吉良からのメッセージ

2023年1月31日

エネルギー安全保障、特に電力逼迫問題について その2

前回のメッセージで電力逼迫問題の核心は「電力システム改革」の失敗にあり、再改革する必要性についてお伝えしました。「競争の促進による電気料金上昇の抑制」を目指した電力システム改革だったはずなのに、結果として電気料金は高騰し、一番重要であるはずの電力の安定供給が危機に瀕している」とお伝えしました。
今回は、前回と重複する部分もありますが、電力システム改革の失敗により電力の安定供給確保が危機に瀕してしまった、その背景についてもう少し深堀りします。

1.「電力システム改革」により電力供給能力が低下した

電力の安定供給が危機に瀕している原因は、(1)安定供給よりも競争原理を優先しようとしたから、(2)地球環境保護の観点から、一刻も早くカーボンニュートラルなど理想形のエネルギーシステム社会を実現したいという期待や焦る気持ちはわかりますが、そこに到達するまでの移行期間に必要不可欠な火力発電が過度に悪者扱いされた結果、火力発電の多くが廃止され、発電供給能力が大幅に減少したからです。決してウクライナ戦争が原因ではありません。

2.何故、火力発電の多くが廃止されたのか ~稼働率の低い設備が廃止に~

何故、火力発電の多くが廃止されたのでしょうか。勿論、老朽化した設備はもともと廃止される運命にあります。しかし、大手電力会社(旧「一般電気事業者」)に対する「化石燃料を燃やしてCO2を大量に排出する火力発電所をいまだに稼働させているのか。けしからん。早く廃止しろ!」という世論の風当たりは極めて強く、次に掲げる理由とも相俟って予定よりも早く廃止せざるを得なかったからです。

電力システム改革(発電、配電部門の自由化と卸電力市場の形成)の結果、大手電力会社は競争原理の中で新電力と顧客獲得競争を強いられるとともに、より安い電気を電力卸市場に供給しなければならなくなりました。そうなると、特定の季節や一日の特定の時間帯の電力需要に対応してピーク時だけに(真夏の甲子園の準々決勝の時や真冬の大寒波の時など)発電するような、稼働率の低い火力発電所は投資効率が悪く、採算性に照らして維持できなくなったからです。

ベースロード電源である水力、原子力、石炭火力などは原料が安いことに加え、365日、24時間稼働するので投資効率が高い(競争力がある)のは当然のことです。一方、1年間に数十時間しか稼働しないようなピーク時対応発電設備でも、初期投資額に加え、その数十時間のために人員を常時配置し、メンテナンスも必要なので、その維持管理コストは莫大なのです。

また、地球環境対応を迫られる中、「CO2排出量の多い火力発電所を廃止しました」と発表できれば世間の受けがいい、というおまけまで付いてしまうので、会社経営上、廃止は極めて自然且つ妥当な判断なのですが、国全体の電力安定供給には不安を残してしまいます。

3.安定供給に対する責任感がない一部の新電力

新電力の中には、東京ガスなどのガス会社やENEOSなどのエネルギー会社がその代表ですが、自前の発電設備で発電した電気を顧客に売る会社もあります。一方、自らは発電設備を所有せず、電気の卸市場(複雑ゆえ詳細説明は割愛)や大手電力会社から電気を購入して顧客に売る会社があります。

帝国データバンクの調査によると、2021年4月時点で706社あった新電力の内、2022年11月の時点では、22社が倒産、33社が撤退、91社が新規申込み受付停止の由。ほぼ全てが発電原料の高騰とそれを理由とする卸電力市場価格の高騰が原因です。
世界情勢が政治・経済的、軍事的に安定している状況が続いていれば契約通りの安い電気を供給できたのでしょう。しかし、その前提が崩れると契約履行ができなくなり逃げ出してしまいました。「いいとこ取り」だったのです。新電力の中には厳しい経営環境でも我慢強く契約履行している会社もありますので、全ての新電力がそうというわけではありませんが、電力安定供給への責任感がなかったのが撤退した新電力会社だったと断ぜざるをえません。

契約した新電力の撤退により電力供給元を失い難民化した電力顧客は、駆け込み寺としての大手電力会社にその供給を要請します。大手電力会社は、撤退した新電力に(安い電気料金で)その顧客を奪われていたのに、撤退の尻ぬぐいを要請されるわけです。安い電気料金は受諾しないものの電力供給については受け入れています。
大手電力会社からすると「ばかばかしくてやってられるか!」というのが本音でしょうが、電力安定供給責任を持つ最後の砦として最終的には受入れているのです。

そもそも、地形、気候、隣国との電力系統連携、化石燃料資源の有無など国情が全く異なる欧米のシステムを理想型の電力システムとして導入した経済産業省の責任は極めて重大です。なぜなら、電力システム改革が結果として電力の安定供給を危機に陥れてしまったからです。

4.日本の国情では電力の安定供給が優先する ~その担い手は大手電力会社~

大手電力会社は、電力システム改革前までは、地域独占、総括原価(かかったコストを電気料金に反映できる仕組み)を前提とした(発電、送電、配電の全てを所有・運営する)垂直一貫経営の中で、特権的な地位を築いていたことは確かです。
「長期政権は必ず腐敗する」という言葉があるように、特権的地位が長年続くと奢りが出てくるものです。東日本大震災の前までは、各地域の経済連合会の会長は大手電力会社の会長が就任することが多く見られました。世間はその「特権的地位」に対して問題意識を持っていたでしょう。
その意味において、大手電力会社の特権的地位をなくし、地域独占、総括原価がもたらすマイナス要素を是正していくことも電力システム改革の大きな目的であったと思います。その意図は理解できます。

しかし、大手電力会社は、台風が来ようが、槍が降ってこようが、どんな時でも電力を安定供給する責任を果たし続けていました(東日本大震災直後における安定供給の責任については、非常に複雑な背景がありますので別の機会に説明します)。

地震、台風、豪雨大雨、豪雪、これだけ自然の猛威に毎年晒される(最近は50年に一度といわれる災害が毎年発生する)我が国において、更には、需要に応じて柔軟に供給量を調整できる火力発電の原料をほぼ全量輸入に頼る我が国において、電力安定供給の担い手は、どんな自然災害や政治経済的、軍事的な世界情勢の変化が出現しようとも柔軟に対応できる、経営が安定した会社が求められるのです。

自然災害大国、資源小国の我が国においての電力安定供給は長期に亘って安定した経営の会社に責任を持ってもらわなくてはなりません。それは、上記理由に加え調整電源として必要不可欠な火力発電の原料となる液化天然ガスなどの資源開発において、その資源の長期安定的引取り手(買手)としても絶対的に必要なのです。

前回メッセージの最後に「次回「その2」では、1)災害対策や絶対量の安定供給という観点から、総合力、垂直一貫体制を持った大手民間電力会社の存在が必要であること、2)過渡期、移行期は原子力の活用もやむを得ないが、将来的にはより安全性の高い核融合発電の実用化が必要であること、などにつきお伝えしたいと書きましたが、今回、電力安定供給危機の原因について深堀してしまったので、まだまだそこに行きつきません。書けば書くほど、更にお伝えしたい大事なことを思いついてしまいますので、この電力逼迫問題シリーズはあと数回必要になりそうです。
次回は、上記資源開発における大手電力会社の必要性と合わせ、安定供給に資する方向性についてお伝えしたいと思います。

本稿の最後に一言。
今回のメッセージ読者は「吉良州司はえらく大手電力会社に肩入れしているな。その一方、自由化により競争原理を導入して、安い電気を国民に届けようとした経産省や新電力にはえらく厳しく当たっているな」と思われるかもしれません。
しかし、私は誰かに肩入れするとか、また、厳しく当たるとか、感情的な思いをお伝えしているわけではありません。
飽くまで我が国の国情を冷徹且つ現実的に見据える時、電力の安定供給を阻害している原因は何か、その問題解決に必要な方向性と手段は何か、を冷静に見極めたい、それをみなさんにお伝えしたい、という思いだけで書いています。
このことは本シリーズを最後まで読んで戴ければご理解して戴けると信じます。

吉良州司