ウクライナ問題を考える その9 今一度停戦合意の必要性
ウクライナの戦況は膠着状態が続いています。ロシア軍の計画・運用の甘さ、兵士の士気のなさ、一方、ウクライナ軍の士気の高さ、NATOのインテリジェンス情報提供協力により、ロシア軍の将官の殺害やピンポイントで的確、効果的にロシア軍の補給ロジステイックスを攻撃しているなど、ウクライナ軍が巻き返しに成功していることに世界中が拍手喝采を送っています。日本の報道やその報道に登場する解説者が「ロシア専門家」ならまだしも、「軍事専門家」が数多く登場して戦況や兵器の解説を行い、視聴者をして戦争ゲームをしているような錯覚を起こさせる報道番組に堕していることは残念でなりません。最近でこそ、「停戦合意」に必要な条件は何か、どうすればその環境を整えることができるのかといった議論が為されてきましたが、日本の世論も早く「ロシアけしからん」論から「どうやって一刻も早い停戦を実現するのか、その際、日本は何をすべきなのか、何ができるのか」の議論とその実行方法論が中心になってほしいと思います。
一刻も早い停戦合意が必要なのは、言うまでもなく、ロシア軍が劣勢となり、ウクライナ軍が優勢攻勢になればなるほどロシアによる生物・科学兵器や核兵器使用の可能性が高まるからです。また、今は世界中がプーチンを徹底的に叩きのめしたいと激高していますが、それでも停戦合意のためには、不条理ではあっても、ロシア、プーチンの顔も立つような落としどころに落とさなければならないと思うからです。
ウクライナ・シリーズその4とその8において、私が考える停戦合意の具体的内容について既にお伝えしていますが、それ以降の新たな変化があります。それは、ロシア侵攻が計画通り進まず、キエフの制圧が厳しくなりつつある中、ロシアの主眼は、マリウポリはじめ黒海沿岸域における「ロシアークリミア回廊」の制圧と実効支配に移ってきていると思われることです。この回廊の実効支配の意図は、(ロシア領とクリミアは既に橋をかけることで直接繋がっていますが)戦車など重量車両や車体の長い特殊車両などは通れませんので、陸路で繋ぎたいこと、また、マリウポリは黒海内の内海であるアゾフ海の重要港湾都市、黒海北西岸のオデッサはソ連時代からの最も重要な国際港湾都市であり、ロシア帝国以来の南下政策、不凍港獲得政策として、これらの国際商業港をわがものにしたい(クリミア併合によりセヴァストポリ軍港は既にロシアの実効支配化にある)と目論んでいると思われます。それゆえ、ロシアークリミア回廊が実行支配される前の停戦合意が必要です。しかし、同時に、ロシアとウクライナ両国で世界の小麦輸出の3割を占め、その輸出はオデッサ港発が中心であることを考えると、黒海沿岸の国際港湾の管理・利用に関する新たな合意形成も必要だと思っています。
このように私は妥協をしてでも停戦の合意形成が必要だと思っていますが、昨日のNATO会合の報道を見て不安になりました。米国を中心とするNATOは「太陽と北風」で言えば、「北風」対応しか考えていないと思えるからです。実に嫌な気分になったのは、第二次世界大戦の最終盤も連合国(その中心がドイツを除く現NATO諸国)がこのようにして会合し、ドイツ、日本を徹底的に叩きのめすことを話し合い、(最終的に決めたのは連合国中の米英だけかもしれませんが)日本への原爆投下を決定し、実行したのか、と思えたからです。
また、同時に、米中覇権争いと言われる如く、米国は徹底して中国の台頭を押さえつけようとしているこの時期に、「中国はロシアに対して軍事的、経済的に支援をするな。一緒になって対ロシア制裁に加わってくれ」と言う米国の対応から、「クリミア半島のヤルタ」において、当時の米英からすると「天敵」であったはずのソ連に対して、北方領土の領有を条件に対日参戦を促したことも思い出しました。当時のソ連が今の中国です。日本にとって歴史上、最も苦い経験です。
プーチンの顔を立てるなどの主張は誰も納得するとは思いません。しかし、ウクライナの地政学的位置づけからして、ロシアの顔も立てる解決策でなく、ロシアを叩きのめす解決の場合には、怨念が怨念を呼び、ロシアーウクライナ間国境は未来永劫緊張が続き、冷戦時代のように心安らぐ平穏な日々が訪れることはありません。
それ故、ロシアークリミア回廊を軍事的制圧により既成事実化される前に、
1)ウクライナの中立化(NATOへの非加盟)、
2)非武装は盛り込まず
3)クリミアの帰属は国民投票または住民投票による(ロシア帰属を望む投票が多ければロシア帰属を認める。ウクライナ側は憲法に基づいて、全国の国民投票を主張すると思われ、ロシアがそれを飲むならそれがベスト。ロシアがクリミア住民の住民投票に固執する場合は、住民投票で構わないと思う。国民投票、住民投票のいずれもロシアが拒否した場合は、ロシア帰属を認めざるをえないと考える。)
4)ウクライナーロシア間の(相互不可侵を盛り込んだ)平和条約の締結、
5)国連(安全保障理事国)によるウクライナの安全保障、
6)ドネツク州、ルガンスク州(または2州内の親ロシア派勢力の支配地域)の自治権供与、
7)黒海沿岸の国際港湾をロシアも使えるようにする仕組みづくり、
8)ロシア軍の即時撤退、
9)経済制裁の段階的解除
などを主要条件とする停戦合意を成立させ、これ以上犠牲者を出させず、平穏な暮らしを取り戻してもらいたいと思います。
吉良州司