バイデン大統領の訪日に思う(ウクライナ後の世界を生き抜くために)
長いご無沙汰お許しください。この間、ウクライナ情勢の推移や各国の対応を見守りながら、あれやこれや考え続けていましたが、なかなか頭が整理できませんでした。
最近のウクライナ関連報道は軍事的な戦況情勢分析が主流ではありますが、私が最初の頃に発信していたウクライナの歴史的、民族的背景などについてもかなり詳細に伝えられるようになっており、ウクライナ問題を論じる大前提の事実認識は共有できるようになっていると思っています。
ロシアの誤算、ウクライナ軍の善戦が伝えられ、「ウクライナ頑張れ!ロシアを追い出せ!ロシアを軍事的、経済的に追い込んで、プーチンを失脚させろ!」といった論調、世論が強くなる中、停戦合意を追求する声は小さくなり、軍事的、経済的にロシアを打ちのめす、ことが目的化する国際世論、国内世論になっています。
最近の大きな国際的な安全保障上の動きは、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請(米国や西欧諸国が歓迎する一方、トルコは賛成しない意向を表明)があります。
アジアに目を転じると、バイデン米国大統領の訪韓、来日による対中国抑止力の確認、台湾海峡有事の米国の軍事介入コミットメント、IPEFの提唱と18か国による賛同表明、米国によるASEAN諸国との連携強化を模索する動き、クワッド(米日豪印4か国)首脳会談の開催など、ロシアのウクライナ軍事侵攻後の国際秩序をどう構築していくのか、アジア地域においては中国の対外的強硬路線をどう抑止するのか、台湾海峡有事にどう備えるのか、といった問題意識を前提にした急速な動きが米国を中心に繰り広げられています。
バイデン政権による「焦り」とも受け取れる安全保障や経済連携に関する一連の動きにつき、私は二つの点で心配しています。ひとつは、バイデン大統領の発言の軽率さ、二つ目は、世界は常に「常ならず」「無常」だということへの認識と備え(リスクマネジメント)です。
まず、バイデン大統領の軽率な発言は現在、将来の禍根の種です。ウクライナでは、ロシアの軍事侵攻前に、軍事的介入を早々と否定してしまったかと思うと、訪日時には台湾有事に対する軍事的介入を明言するなど、台湾発言については、心配したホワイトハウスの事務方が事実上大統領発言を修正していますが、大統領発言としては、内容やタイミングがハチャメチャです。恐らく、ウクライナの軍事的非介入発言が軍事侵攻の引き金になったとの批判を意識しての、また、台湾有事でも米軍は結局軍事介入せずに、ウクライナと同じく武器供与、情報提供、経済・財政的支援にとどまるのではないかという憶測を打ち消すための(台湾有事軍事介入)発言だと思いますが、ウクライナ戦争が現在進行形であり、中国によるロシア支援を阻止、軽減すべき今のタイミングですべき発言ではありません。
それでなくても中国は「接近阻止・領域拒否(Anti-Access Area Denial,= A2AD)」と米国側から呼ばれる戦略(中国が台湾を武力解放する際、米軍、特に米国海軍の空母機動部隊の東シナ海、台湾海峡、バシー海峡、南シナ海等からの介入を阻止・拒否する戦略)を前面に押し出しており、米軍が介入した際の質的量的撃退能力を高め続けています。
対ロシア、対中国の二正面対応を余儀なくされる今の米国ですが、このバイデン大統領発言により、中国をより強くロシアに接近させる可能性、また、米軍を撃退するための軍事力を更に増強させる結果になる可能性が高くなることから、米国、日本にとって決して得策ではありません。
二つ目ですが、世の中は常に「常ならず」という箴言に照らすと、現在のバイデン政権の約束、コミットメントに日本をはじめ欧州やアジア諸国が反応し過ぎることも心配しています。
「ゆく川の流れは絶えずしてしかも元の水にあらず。よどみに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消え且つ結びて留まりたるためしなし。人と住み家とまたかくのごとし」。私は鴨長明の「方丈記」の冒頭の格調高い内容とリズムが大好きです。同時代の「徒然草」も含め、日本の先達が私たちに教えてくれる知恵は「世は常ならず」、世の中は絶えず変化し続けるもので、今現在がいつまでも続くと思う浅慮を戒めています。
現在の国際社会の無常の最たるものは米国の動向です。米国の国際社会に対する責任感、使命感の低下、米国に対する国際社会の信頼性の低下、その背景にある米国社会の分断、それに伴う世論の大きなぶれ。この結果、一体誰を大統領に選ぶのか、少なくとも、選ばれているのは米国大統領であり、嘗てのような世界のリーダーを選ぶ大統領選挙ではなくなっています。言うまでもなく、非良識、非常識なトランプを大統領に選んでしまったことが最大の禍根であり、この信頼性の低下の修復には50年、100年を要するかもしれません。
そのトランプが再び大統領になってしまうことを私は恐怖とすら感じています。
今週秋の米国中間選挙では恐らく与党民主党が上下両院とも過半数を失うことになると思います。そうなるとバイデン政権の残り2年間は何も決められず、実行できず、レームダック化していきます。その結果、次期大統領選挙では共和党候補が有力となり、場合によってはトランプが大統領に復帰する可能性もあります。中間選挙時にトランプが応援する上下両院の候補者がどれだけ当選するのか、トランプの影響力を推し量る中間選挙、次期大統領選挙に再びトランプが出てくるのか、トランプ復帰の可能性がどこまであるのかを占う大事な中間選挙になると思います。
もしトランプが大統領に返り咲いたとなると、一期目にTPP離脱、パリ協定離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)は米国の生産と雇用がメキシコに奪われているとして見直しを主張し、「米国、メキシコ、カナダ協定:United States–Mexico–Canada Agreement=USMCA」として改変、協定(合意)に何ら違反していないイランに対して米国内の選挙を意識してのイラン核合意からの一方的な離脱、と何の脈略もなく、前政権が約束したことを悉くひっくり返す愚を繰り返しました。
今現在一番気がかりなのは、当時、欧州諸国がGDP比2%防衛費を達成していないとして当時のトランプ大統領はNATO離脱の可能性にまで言及していたことです。
トランプが大統領に復帰した場合には、NATO離脱の可能性もゼロではありません。それを考えると、フィンランドやスウェーデンのNATO加盟判断は、米国中間選挙後でもよかったのではないか、と思えるほどです。
トランプ政権時の大きな政策判断材料は「オバマ政権時の政策を全てひっくり返す」ことでしたので、前回の大統領選挙で敗れたバイデン政権の政策や約束事を全否定し、ひっくり返す可能性も十分あります。
現在のバイデン政権が打ち出している政策、構想が2年半後にひっくり返る可能性があるとの「無常」を意識し、リスクへの備えを万全にしながら現在のバイデン政権からの要請に応えていかなければならないと強く思います。盲目的に米国に追従するのではなく、現在、将来の国益を見極めながらのしたたかな外交が必要です。
吉良州司