背景や客観的事実を知らないままに、あまりにも当たり前の、口だけだったら誰でも言える程度の一般論的正義を語っているだけであり(そのため、ロシアにも言い分があるということに耳を貸さず)、結果として、ウクライナにだけ犠牲を強いているからです。

今回のメルマガは、停戦合意の条件について一緒に考えてみたいと思います。

1.ロシアによる軍事侵攻は決して許されない。しかし、軍事侵攻が続いている。

私は、ロシアによる軍事侵攻に対して激しい憤りを覚え、こんなことは断じて許されないと心の底から思っています。

武力侵攻に至る前に、ロシア側がどうしても譲れない一線(「NATOに加盟しない」または「中立国化」のコミット)を受け入れる妥協をすることにより、軍事侵攻は避けられたと思っていますので、今、武力侵攻が現実となり、現在も戦争が続いていることは、残念極まりないことです。

2.米国はメガホンでの声援だけ。血を流すのはウクライナ人

軍事侵攻が現実化し、核使用の可能性を示唆してまで恫喝するロシアを軍事的に対抗・阻止しようとする国や軍事同盟は存在しません。肝心の米国もNATOも、ウクライナ(および同国と国境を接するNATO加盟国)への武器供与や支援はコミットしても、直接ロシアと軍事的に向き合うことから逃げまくっています。
 
バイデン大統領の一般教書演説を含め、米国は次のように言っています(私の完全な意訳ですが)。
『国際秩序維持のため、力による現状変更は決して許してはならない。米国は、外野席からではありますが、メガホンを持って大声でウクライナの人々を声援し続けます。しかし、申し訳ないですが、ロシアと直接軍事的にぶつかると、米国は大変な犠牲を強いられますので、今回は声援だけとなること、理解してください。だって、ウクライナはNATOに加盟したいとは言ってきていますが、まだ、加盟しているわけではないので、現時点で米国にウクライナの防衛義務はありませんから。従って、正義のために、血を流してもらうのはウクライナの人々だけになります。NATO諸国も参戦はしません。しかし、声援だけとはいっても、血を流して戦うために必要な武器はちゃんと送りますので、思う存分戦ってください。それに、正義を守るために大国ロシアと勇敢に戦うウクライナの人々を、米国は勿論国際社会をあげて称えますよ』と。

ブリンケン国務長官は「ウクライナに軍事介入しないのは、ウクライナはNATOに加盟していないからだ。NATO加盟国は軍事的に守る」と言っています。
だったら、最初から軍事紛争を避けるためにウクライナのNATO加盟を(当面)認めないか、中立国化をウクライナに勧めておくべきだったのではないか、と憤慨します。
「NATO諸国は守る」と言っていますが、実際問題、ロシアが核をちらつかせて(たとえば戦術核を一度でもロシアが使用した場合など)、旧東欧諸国で、ワルシャワ条約機構加盟国だった現NATO加盟国に軍事侵攻した場合には、米国は「自分の国は自分で守るべきであり、まず第一線で戦うのは当事国だ」と言って、駐留米軍だけは戦うかもしれませんが、核の脅威がある戦場に米国本土から兵士を送ることはしないと思います(米国本土からのみならず、他のNATO加盟国に駐留する兵士も戦場には送らない)。実際は、アフガンのように撤兵という形で、当事国の駐留米軍も逃げ出すかもしれません。
中長期的に対ロシア経済制裁は効いてくるとは思いますが、誰も軍事的に阻止しようという意思がない中、短期的にはロシアの軍事的暴走を止めることはできないと思います。だからと言って、軍事的阻止に動いて全面戦争になることは望んでいません。

3.停戦の条件

今、優先すべきは、ウクライナの人々の命を守ること、これ以上の犠牲者を出さないことです。平穏な暮らしを取り戻してもらうことです。

事ここに至っての停戦合意は軍事侵攻前より、妥協条件が厳しくならざるをえません。
(1)ウクライナの中立国化
(2)クリミアのロシア主権承認(停戦後、平穏な環境の中で再度住民投票を行い、ロシアへの帰属が多数を占めた場合が条件)
(3)(詳細な範囲は別として)東ウクライナ(ドネツク州、ルガンスク州)の自治共和国化など自治権付与
(4)対ロシア経済制裁の段階的停止
(5)ロシア軍の即時撤退
が考えられます。

ロシアは(1)については、中立国化に加え、「非武装化」を求めています。また、(3)については、親ロシア派武装勢力が実効支配しており、ロシアが国家承認した「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の正式な独立国承認を求めてくる可能性もあります。
しかし、ロシアとして絶対に譲れないのが、NATO非加盟と(再度の住民投票結果に基づく)クリミアのロシア主権承認の2点だと思いますので、この(1)(2)2点の承認を条件として、まずは、暫定的停戦合意をする。一刻も早く犠牲者の拡大を止めなければなりませんから。
そして、対ロシア経済制裁の「段階的停止」を交渉材料として、非武装化の拒否と2州(人民共和国)の独立承認条件は自治権付与で妥協させ、ウクライナ側の絶対条件であるロシア軍の全面撤退を確約させ実行に移してもらう。また、NATO非加盟の先にはロシアの圧力による親ロシア派傀儡政権の樹立がありますので、ウクライナへのロシアによる内政不干渉を確約させる(国連から停戦監視団を送り、同時に内政不干渉の監視役も使命とする)というのが現実的な停戦条件になると思います。

このような条件を示すと、日本国内は勿論、世界中から批判を浴びることになると思っています。しかし、その批判をする方々には言いたい。「だったら、あなた方がウクライナに行って正義を叫び、場合によっては銃を取ってロシア軍の侵攻を止めてください」と。経済制裁を強化しても、ロシアが音を上げるまでの間はウクライナ人の血が流れ続け、ウクライナ、ロシア双方の罪もない一般国民の生活が困窮し続けるのです。

戦前、中国からの撤兵さえコミットすれば、米国との戦争を回避できたのに、軍部の暴走を止められず、あまたの犠牲者をだして国土も焼野原になってしまいました(因みに、ABCD包囲網を敷かれたので戦争に踏み切るしかなかった、という歴史観を持つ人がいますが、それは、原因と結果をはき違えています。中国からの撤退をしないから禁輸、禁油されてしまったのです)。また、誰がどう考えても敗戦間違いないのに「一億玉砕」を掲げ、大和民族が滅び去るまで戦おうとする危機もありました。一番悔やまれるのは、あと半年早く降伏していれば、沖縄戦も東京大空襲も広島・長崎の悲劇もなく、多くの命を救えたことです。

今、自分では血を流すつもりのない、米国、NATO諸国、世界の国々がいかに正義を叫ぼうと、短期的にロシアの暴走を止めることはできません。ロシアと血を流してでも戦い、正義を貫くという覚悟と実行がない中で、いくら正義を叫んでもロシアの非正義を正すことはできません。
しかし、今現実に命を奪われ、自分の街が、学校が、病院が、生活が壊滅状態になりつつあるのはウクライナであり、ウクライナの人々なのです。外野席から「気合を入れてメガホンで応援するから、ウクライナ頑張れ」と遠いところから正義の旗を掲げて叫ぶ国々、人々ではないのです。

事ここに至っては、ロシアの「力」に屈したと言われようとも、ウクライナの人々の命を守り、穏やかな生活を取り戻すこと以上に大事な正義はありません。

何故、私がここまで早期停戦にこだわるのか。それは、予見不可能なプーチン大統領が相手だからです。否、予見できることもあります。それは、ロシア通で有名な佐藤優さんから聞いた話なのですが、ロシア軍は非戦闘員も含め無差別に人を殺害しても何とも思わない傾向があることです。前々回のメルマガで「ロシアがシリア内戦に深く関与し始めたところ、一挙にアサド政権が勝利した」ことを紹介しました。それは何故か。戦闘中、例えば、女性や子供を盾にして敵方の戦闘員が抗戦している場合、普通は盾となっている人を殺傷しないように配慮しながら戦闘員だけを標的にしますが、ロシア軍は敵方戦闘員に加え、盾になっている女性や子供など非戦闘員を含む全員を無差別に一挙に殺害してしまうからです。このようなロシア軍ですから、プーチン大統領が、ウクライナを支援する欧米諸国への威嚇の意味も込めて、核の使用に踏み切る可能性を無視できないのです。
このようなロシア軍を相手にする中で、停戦が遅れてしまうと、ウクライナのどこかの都市が第二の広島・長崎になってしまう可能性があることを危惧するのです。プーチン大統領が相手です。一刻も早い停戦合意を成立させなければなりません。

またまた長くなってしまいましたが、最後まで読んで戴きありがとうございました。もうしばらく、ウクライナ情勢に関する私の叫びともいえる持論をお伝えしたいと思いますが、次回以降にさせて戴きます。

吉良州司