吉良からのメッセージ

2023年11月20日

「ウクライナ戦争を含む旧ソ連内の紛争はソ連崩壊時の大混乱の修正過程」 ウクライナ戦争の停戦に向けて

1.ウクライナ戦争を含む旧ソ連内の紛争は「ソ連崩壊時の大混乱」の結果生じた、現ロシアが容認できない状況を力任せに一方的に修正しようとする過程

前回のメッセージの後段において、ソ連崩壊当時、本来ソ連邦構成共和国の中で盟主であるべきロシア共和国(ロシア)の国力低下により、盟主としての役割を果たせなかったことが、現在進行中のウクライナ戦争など旧ソ連圏内の紛争の原因になっているとお伝えしました。
その意味において、現在のウクライナ戦争も、資源高の波に乗って国力を回復したロシアがソ連崩壊時の大混乱による、決して容認できない現状の国境線を「力により一方的に修正しようとしている過程」と見ることができます。

2.ロシアにとって、本来決して譲れないはずのクリミア半島なのに

私たちは高校時代の世界史で、ロシアの南下政策、つまり不凍港獲得のあくなき欲求について学びます。エカテリーナ2世時代の18世紀後半にロシア帝国が獲得したクリミア半島、同半島内の不凍港であるセバストポリ軍港は過去の歴史的経緯からして絶対に譲れないとロシアは思い続けていると思います。
前回のメルマガでもお伝えしたように、1954年にクリミアをソ連邦内ロシアからソ連邦内ウクライナに移譲したのは、ソ連全体からみるとほとんど意味をなさないソ連内国境線だったからです。将来的にウクライナが連邦内国境線を前提にした独立国家となることが前提であったなら、そして当時ロシアに盟主としての国力があったなら、クリミアはロシア領になっていたと思います。
クリミアには現在でも正真正銘のロシア人が60%強居住していますので、当時のロシアに国力があれば、クリミア半島を手放すはずがないのです。
しかし、1991年のソ連崩壊直後、店の棚には食料品も何もなく、長い行列に並ぶロシア国民の姿がみなさんの記憶の中にあると思います。とても盟主の役割を果たせる国力はありませんでした。

3.東西ドイツ統一時の約束を反故にしてNATOは東方拡大を推し進める

当時のロシアに国力がなく、手も足も出せない状況下において、1999年のポーランド、チェコ、ハンガリーなど旧ワルシャワ条約機構に属した東欧諸国を皮切りに、2004年には旧ソ連に属したバルト3国などがNATOに加盟していきます。
1990年の東西ドイツ統一時、米国のベーカー国務長官(当時)や西独のコール首相(当時)が、ソ連にドイツ統一を認めてもらうため、ソ連のゴルバチョフ共産党書記長(当時)に約束した「NATOは1インチたりとも東方拡大しない」という約束を反故にして、NATOの東方拡大を進めていくのです。

現ロシアはソ連の国際的な権利義務を継承していますので、ロシアからすれば「ふざけんな!約束と違うじゃないか!人の弱みにつけこんで約束を破り、NATOを東方拡大し、ロシア包囲網を築こうとしているじゃないか!」と思っているのは間違いありません。
特に東ドイツ崩壊時にソ連の諜報機関KGBの東ドイツ駐在員だったプーチン大統領が、ベルリンの壁崩壊からドイツ統一、ソ連崩壊に至る過程において、NATOを東方拡大しないという約束を反故にしてロシア包囲網を築こうとする西側に対して強い疑念と敵愾心を持ったであろうことは想像に難くありません。

4.21世紀に入り、世界の経済情勢が一変し、ロシアが国力を回復

しかし、21世紀に入り、世界情勢、特に世界の経済情勢が一変し、ロシアは国力を回復します。
綾小路公麿ではないですが、「あれから20年!」。中国をはじめとする新興国や途上国の旺盛な経済成長とそれを支える資源国の経済成長は目覚ましく、ロシアも世界最大の資源輸出国として国力を回復します。
国力を回復したロシアが、ソ連崩壊時に国力があったならば決して容認しなかったであろう「ウクライナ領クリミア」を取り返したいと思うはずです。
しかし、もし、ウクライナ・ロシア両国の関係が良好であれば、これまで通り、ウクライナ主権の領土ではあるものの、クリミアへのアクセスの自由やセバストポリ軍港をロシアが使用し続けることができるので、軍事侵攻までして取り戻すことはしなかったと思います。

5.オレンジ革命、マイダン革命による親ロシア派政権の崩壊

しかし、2004年のウクライナの首都キエフにおけるオレンジ革命に続いて、2014年の同地において、親ロシア大統領の政権がマイダン革命と呼ばれる市民革命(市民による事実上のクーデター)により倒され、西側志向が強い政権が誕生します。
親ロシア政権が次々と倒されていく状況を憂えたプーチン大統領がクリミア死守に動いたのが2014年のクリミアへの軍事侵攻とその後の住民投票によるクリミア併合だったと思っています。

このように、ロシアにとって絶対に譲れないはずのクリミアが、将来独立を想定していないがゆえにソ連内のウクライナ領土として移譲されていたこと、また、ロシアからすると、本来なら、ウクライナ独立時の領土確定交渉で取り戻したかったところ、当時のロシアが大混乱に陥っており、とてもその交渉や調整に乗り出す余裕、国力がなかったことから独立国家ウクライナの領土のままになってしまっている、とロシアは思っているのだと思います。

更には、元々同じ民族で、同じソ連内の国だから、まさかマイダン革命のように親ロシア政権が次々に倒されていくほど、ロシア・ウクライナ関係が悪化してしまい、クリミアへのアクセスやセバストポリ軍港を使えなくなる可能性が出てくるなど想定していなかったことが、2014年のロシアによるクリミア軍事侵攻、そして、現在進行中のウクライナ戦争に連なっていると思っています。

私はロシアによる軍事侵攻前から、ウクライナのNATO非加盟または中立国化、そして、クリミアの帰属問題の解決(国連監視下での住民投票により帰属を決する)および、ロシアからクリミアへのアクセスの自由とセバストポリ軍港の使用継続が軍事侵攻を阻止する最大のポイントだと指摘してきました。
今、停戦交渉をする際の重要な条件候補がこの2点だと思っていますので、そこを深堀していることをご理解ください。

尚、本メッセージのタイトルでもある「ソ連崩壊時の大混乱の修正過程」という「修正」は正しいものに治すといった意味合いがあるため、ロシアの国力回復にともない、「ロシアの望む姿に戻すこと」が正しいと受け取られること必至です。しかし、私は、それが「正しい」と断定しているわけではなく、飽くまでロシアの立場に立ってみると、そのように考え、行動するだろうと思い、そのように表現していることをご理解ください。
 
この「修正」の表現に限らず、私の本シリーズ全体のトーンがロシア寄り、ロシア贔屓と取られかねません。
しかし、私の意図は最終的に如何に停戦を実現するかにあり、その為には双方の妥協が必要である、その妥協点を見出す際には、歴史的経緯を含め、ロシア側にたった場合、どのような要求を出してくるのか、それを見極めながら妥協点を探り、最終的な停戦条件を詰めてゆく、そのためのロシア側に立った場合の言い分であることも併せご理解ください。

吉良州司