吉良からのメッセージ

2022年3月15日

ウクライナ問題を考える その8 核抑止力の非対称性

ウクライナ問題シリーズに対して、数多くのご意見を寄せて戴き、感謝の念に堪えません。特に、これまでの仕事や人生の経験上、相手との厳しい交渉の上、時に妥協を重ねつつ何とか合意に持ち込んでいた経験をお持ちの方々、また、私の社会人の原点である旧日商岩井の先輩後輩など、世界各地を見てきて、ところ違えば価値観も、時には正邪のありかたまで日本のそれとは異なる異文化の地で生活し、異なる価値観や文化を背景にする人々と交流、交渉を重ねる中で、相手の立場に立てば相手の主張にも一理あることを実体験してきた方々から賛同の声が寄せられていることに勇気を戴いております。

前回のメッセージで、一旦はウクライナ情勢が及ぼす世界のエネルギー事情への影響や日本のエネルギー安全保障に対する持論をお伝えし始めたところでしたが、いろいろな意見も寄せて戴く中で、今一度、停戦合意の必要性について本メルマガでお伝えします。「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は断じて許されない」という大前提に立っての考えであることはあらためて強調しておきたいと思います。

1.停戦を急ぐべし ゼレンスキー大統領の指導者としての判断の誤り

最近、罪のないウクライナの人々の悲劇、惨状の報道に接すると、怒りや悔しさや悲しみが込み上げてきて、とても見続けることができません。
何故ゼレンスキー大統領は、罪のない自国民の命が奪われ、国土が焦土と化し、生活が破壊され、多くの国民が国外へと逃避せざるをえない悲惨な状況に置かれているのに、「ロシアが悪い」「米国、NATOは結局助けてくれない」「どれだけ犠牲が出ようとも戦い続ける」などと、却って戦闘を深化長期化させかねないコメントを発出するばかりで、やっていることはSNSへの投稿や、西側向けのWEB出演だけであり、「停戦」に持ち込むための現実的効果的対応をしているようには見えません(停戦協議はしていますが)。ウクライナ大統領としての決断次第(中立国化の受諾+アルファ)で、すぐにでも国民を救うことができるのにと、怒りがこみあげてきます。
そもそも、歴史的、文化的、地理的、経済的に親西側と親ロシアとが拮抗していた複雑な国情を抱えるウクライナ国民の総意ではない(ロシアと武力衝突してまで)NATO加盟にこだわったことが、最大の原因であることがわかっていないのではないか。それゆえ、「大国ロシアを前に一歩も引かず勇敢に戦い続ける指導者」というパフォーマンスを演じているだけではないか。1000万人の避難民が出ると言われていますが、人口4600万人のウクライナ人中の女性、子どもの半分近くが国外避難を余儀なくされるということです。国民の命と生活を守る最高責任者としての責任を果たしてほしい、早く目覚めて、停戦に持ち込んでもらいたいと思います。

2.世界中から戦闘員を募集していることは間違っている

また、ゼレンスキー大統領が、世界から戦闘参加の「傭兵」を募集したことも最低の判断です。ロシアはリビア内戦への関与の際、シリアの戦闘員を募集し送り込んでいることは有名ですが、ロシアもウクライナ侵攻継続のため、シリアから戦闘員を募っています。この結果、シリアのアサド政権側だった戦闘員がロシアへ、反アサド政権だった戦闘員がウクライナへと渡り、現在のウクライナがシリア内戦の飛び地化しそうな状況です。
ウクライナの人々が難民化している状況の中、難民化したシリア人が傭兵として代理戦争を行うことについて、何も想像できなかったのか、残念でなりません。傭兵たちは、生きていくため、お金のために戦闘参加しますので、戦闘が終わってしまうと食いっぱぐれて困るので、状況をより複雑化します。更には、ウクライナ紛争が終結した後、生きていくためにテロ組織に参加しかねません。傭兵募集は最悪の判断です。

3.ウクライナを大戦末期の日本の二の舞にしてはならない 日本自体の救済策 

一刻も早く停戦しないと、ウクライナが、我が国の最も辛い歴史である、沖縄戦、東京大空襲、広島・長崎の原爆投下、ソ連参戦の二の舞になってしまいます。
現に、ロシア軍の侵攻や占領が進むウクライナ東部、南部、東北部、キエフ周辺のみならず、一昨日は、西側国境付近の軍事施設まで巡航ミサイルの攻撃対象となり、本土空襲からはじまる日本の第二次大戦末期の状況に近づいてきていると危惧します。
日本政府には、日本の第二次大戦末期の広島・長崎の悲劇を含む歴史的苦難を例に引きながら、米国、G7、西側諸国と歩調を合わせるではなく、日本独自の経験と論理で以ってゼレンスキー大統領に停戦を促してもらいたいと思います。

また、具体的なウクライナ国民救済策として、世界の豪華客船や客船を至急、日本政府がチャーターし、現在、欧州やその近くにいる客船はすぐにでもポーランドやドイツに仕向け、日本やアジアにある客船を直ちに同地に向かわせることが、もっとも効果的だと思います。食料を十分に積み込み、医療・介護体制を完備させた客船に難民を迎え入れ、病気や疲れや健康を回復してもらうのです。更には現在は需要激減で待機している民間航空機を日本政府がチャーターし、できれば自衛隊パイロットの操縦により、ポーランド、スロバキア、ルーマニアなどに派遣することも必要だと思います。これらの客船や航空機に迎え入れた難民はそのまま日本で受け入れてもいいと思います。

4.停戦合意の条件

停戦合意に必要な条件として「ウクライナ問題を考えるシリーズ第4弾」において、
(1)ウクライナの中立国化(ロシアは、これに加え、ウクライナの非武装化を要求)
(2)クリミアのロシア主権承認(再度の住民投票条件)
(3)東ウクライナ(ドネツク州、ルガンスク州)の自治共和国化など自治権付与
(4)対ロシア経済制裁の段階的停止
(5)ロシア軍の即時撤退
を挙げました。
軍事侵攻前であれば、NATO非加盟か中立国化だけで軍事侵攻を回避できたかもしれませんが、今となっては停戦の値段は大きく吊り上がっており、上記のような厳しい条件を飲まない限り停戦合意には至らないと思います。
 
5.ロシアによるウクライナの非武装化要求への対応

上記停戦合意条件の中で、一番難しい問題は、ウクライナの非軍事化、非武装化を求められていることです。
この条件は、中立国化(プラス、クリミアのロシア主権承認や東ウクライナ2州またはロシア武装勢力支配地域の自治権付与等)により、降ろしてもらうのが一番いいのですが、もし、非武装化にこだわる場合、停戦のためには形を変えて飲まざるをえないと思います。
形を変えた非武装化とは、ウクライナ軍隊の解散は拒否するが、中立国ウクライナの安全保障は国際社会が請け負う仕組みとすることです。
もう少し具体的にいえば、国連を中心として、ロシア、NATOにもコミットしてもらう形で、「ウクライナの安全」を保障することです。
ウクライナとロシア間で「ウクライナ・ロシア平和条約」を締結する。その中で、ウクライナの中立国化、および、ウクライナ、ロシア双方による不可侵条項を盛り込むのです。ウクライナがNATOに加盟しないことをロシアに示すために、ウクライナとNATO間で中立条約を締結することも考えられます。
国連中心でウクライナの安全を保障するということは、国連の安全保障理事会の常任理事国であるロシアも保障することを意味します。ウクライナ軍の非武装化には応じず、同軍を解散しませんが、同軍の軍備・兵員の増強、武器調達、軍事訓練などは、ロシア、NATOの関与の中で、国連安全保障理事会が承認する範囲内においてのみ可能とするような枠組みです。この枠組みは未来永劫とはせず「暫定20年」といった期間限定の合意にできればベストです。
国連安全保障理事会の承認については、ロシアが拒否権を行使すれば何の意味もないという意見が出てくると思います。しかし、ロシアに対して停戦に同意させるためには、飴が必要です。この枠組みであれば、ロシアが国際社会に復帰することを国際社会も認めることを意味します。ロシアといえども、経済制裁が続けば国が疲弊し、ロシア人の生活が困窮することがわかっていますので、「顔が立つ」形での国際復帰を望んでいるはずです。

6.核抑止力は非対称であり、ロシアの暴走を食い止めることは難しい

吉良の持論は到底許容できない。あまりにロシアに甘すぎる、との批判が出ることは承知しています。
それでも私が、ロシアの立場への理解を示しながら、いわば、ロシア懐柔策、ロシア宥和策を主張するのは何故か。
まず、米国やNATOが軍事介入から逃げ回っているのは、第3次世界大戦を避けたい、核戦争を避けたい、ことが最大の理由であることは論を待ちません。特に、米国、NATOが恐れることはロシアによる核攻撃です。
米国、NATOも核攻撃に対する抑止力として核を保有していますが、西側が人道を大事にしている一方、プーチンの無謀さを目の当たりにして思うことは、核抑止力は「非対称」であり、西側の核抑止力は事実上機能しないということです。
プーチンは人の命も人権も無視して、必要なら核攻撃もやりかねませんが、西側諸国の核は、ロシア人に対しても人道上、使用しない、できないと思うのです。従って、西側の核による攻撃能力が抑止力にはならないのです。
今回のロシアのウクライナ侵攻までは、「人間の持つ理性」がぎりぎりのところで核戦争を回避できる、自分も核で攻撃されるとなれば、自分から使用することは思いとどまる、という理性を前提として、核抑止力が成り立っていました。しかし、プーチンを目の当たりにして、誰でもが人間としての理性が抑止力にはならないことが明らかになってきているのです。
このような核抑止力が非対称である状況の中で、ロシアの悪を非難し、経済制裁を強化しても短期的には何の解決策にもなりません。長期的には経済制裁が効果を発揮してくるとは思いますが、今現在の犠牲者増加を回避するには、ロシアの顔も立つ解決策を提示して停戦合意に持ち込むしかないのです。

7.停戦合意のために、ロシアの言い分の正当性も考える

ロシアの顔が立つ論理、事例を考えたいと思います。
今進行中のウクライナ戦争の原因として一番責められるべきは、圧倒的にプーチン大統領ではありますが、同時に私は、米国の理解力、応用力、寛容さのなさも大きな原因だと思っています。

(1)1962年キューバ危機 (米国にとってのキューバはロシアにとってのウクライナ)

キューバにおけるソ連軍の(米国を標的とする)ミサイル基地建設を阻止するために、米国が軍事的に海上封鎖したのがキューバ危機です。米国の喉元に位置するキューバからソ連のドスを突き付けられたら怖くて仕方ないので、それを阻止した事件です。
今回、ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシア向けのミサイルや核が国境を接するウクライナに配備されてしまうと怖くて仕方ないと危機感を持ったロシアが断固それを阻止しようとしました。米国とロシアとの直接交渉において、ウクライナのNATO非加盟を強く求めたロシアに対して米国はゼロ回答でした。米国のゼロ回答を確認した時点でロシアはウクライナへの侵攻を決断したとみています。

(2)9.11同時多発テロ以降の米国の対外政策は間違いだらけ

今の米国は問題解決のための冷静な判断能力を失っているように思えます。
9.11同時多発テロ以降の米国は間違った判断ばかりしています。その最たるものがアフガン戦争、イラク戦争、シリア紛争、とどのつまりはトランプ大統領を誕生させてしまったことです。国内政治向けのために、たとえば、イラン核合意から何らの違反もしていないイランへの経済制裁を発動し、罪のないイラン国民を苦しめ、緊張を高めてしまいました。
正義を掲げ、叫びながら、その実、やっていることはダブルスタンダードのオンパレードです。
大量破壊兵器を隠し持っているとして攻め込んだイラク戦争は「力による一方的な現状変更」ではないのか。タリバンの人権を追求するのなら、トルコにおいてカショギ氏を惨殺したサウジアラビアの人権軽視も厳しく問うべきではないのか。何故、サウジアラビアの女性の人権に異議を唱えないのか。全て米国の世論と国益が判断基準であり、人権外交も都合がいい時だけ人権を持ち出し、都合が悪いと黙認します。
そんな間違いだらけの米国であっても盲目的に米国追従することが国益だと信じ込んでいるのが日本です。米国追従が「保守」であり、日本の安全保障だと短絡的に考えています。思考停止の状態です。

(3)バイデン大統領の「ロシアが武力侵攻しても米軍派遣せず」発言は最悪

今回のロシアによる武力侵攻の一因は、バイデン大統領による「ロシアが武力侵攻しても米軍派遣せず」発言です。ロシアの武力侵攻を招いてしまったという点においては、侵攻の直接的な引き金になったともいえるでしょう。「武力侵攻するなら、米国としても武力で対抗する」とまで言う必要はないかもしれませんが、少なくとも「武力で対抗するつもりはない」と断言してしまえば、ロシアに対して「どうぞ攻め込んでください」と言っているようなものです。
抑止力とは、やったら、やり返されるという恐怖心が自省を促す力です。やり返される心配がないのなら、力に任せて好きなようにやらせてもらいます、という環境を提供しているようなものです。抑止力にはなりません。
何度も繰り返して恐縮ながら、抑止力を誇示することも、軍事力を行使するつもりもないなら、軍事力を行使してでもウクライナのNATO加盟を阻止するというロシアの強い意思を事前に見極め、ウクライナのNATO加盟を諦めさせることこそが、今回の軍事進攻を回避する手段であったと思っています。米ロ直接交渉における米国のゼロ回答が軍事侵攻の最大の原因であることを冷徹に認識すべきだと思います。
 
(4)コソボ紛争時のNATO空爆に対する米国在住セルビア人の怒り

私は米国駐在時、一軒家を購入していました。時々リフォームをやりましたが、家の外壁のペンキを塗ってくれたのはセルビアからの移民1世でした。
1998年当時、NATOがコソボ(セルビア)を空爆していたことに対して、仲良くなったセルビア人は次のように憤っていました。「米国は人道のための空爆だと言っているが、人道に反することなら、中国のチベット人やウイグル人に対してもやっているではないか。ロシアの対チェチェンもひどいものだ。しかし、米国はセルビアに対し空爆するが、中国やロシアには空爆しない。セルビアが小国で軍事的に弱く、中国、ロシアが強いからだ」と。

ウクライナ紛争においても、結局米国は軍事大国、核大国ロシアに対しては抑止力を持っていないことが明らかとなりました。上述した「核抑止力の非対称性」があるので、罪のないウクライナ人がこれ以上犠牲になることを回避するためには、ロシアの顔を立てる妥協をしてでも早期の停戦を実現しなければならないのです。
今回は特別に長いメルマガでしたが、最後まで読んで戴きありがとうございました。

吉良州司

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