サハリン2対応で示された、国から民間企業への「要請」について思う
ロシア極東LNGプロジェクト「サハリン2」は「サハリンエナジー」社(露ガスプロム50%+1株、英シェルが27.5%、三井物産12.5%、三菱商事10%)が運営していましたが、ウクライナ侵攻後に日本政府(および英国等西側諸国)が対ロシアに非友好的対応をしているとして、ロシア政府は新たな運営会社「サハリンスカヤ・エネルギヤ」を設立し、既存外資に対して、新運営会社への出資継続の有無を突き付けていました。
このロシア政府の踏み絵的・脅し的要請に直面した日本政府は三井物産、三菱商事に出資継続(権益の維持)を要請していましたが、出資継続に伴う諸条件についてはよくわかっていません。しかし、8月2日にロシア政府が生産物を引取る権利は継続されると表明したこともあり、両社とも最終的に新運営会社への出資を決断したのだと思います。出資継続に伴う、既存株主間協定の変更の有無を含む諸条件については、今後、ロシア政府側がどのような条件を提示してくるか、それを受けて両社(+英シェル)がどう決断するかにかかっています。しかし、まずは出資継続の意思表示をして入場券を買い、次の条件交渉部屋に入ることを決断したと思われます。
私は両社の大英断を高く評価します。純粋なビジネス上はとてもリスクが高く、決算上は、新運営会社への出資を迫られた時点で既に損失計上しているのです。それでも出資継続を決断したのは、国益への貢献、特にエネルギー安全保障へ貢献が多大なプロジェクトであり、そのようなプロジェクトを推進していることに誇りを以っているからだと思います。更には先人の血の滲むような努力の結果実現したプロジェクトであり、先人の努力を無にしたくないことも大きな要因ではないかと思っています。民間会社である以上、ステークホールダーに対する責任は重大で、「それいけどんどん」の暴虎馮河であってはならないのですが、大きなリスクを負っても尚プロジェクトを実現成功させようとするのは日本の総合商社ならではの醍醐味であり、矜持だと思います。
日本政府が、G7をはじめ西側諸国の対ロシア対応の乱れへの懸念が生じる可能性がある中でも継続方針を示したことも大変高く評価しています。私自身も国会の委員会において、サハリン2権益を維持すべきであるとの意見を表明していました。
但し、この種の日本政府の民間企業への「要請」については注意を要します。責任所在が曖昧だからです。忖度の極みでしょうか、日本政府の「要請」は、本来「お願い」であるはずなのに、日本の(政治を含む)官と民の関係では、ある種の強制力を伴うからです。日本という国家の為、政治目的のためにこうしてほしいとの「お願い」なのですが、その「お願い」は、政府が法的責任や民間企業が被る損失責任を取らない形であり、最終的には民間企業の判断次第だと、責任は民間企業に取らせるからです。
話は一旦飛んでしまいますが、そもそも、原子力政策は、資源がない我が国における電力安定供給、エネルギー安全保障の要として、また、東京電力福島第一原子力発電所事故(3.11)以前は脱炭素の中心技術として、国策で推進してきたはずです。
「国策民営が原子力政策の要」でした。国策である以上、本来は国が責任者です。
しかし、「国策」として計画から建設・運営に至るまで許認可権を盾に指導・口出ししてきた国、経済産業省は、3.11後は逃避行を決め込んで、逃げて逃げて逃げまくり、責任を東京電力のみに押し付けてしまいました。裁かれる側であるはずの国、経済産業省が裁く側に回るのですから、国策に貢献すべく、国の指導に基づいて原子力発電所を建設・運営してきた電力会社はたまったものではありません(東京電力に責任があること、その責任を免れえないことは当然ですが、東京電力だけに責任を負わせる国の姿勢に対して大きな疑問を持ち続けているのです)。
話は戻って、よく先進国が掲げる共通の価値として「法の支配(法治国家)」がありますが、中国は「人治国家」などと言われます。この点、日本は「世論の支配」「同調圧力の支配」と言っても過言ではないでしょう。戦前の「非国民」など好例です。
最近は腹の据わった政治家が少なくなりました(天に唾する表現かもしれませんが、お許しください)。既に決定した、ある国家的方針に反対するような世論、それも、マスコミがつくりだす雰囲気が同調圧力となって一本調子の世論が形成されてしまうと、(過去に決めた方針通りに遂行すると)次の選挙に勝てないとか何とか言って、過去の方針を撤回して、世論に迎合してしまう傾向が強くなってきました。政治が世論迎合の服を着て歩いています。
私が国会議員となって新鮮な驚きと感動を覚えたのは、国会議員は日本の最高峰の叡智に触れる機会が多いということでした。学者や官僚や経済人やNPOの最前線のプロなど、その道の最高峰の専門家の経験・識見・叡智に触れ、勉強することができるということでした。目にしたい資料は国会図書館を中心にどんな資料でも入手して勉強することもできます。
一方、国会議員は国民に選んでもらう立場、国民の意見を代弁する立場として、国民の意見に真摯に耳を傾けなくてはなりません。それが一番の使命です。
しかし、上述したように、その道のプロの意見を聴ける立場であることから(上から目線ではなく)、圧倒的に質の高い情報を基にした判断ができる立場にあります。その判断は、そのような質の高い情報に触れる機会の少ない一般国民の判断と異なる場合も出てきます。
そのような場合には、専門家の意見も踏まえてあるべき方針に至った判断、方針、政策について、粘り強く、国民の理解を得るための周知活動をし続けることが第一です。しかし、選挙区内といえども全有権者に詳細を周知することはそう容易ではありません。それゆえ、一番大事なことは、日常時は勿論、選挙時であっても、あるべき方針について訴え続けることであり、安易に同調圧力的世論に迎合しないことです。周知活動や選挙時の訴えの結果として有権者に理解してもらうことを第一とし、安易に世論迎合しない姿勢を貫くべきだと思います。
これらのことは、今後国民的議論が沸き起こってくる「エネルギー安全保障」やウクライナ戦争を受けての対ロシア外交やウクライナ支援のありかた、更には、台湾有事に備えた防衛のありかた、など国家的課題に直面する今だからこそ重要だと思い、敢えて問題提起するものです。
最後に今一度、今回のサハリン2に関する国の「要請」について、国、経済産業省は民間企業にだけその責任を負わせることのないよう不退転の対応をしてもらいたいと思います。そして、政治家、国会議員は、自分たちもその道のプロとして、高い見地から、今回の国と三井物産、三菱商事の判断を尊重し、将来、世論がどう変化しようとも、その判断、決断を守り抜く覚悟を持ち続けるべきだと思います。
吉良州司